第3話 ダンジョン

人混みをかき分けて改札口へ向う。

確か、あの改札にこの冒険者カードをかざせばいいんだっけ?

初めてだから分からないけど、多分それで合ってる。


私は列に並んで改札まで来ると、冒険者カードをかざして通ろうとする。

すると―――


ビーィ!!窓口で入場許可申請をして下さい


改札が閉まり、ブザー音とそんな言葉が聞こえた。


「入場許可申請?」


そんなモノが必要なのか…

窓口って…どこの窓口だよ。


迷惑になるから早く改札から離れようとすると、後にいた私と同年代くらいの男性が声を掛けてきた。


「お姉さん、ダンジョンは初めて?」

「そうだね。入場許可申請ってなに?」

「まあ、登山届みたいなもんだ。これがないとダンジョンには入れない。そこの黄色い窓口でやってるから、行ってきな」 


黄色い窓口…アレか。

確かに、入場許可って書かれたプレートが吊り下げられてる。


「ありがとう。親切な人ね」

「お、おう…」


私がお礼を言うと、男性は何故か顔を赤くした。

…誰だろう?この人。


…まあ、別に名も知らない人だから興味ないし、親切な人程度に思っておけばいいか。

そんな事より、早く入場許可申請とやらを済ませないと。


私は男性から教わった黄色い窓口にやって来ると、カードを差し出す。


「入場許可申請ってどうやったらできるの?」

「初めての方ですね?では、こちらの資料をお読み下さい」


窓口の男性に話しかけると、薄い冊子が出てきた。

パラパラとめくって一通り目を通すと、私は冊子を男性に返す。


「えっと…しっかりとお読みになられた方がいいと思いますが…」

「大丈夫。内容は分かった」

「は、はぁ…?」


昔から速読が得意だ。

朝の読書の時間で、他のクラスメイトが何日も掛けて読むような本を、一回の読書の時間で読み切った事もある。

ずっと前のことだから、内容は欠片も覚えてないけど、この冊子は違う。


読んでしばらくは忘れない。

それに、大体書いてあった事は予想通り。

こんなの読まなくても、普通の精神性なら分かってる。


「冊子は自由にお持ち帰り出来ます。どうなさいますか?」

「じゃあ貰っておこうかな。違反者を見つけた時、詰められるように」

「は、はぁ…」


……冊子に、『冒険者同士のトラブルは出来るだけ避けましょう』って書いてあったけど、良くない事を詰めて何が悪い?

