喘ぐ僕に君は嘯き

百舌すえひろ

喘ぐ僕に君は嘯き

 『異性の幼馴染』というのは、世間的には健全かつ「そこはかとないエロス」の香りがするそうだ。

ライトノベルや漫画で多用される幼馴染設定は、主人公のメインヒロインか、負けヒロイン(主人公との距離が近すぎて異性として見てもらえない残念な立ち位置)のどちらからしい。


 なんにせよ僕の幼馴染の芽衣は今、全裸で馬乗りになっている。


「あのさぁ……どういうつもり?」

水泳部で鍛えた自慢のボディを、ぷるぷる震わせて芽衣が毒づく。

どういうつもりと言われても、こっちのセリフなのだが。

「一糸纏わぬ魅惑のJKバディに、なんで反応しないわけ?」

「なんでって……、芽衣は付き合ってない男にヤられてもいいの?」

僕らは付き合ってない。ただの幼馴染なだけなのだ。


「健全な男子高生なら、裸の女見たら普通勃つでしょ?」

「僕は健全だけど、芽衣のじゃ勃たない」

僕のこの言葉が、彼女のプライドを大いに傷つけた。

「ふ……っざけんなよ、童貞が!」

そう言って僕のズボンをずらすと、パンツの上から強引に刺激を与え始める。

「童貞って。僕がいつ経験したか芽衣は知らないだろ」

僕の下半身を起動させようと必死な彼女がおかしくて、突き放した言い方をする。

「だいたい、そんな手つきじゃ気持ちよくない。芽衣が処女だってことはわかる」

そこまで言うと、芽衣は唇を噛んで真っ赤になった顔で僕を睨みつけた。

「さ、サイッテー! せっかく女の子が勇気を出して、相手してやろうとしてんのに……そんな、そんな言い方って!」

顔が真っ赤になってるのは怒りではなく、恥ずかしさと惨めさだろう。大きな目からボロボロ雫が垂れてる。

「なんで突然、僕といたそうとしたわけ?」

怒りなのか寒さなのかわからないが、小刻みに震える剥き出しの肩にはブランケットを掛けよう。

こんなところおばさんに見られたら地獄だ。


「……どうして私じゃ勃たないの?」

涙を溜めながら聞く芽衣。

女の子のこういう顔、好きな奴にはたまらないんだろうなぁ……と、冷めた頭の片隅で観察してしまう。

「わからない」

「アンタ、もう経験してるの? 付き合ってたの?」

「いや、誰とも付き合ってないし。経験は……って芽衣には関係ないだろ」

芽衣がこういう行動をとってくる時点で、どう見ても僕のこと好きだろうと思うのだが、ツンデレ属性とか好きじゃない。

『素直になれない可憐でいじらしい幼馴染』とやらのロマンスに、いちいち付き合ってやれるほど、萌えを感じていない。


芽衣が青ざめた顔で睨む。

「アンタ、もしかして……ゲイ?」

僕は口に含んだ茶を吹き出した。

「なんだそれ! 自分に靡かない男は同性愛者って、お前、どんだけ自信家なんだ!」

「じゃ、なんでダメなのよ!」

食ってかかる芽衣。こういうノリが、昔から苦手だったんだがね。


「僕、たぶん同級生とか若い子ではイケない」

「か、枯れ専ってやつ?」芽衣は目を泳がせながら震える指先でお茶の入ったカップを掴む。

「あのさぁ、熟女好きって言ってもらっていい?」僕は吹きこぼしてしまったお茶の染みを取るために、ハンカチを当ててカーペットを上から抑えた。

「なんで、年上好きなの」

「そりゃあ……」

――お前が落ち着きなくて疲れるから。

と言えば、また荒れそうだったので「わかんないけど」と濁した。


「とにかく服着たら? このままじゃ僕が誤解される」

そう言って床に散乱した芽衣の服を集める。

自分の部屋だってのに、こいつは全然片付けせんのか。

渡された服をのろのろと着始めた芽衣を見て、一安心する。


下の階から香辛料の匂いがする。

芽衣の家は今晩カレーか。きっと僕がお邪魔してることで、おばさんが気を回して夕飯をご馳走してくれるつもりがあるからだ。

夕飯のお呼ばれが来る前に、この惨状を元に戻さなくては。


「もう帰って」

そわそわし始めた僕に芽衣が鼻声で言う。

「え、なんで」

「私に恥かかせておいて、ご飯ご馳走になろうなんて、虫が良すぎるのよ!」

「そ、それはそうだけど! 今まで夕飯をご馳走になってたのに、急に遠慮したら、その方が不自然でおかしくなるって!」

「お母さんには、あんたが腹痛だとでも言っといてあげるから」

「せっかく用意してくれてるんだから、食べて帰りたいっ!」

僕の力説に芽衣が眉を顰めた。

「……あんたんち、ご飯ないわけじゃないよね?」

「なくはない! なくはないけど、芽衣の家の飯は美味しいぞ!」

我ながら、かなり怪しい言い方をしてしまった。

芽衣と僕の間には埋められない溝ができている。


「お夕飯できたわよ! 降りていらっしゃい」

おばさんの声がする。

僕がいそいそと部屋を出て行こうとすると、芽衣が後ろから掴んでジャーマンスープレックスをかけた。

「おいコラ、アンタがしょっちゅう家に来てたのって」

脳天から強烈な衝撃を受けた僕は、目の奥が白くチカチカする中で喘いだ。

「とりあえず、二十年後に応相談で」

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