第2話 前準備
…不味いことになった。
「いつの間にか一ヶ月経ってた……」
何気なくカレンダーを見て、私はそう呟きながら膝から崩れ落ちる。
貯金を崩しながら何かいい職がないか、スマホをいじるという生活を続ける事―――一ヶ月。
そう、一ヶ月だ。
ずっとスマホをいじり続けて、私は一ヶ月無駄にした。
「不味い不味い不味い!一つもピンとくるモノがない!!」
いつもいつも、『ほ〜ん?あんまり良くないなぁ』で済ませて別のことに時間を使ってた。
そのせいで気が付けば一ヶ月。
元から行く気がなかったとはいえ、ハローワークにも行っていない。
これじゃあ、ただのニートだ。
いい加減何か職を見つけないと…
「……こうやって焦って探しても、無いんだよなぁ。使うしかないかなぁ、最終手段」
最終手段なんて、そんなポンと使うようなモノじゃない。
でも、一ヶ月も何もせず無駄にした時点だ詰みだ。
現実から目をそらしちゃいけない。
「私、再就職する気無いわ…」
求人サイトを閉じ、スマホをソファーに放り投げる。
そう、なんだかんだ理由をつけてまだなんとか言っていたけれど、そもそも一ヶ月も無駄にした時点で再就職する気なんて無い。
だってそうじゃん?
本気で再就職したいなら、もっと死ぬ気で色々調べてる。
日雇いでも良いから、パートか何かして稼ごうとはしてる。
なのに、私は起きてスマホいじって飯食って寝てを繰り返してるだけ。
うん、意欲が感じられない。
やる気無いね、私。
「となると、やっぱり『冒険者』かぁ…」
『冒険者』
ダンジョンに潜ってモンスターを倒したり、お宝を持って帰ったりする事で収入を得ている人の総称。
一応、正式名称ではないらしいけど、メディアも政府も冒険者って言ってるし、実質正式名称。
「せっかくのギフターなんだし、なってみる価値はあるはず」
興味がない事は出来ない。
昔からそうだ。
成績が良いとは言えなかったのも、テスト勉強に本気になれないのも、今再就職先を見つけられないのも。
要は興味がないから。
興味がないとやる気は起きない。
やる気が起きないと身に付かない。
なら、興味のある事をすれば良いじゃない。
「よし、冒険者になるか!」
危険だけど、それなりに儲かるらしい冒険者。
冒険者は実力主義の世界だから、才能さえあればめっちゃ稼げるんだとか?
いくらかは大して調べてないから知らない。
「善は急げ。身をもって知ったし、今から行こう。渋谷に」
私は動きやすい服装に着替え、サイフとスマホを持って渋谷に向かった。
「ここが『冒険者ギルド』ってやつかぁ…なんか、凄い金持ってそう」
電車に乗って渋谷にやって来た私は、とある建物を眺める。
『冒険者ギルド』
正式名称は、確か『ダンジョン資源及び覚醒者管理局』とか言う、安直でネーミングセンスが終わってる組織の建物。
誰もこんなクソみたいな名前使わないから、みんな『冒険者ギルド』って呼んでる。
職員ですら『ギルド』って言うらしい。
それか、『管理局』か。
まあ、そんな事はどうでもいい。
早く冒険者登録して、装備を買って、ダンジョンに行こう。
私は建物の中に入ると、整理券を取る。
番号は583番。
呼ばれるまでスマホでも見とくか。
どうせ暇だし。
頭空っぽにして指を動かし続けること数分。
私の持っている整理券の番号が呼ばれた。
場所は8番カウンター。
なんか、小動物みたいな女性職員が居る窓口だ。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどのようなご要件でしょうか?」
「マジで職員も冒険者ギルドって言うんだ………あー、新規登録がしたいの」
「新規登録ですね。ではこちらの紙に記入をお願いします」
女性職員が渡してきた紙には様々な項目があって、書くのが面倒くさそう。
家族形態とか、経歴とかはまあ良い。
趣味とか性格って……なんでそんなの書かないといけないの?