私は正しい事をしようとしてるだけだよ。


……その考え方が良くないのか。


「では、こちらにサインをお願いします」

「これね…はい、出来たよ」

「お預かりします」


男性はタブレットとタッチペンを渡してきた。

名前を書く欄があったので、そこにサインをすると男性にタブレットとタッチペンを返す。


タブレットを受け取った男性は、私の冒険者カードを回収すると、なにかの機械に挿し込んでパソコンをいじる。

きっと、入場許可の情報をカードのICチップに入れてるんだろうね。


「『渋谷ダンジョン』への入場許可を付与しました。今日から一ヶ月間有効です」

「一ヶ月…じゃあ、一ヶ月後にまたここに来ればいいの?」

「はい。一ヶ月後に再申請をお願いします」


一ヶ月事にまた申請しないといけないのか…面倒くさいなぁ。

まあ、でもこれがないと勝手に入り放題になるし、仕方ないね。


改めて改札に並ぶと、今度こそ通ることが出来た。

そして、更衣室でさっき買ったばかりの装備に着替え、天井から吊るされている『順路』の看板の通りに進んでいくと…


「…軍事施設か何か?」


自衛隊基地とか、米軍基地とか、そう言われても何ら不思議じゃないくらい、それっぽい場所にやった来た。


二重の金網に、電流注意の看板。

金網の上部には有刺鉄線が張られていて、簡単に登れないようになっている。

……というか、柵の高さが異常だ。


二階建ての家よりもずっと高い。

流石にビル程の高さはないけど…大体、3階建ての建物のくらいはありそうだ。

ジャンプで飛び越えられないようにしてるのかも。


「お姉さん。もしかして初めて?」

「ん?」


無駄に高い柵を眺めていると、後ろから明らかに『そういう目的で声を掛けた』であろう男達が、ニヤニヤと汚い笑みを浮かべている。


「分かるよ〜、あの柵高いよね〜。昔、柵を飛び越えてダンジョンに潜ってた人が居てな〜。それであんなに高いんだぜ?」

「いや…見たら分かるかけど…」

「おお!お姉さん、理解力高いんだね〜!」


……ウザい。

そして面倒くさい。


こんな連中にナンパされる為に、私はここに来た訳じゃない。

私の目的はダンジョンだ。

邪魔しないで欲しい。


「あっそ。じゃあ私行くから」


『興味ありません』と態度で示し、あの空間の歪みに向う。

すると、男共は慌てて私に付いてきた。


「ああ待って!良かったら俺等と一緒に行かね?」

「行かない」

「良いじゃんちょっとくらい。先輩の俺等が、ちゃんとエスコートしてやるからさ!」

「されなくても一人でやれる」


鬱陶しい…

とにかく鬱陶しい…

周りの人は、面倒事は御免って態度で見て見ぬふりしてるし…警備員は全く動かない。

まあ、ナンパとか日常茶飯事か。

喧嘩にでもならないと、警備員は動かないだろうなぁ…


「お姉さん手ぶらでしょ?それとも、その手袋が武器?」

「だったら何?」

「カッコイイねぇ〜。クール系気取ってるの?」

「元々こんな性格」


《鋼の心》ってスキルがあるしね。

鉄のように冷たい心の持ち主だよ、私は。


「初心者にオススメの狩り場があるんだけどさ、教えてあげようか?」

「ネットで調べれば良いじゃん」

「いーや?ネットに乗ってない情報だ。俺らしか知らねぇ」

「そんな場所ないでしょ」


初心者向けの狩り場なんて、開拓し尽くされてる。

ネットで調べれば、一発でどこに行けばいいか分かる。


「1人じゃ心細いだろ?俺等が一緒に居てやるよ」

「女一人でこんな所に来る時点で、だいぶ肝座ってるでしょ」

「ハートは強くても、実力はどうよ?まだレベル1だろ?」

「第1階層なら、レベル1でも充分」


……こいつ等マジでしつこいな。

早く諦めよろ。

他に、いいカモになりそうなやつ居るでしょ。


「迷惑なんだけど?私は一人でいいから付いてくるな」

「チッ……クソババアが。せいぜい怪・我・し・な・い・よ・う・に・気を付けろよ」


……やっと離れたか。

まあ、あの言い方的に絶対に諦めてない。

闇討ちでもする気か?

アレみたいなのは、そういう事を平気でするからなぁ…


「……気にしたら負けか」


常に誰か近くに居る状態で、モンスターを狩れば良い。

『横取り』って言われないようにだけ気を付けて、少し離れた場所でやる。

牽制になれば良いんだけど…


「初ダンジョン。1回くらいは、レベルアップしておきたいな」


あいつ等のレベルがどれくらいか知らないけど、自衛は出来るようになっていたい。

自らを守れる力は大切なんだよ。


1回くらいはレベルアップ出来ることを目指して、私はダンジョンの中へ入った。






            ◇◇◇





「も、森ぃ……」


空間の歪みに一歩踏み出した私は、突然視界が真っ白になり、全身が浮遊感に包まれた。

視界が戻ってくると、そこは木々が生い茂る森で、とても空気が美味しかった……じゃない!


「せっかくライト買ってきたのに…要らなかったかも」


ダンジョン内の時間は、外の時間と同じ。

夜中にダンジョンに入ったりしない限り、夜の森を探索するような事にはならない。


まあ、深い階層まで潜ると、ずっと夜って階層もあるらしいけど。


「出てくるモンスターの事しか調べてなかったなぁ…第1階層に出てくるモンスターは『チャイロウサギ』と『クラヤミイヌ』だったはず」


チャイロウサギは雑食性の強いウサギで、その辺の雑草も食べるし、虫や肉も食べる。

何なら共食いすることもあるらしい。

お腹を空かしているチャイロウサギは人を襲うから、可愛いからと手を伸ばさない方がいいんだとか。


「流石に指を食べられたくないし、そんな真似しないね」


そして、もう一匹のクラヤミイヌだけど……コイツは夜にしか出てこないらしい。

基本的に一匹から三匹で行動し、人を襲う事もあるモンスター。

見た目が完全に、真っ黒な柴犬だそうだ。

何なら、ちょっと噛む力が強くなった柴犬って言われてた。


「今のところ夜にダンジョンに来る予定はないし、コイツは気にしなくていいね」


狙うはチャイロウサギ。

腹を空かせていれば、あっちから襲ってくるはずだから適当にブラブラしてたら……お?


「あら可愛い」


眼の前の茂みから、可愛らしいウサギさんが飛び出してきた。

チャイロウサギの名の通り、本当に茶色で、落ち葉の上では保護色として機能しそうだ。

あと、めっちゃ可愛い。


「こんなに可愛いのに雑食で、人を襲うのよね〜」


呑気にそんな事を言いながら近付くと、チャイロウサギは私の足元にやって来て、顔を靴に擦り付けてきた。


「…なるほど、餌付けされた個体か」


チャイロウサギは、その可愛さからよく冒険者に餌付けされてる。

倒しても大して経験値を得られないし、魔石も小さ過ぎてダース単位じゃないと値段がつかない。


しかも、可愛いから殺すのに罪悪感を覚える。

その為、倒されることなく放置され、餌付けされる事も多い。

その結果、人馴れした個体がこうやってすり寄ってきて、餌を求めてくるのだ。


「可愛いわね。本当に。……でも」

「キュ?―――キュァッ!?」


私は、顔を擦り付けられている方の足を上げると、ウサギの脳天目掛けて勢いよく落とした。


ベキッ!グチャッ!

びちゃ…


鉄板の入った靴で踏み殺されたチャイロウサギは、一瞬で頭がペシャンコになって息絶える。

せめてもの情に、一撃で殺してあげた。


「………ひっ!!」

「うん?」


靴にべっちゃりとこべりついた血を、土に擦り付けて落としていると後ろから声が聞こえた。

振り返ると、刀を腰に差した女の子が、顔を真っ青にしてこっちを見ている。

同業者かな?


「こんにちは」

「……え?」


…いや、こんにちはって言えよ。

挨拶されたら挨拶を返すのが、礼儀ってものでしょう。

これだから最近の子は!


「な、なんで殺したんですか?」

「…は?なんでって……経験値を得るため?」


女の子は挨拶を返そうともせず、私に質問してきた。


ダンジョンに来る目的なんて、それかお宝くらいでしょ。

あと魔石。

コレもお金になる。


「……もしかして、あなたのペットだった?」

「いえ…違いますけど…」


女の子は、潰れたチャイロウサギと私の顔を交互に見て、呆然としている。

そして、突然思い出したかのように顔色が悪くなり、吐き出してしまった。


……この子も初心者なのかな?

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