色々とツッコミどころはあったけど、必要な所は全て記入すると女性職員に渡す。
「お預かりします。では、こちらの水晶玉に手をかざして下さい」
「はーい」
私は、さっき私が紙に色々と書いていた時に準備されていた水晶玉に手をかざす。
これが『鑑定水晶』ってやつなんだろう。
主に、人のステータスを見るために使う道具。
ダンジョンで見つかるお宝の一つだ。
水晶玉が輝き、その表面に文字が浮かび上がってくる。
「……え?」
それを見た女性職員は、フリーズしてしまった。
「……大丈夫ですか?」
「えっ?あっ!はい!失礼しました!」
私が声を掛けるともとに戻り、信じられないという表情で水晶玉を見つめる女性職員。
ボゾボソと何かを呟いては、首を傾げている。
「えっと…もしかして、ギフターの方ですか?」
「はい。そうですね」
「あー…なるほど」
……どうやら、スキルが3つもあることに驚いていたらしい。
それに、《鋼の体》や《鋼の心》はネットでも見当たらないスキルだ。
もしかしたら、私だけのスキルかも知れない。
そんな事を考えながら、天井のシミを数えてぼーっとしていると、女性職員が声を掛けてきた。
「お待たせしました。こちらが神林様の冒険者カードになります」
「もうできたの?」
「はい。お使いの端末に専用のアプリを入れて頂いて、カード裏側のQRコードを読み取っていただければお使いになれます。カバーをお付けしましょうか?」
「お願いします」
裏にQRコード…
流石にカバーを付けないのは不味い。
必要な時以外は、人に見せない方がいいだろうからね。
バリバリ個人情報が入ってるし。
「ありがとう」
「ありがとうございました〜」
一言お礼を言って窓口を離れると、私は二階にあるという冒険者専用のショッピングモールへ向う。
人だらけのエレベーターに乗って二階に行くと―――そこは、まさに現代ファンタジーの世界だった。
「日本のショッピングモールで、剣とか槍が売ってる……」
見た目は完全に、どこにでもあるショッピングモールだ。
しかし、品揃えが全く違う。
武器を売る店、防具を売る店、雑貨を売る店、冒険者向けの食品を売る店。
とても普通のショッピングモールでは見られない光景だ。
「おぉ〜!」
出てすぐの店に入り、並べられている剣を見る。
機能性を重視したシンプルなモノや、派手な装飾がされたもの。
ダンジョンから持ち帰ったと思われるモノや、こっちで作られたと思われるモノ。
種類は様々で、色々な武器を取り扱っている。
「男の子が好きそ〜」
並べられた武器を見ながら私はそう呟く。
男子はみんなこういうのが好きだ。
サービスエリアで売ってる、良くわかんない剣とか。
カッコイイとは思うけど、欲しいとは思わないね。
ゆっくりと一つ一つ武器を見ながら回っていて、気付いた事がある。
「……高いな」
安物でも普通に3万とかだ。
高いやつだとデカデカと飾られてる、200万の豪華な剣かな?
あんなの誰が買うんだか…
「気になる商品はございますでしょうか?」
「いや?なんというか…剣はピンとこないね」
ずっと剣のエリアを見てきたけど、どれもしっくりこない。
コレジャナイ感が凄いんだ。
「剣ではない……」
「槍も違うね。あと、ナイフと斧も」
「そ、そうでしたか……」
あー…店員さんが困ってる。
でも仕方ないよね?
コレジャナイ感を感じるんだし。
覚醒者は、感覚的に自分に向いている武器を見分けられるらしい。
例えば、剣に才能があるなら剣に惹かれる。
でも、槍を見て『なんか違うなぁ〜』と、しっくりこない感覚に陥るのだ。
見たところ、しっくりくる武器はない。剣も槍もナイフも斧も。
あと何があるんだ?
弓とか杖とか混紡か?
「こちらはどうでしょう?」
「弓……違うね」
「では、こちらは?」
「杖…魔法使い用のやつ?違うね」
「ではこちらの――」
「違う」
バットが角張ったモノを見せてきたけど、しっくりこなかった。
多分アレは棍棒だ。
でも、アレじゃない。
……じゃあなんだ?
「…もしかして、ガントレットでしょうか?」
「あ〜。拳士か…」
「少々お待ちください。拳士向けの装備をお持ちしますので」
そう言って、店員さんは店の奥に行くと3つの箱を持ってきた。
そして、そのうちの一つを開けて中身を見せてくれる。
「こちら、初心者向けのガントレットでして、ダンジョンで発見されたモノです。いかがですか?」
「ダンジョン産ね…しっくりくるんだけど―――値段は?」
「15万8000円になります」
「すいません。またの機会に」
そうきっぱりと言い切って、私は店を出た。
15万は無理。
アレを買うくらいなら軍手でも着けるわ。
というか、そういう布系の方がいい。
ガントレットは重たいって聞くし。
確か、喧嘩グローブとかそんな感じだっけ?
そういうのが欲しい。
できればあんまり高くないやつで。
「まあ、そんなのはそうそう売ってないか……どうしよう?12万がリミットかな?」
10万を超える覚悟で、なんかヤンキーぽい雰囲気の店に入る。
ここなら、喧嘩グローブが売ってそうな雰囲気があったからだ。
中に入ってみると予想は的中で、いろんなグローブが売られてる棚があった。
「しゃっせー!お客さん、メリケングローブに興味があるっすか?」
「メリケングローブ?」
棚に並べられたグローブを見ていると、金髪でちゃらそうな若い男性がそう聞いてきた。
「あー、メリケンサックは知ってるっすか?」
「知ってるよ?」
「まあ、それみたいなもんですよ。グローブに金属が付いてて、それで殴った時の威力を上げる的な?」
…なるほど?
金属が付いてて、メリケンサックとしても使えるグローブ。
だから、メリケングローブと…
「これいくら?」
「あー…いっちゃん安いのはこれっすね。5万2000円」
「高い…」
「ダンジョン産っすからね〜。ネットで買ったほうが安いっすよ?耐久性は悪いけど」
「ならこっち、かなぁ…」
確かに、ダンジョンで見つかる武器は対モンスターを想定した性能をしてる。
それに対し、ネットで売られてるモノは安いけど対人間想定。
モンスター相手に使い続けたら、すぐに壊れそうだ。
…だとしてもグローブ一組で5万は高い。
ブラック企業勤めの社畜戦士には、荷が重い金額だよ…
「……最悪素手で良いかなぁ」
「それはやめたほうが良いっすよ。怪我しますよ?」
「スキルで体が頑丈だからね。でも、確かに手を守るものがないのは不味いか…」
散々悩んだ末に、背に腹は代えられないということでこの出費は受け入れた。
ただ、武器を買うだけでこれだけするなら、一式揃えようとするといくらかかるんだか…
気が遠くなるが、必要な出費と割り切る事に。
そして、防具屋で動きやすい防具として、ボディーアーマーを購入。
また、鉄板の入った靴も買った。
当たり前のように10万超え。
「なんか、防弾チョッキってこんな感じなんだ…」
初めて見る防弾チョッキ(どっちかと言うと防刃)を見ながらそう呟く。
次は雑貨だ。
ライトとか、ロープとか、ライターとか。
あとはカバンも買わないといけない。
この場合はバックパックだけど。
まずは雑貨屋で必要そうなモノを買い、次にカバン屋でバックパックを買う。
出来るだけ容量が大きくて、なおかつそこまで高くない頑丈なモノ。
ハードルは高いが、色々と妥協して容量はまぁまぁなモノを購入。
平気で合計8万。
これだけ揃えれば充分。
食料は、別に長い期間ダンジョンに潜る訳でもないし、普通に何か持っていけば良いだろう。
準備は整ったと言える。
「よし……行きますか」
私は荷物をまとめると、途中コンビニで食料を調達し、ダンジョンへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます