ある魔法少女の見た夢

バルバルさん

あるいはある少年の決意

 気が付けば、私は誰もいない灰色の交差点にいた。


 きっと、これは夢なのだろうと思う。何故なら私にはベッドに入って寝るまでの記憶があるからだ。

 ベッドで目を閉じて、寝ようと思った後に見たことがない交差点に立っているのなら、これは夢なのだろう。

 しかし広い交差点だなぁ。と思いながら、周囲を見渡す。

 どうやら、私の家の付近にある交差点では無い。テレビとかで見る、首都にあるX字の横断歩道がある交差点のようだ。

 周囲には、人の気配も灯りの色も無いビルが所狭しと私を見下ろす。というか、この場所には私以外に誰もいないようだ。

 風もない。音もない。静かな灰色の交差点に、何故かいた。

 とりあえず、その中央までX字の横断歩道に従って歩いてみる。

 道路と横断歩道の中心まで来ると、足元に古い折り畳み式の携帯電話が一つ落ちていた。

 何となく、それを手に取って開いてみる。すると、それには一件だけ電話番号が記されてした。

 特に理由もないが、その連絡先に電話をかけてみた。

 まあ夢だし、電話が繋がるなんてありえないのだが。


 プルルルル……

 プルルルル……


 ガチャ


 驚いたことに繋がった。まあ、携帯電話をかければどこかに繋がるのは当然だが、夢でも繋がるのかという驚きに一瞬震えた。

 とりあえず、挨拶してみよう。


「えっと、こんばんは」

「えっと、こんばんは」


 ほぼ同時に、私と電話の先の誰かは挨拶をし合った。

 電話の先の声質的に、私と同年代の男性かな? 相手も酷く驚いているか、困惑しているのが声から分かった気がした。

 しばらく、気まずい間が空くが、有り難いことに相手から話を切り出してくれた。


「あ、どうもこんばんは。俺は、藤間大翔(とうまはると)って言います」

「えっと、どうも。私は藤間遥(とうまはるか)って言います」


 そこから、ぽつ、ぽつと会話をする。相手の話では、彼側もベッドに入った後、どこかの交差点にいたようだ。

 そして、私と同じように携帯電話を見つけ、何故か鳴り始めたので出た、という事らしい。


「なるほど。不思議ですね」

「不思議ですね」


 全く不思議だ。だけど、なんとなくだが、不快な不思議さではないような、そんな気がした。


「えっと、遥さんも高校生ですか?」

「そうですよ。という事は大翔さんも?」

「そうですね。XX高校に通ってる高校二年です」

「え?私もXX高校に通ってる二年生なんですよ」


 だが大翔なんて生徒いたかな?

 とも思うが、夢だし。そういうものかと思い、自己完結する。

 それから彼が会話をリードしてくれるので、それにつられて話してみると、かなり不思議な事に相手と趣味嗜好が似通っているのがわかった。

 勿論、私は女性で彼は男性という差異はあるものの、好みの小説、好みの食べ物。等々がかなり似ていた。


「なんか、僕たち似てるんですね」

「そうですねぇ、不思議です」

「不思議ですねぇ」


 不思議だなぁ……と思いつつ会話が途切れた頃。私に強い眠気が襲ってきた。


「あー、ごめんなさい、大翔さん。なんか、めっちゃ眠くなってきました」

「僕もです。夢、覚めるんですかね」

「そうかもしれませんね」

「では、夢でも楽しかったですよ」

「はい、私もです。じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい……」


 そして、私の意識は再び落ちて、気が付けば布団の中にいた。

 携帯端末を見ると、火曜日の朝だ。

 あー、不思議な夢だったなぁ……と思いつつ、布団から起き上がる。

 今日は何も起きませんように。

 なんて、願いながら。


 気が付けば、灰色の交差点にいた。

 前の月曜日に見た夢、灰色の交差点の夢の続きだろうか。交差点の中央にある携帯電話も同じだ。

 再びそれを手に取る、そして、一件しか登録されていない番号へ、再びかけてみる。


「こんばんは」

「こんばんは」


 そして、ほぼ同時に挨拶。前回と同じ過ぎて思わず笑ってしまった。

 それから、この一週間に起きた事を話したり、彼から聞いたりした。

 会話している時間は、単純に楽しかった。彼には現実世界の友人に出来ない話もできるし、そんな重い話じゃなくとも、他愛もない話、一週間何があったか、何食べて、何を勉強したかなどを話した。

 するとどうだろう、ほぼ同じことを大翔もしていることが分かった。

 少しずつ差異こそあるが、あの時ああいう選択をしなければ、こうなっていた。みたいなことが多くて、興味深かった。

 不思議だ。本当に不思議だ。だが、まあ夢だし。そんなものなのだろう。

 でも、夢でも。また見たいな。大翔と、また話したいな。なんて思う夢だった。

 だが、そんな楽しい時間も終わりが訪れる。

 強い睡魔が襲ってきた。どうやら、今日はここまでの様だ。

 少し抗ってみるが、無理っぽい。


「あー、もうそろそろ、私起きちゃうかもしれない。めっちゃ眠い」

「僕もだよ。めちゃくちゃ眠くなってきた」

「でも、大翔と話せてよかったよ……夢だけど」

「あはは、僕の方こそ、楽しかったよ。夢だけどね」


 なんて話ながら瞼を落とせば、私は布団にくるまっていた。

 少しはしたないが、起きて背伸びをしたら大きく欠伸が出た。なんか、少し疲れた気がする。

 寝てるのに疲れるというのも変な話だが。まあ、最近忙しいし。

 はぁ、と短くため息を吐く。

 今日は、何事もありませんように。そう願いながら、私は身支度をし始めた。


 どうやら、月曜の夜に見る夢は、必ず大翔との電話の夢の様だ。

 だけど、それが何というか……ほっとする気がする。大翔と話していると、兄か弟と話している気分というか、それ以上に親密な誰かと話している気分になる。

 まあ、兄も弟も、姉も妹もいなけど。

 これでこの夢も6回目だ。私は、慣れた足取りで交差点の中央へ向かう。

 するとどうだろう。反対側から、誰かが歩いてきた。

 近づけば、それが私の通っている高校の制服を着た男子であるとわかるが、知らない顔だ。

 知らない顔だけど、何故かどこかで会ったことのあるような気がする。そんな顔だった。

 相手が、口をパクパクさせる。何か話しているようだが、聞こえない。

 私も挨拶をしてみるが、相手に聞こえていないようだ。

 ふと、お互いの足元に携帯電話が転がっているのに気が付く。

 お互いに同時に手に取る。そして、彼から電話がかかってくる。


「こんばんは」

「こんばんは。初めまして? って言ったほうがいいのかな」

「いや、もう六回目だし、別に言わなくて良いんじゃない?」

「そうだね」

「でも、初めて顔見たけど、意外とカッコいいじゃん」

「そう? 女子からは冴えない奴って言われてたんだけどな」

「そんなこと無いよ」

「そっちこそ、なんか……」

「何?」

「えっと……その、可愛いね」

「っぷ。何それ」

「仕方がないだろ。女子に可愛いなんて、そうそう言わないもの」

「ま、そっか」


 そこから、対面で、だけど携帯越しに私たちは話した。

 顔を合わせていると、話もより弾む気がする。

 何をした、何をしたい。何を食べたい、何を食べた。何を読んだ、何を読みたい……

 楽しかった。とても、とっても楽しかった。

 そして何より、最近感じていなかった安心を感じる気がする。

 仲間や友人と話している時間よりも楽しいし、家族といるより安心できる。そんな感じがした。

 携帯を通じて対面で話すなんて、なんか変だけど。

 でも楽しいからいっか。なんて思う。

 これが夢だろうが、万一夢じゃなかろうが。関係ない。

 この時間が愛おしいほどに楽しい。

 そのまま、私達はお互いに、眠気を感じるまで語り明かした。


「あー、めっちゃ眠い……」

「うん……私も眠い……」

「そろそろか、お休み? でいいのかな」

「うん……また、一週間後」

「うん、また、一週間後」


 そして、私は起きる。

 最近、寝ても疲れが取れない。それだけ、普段の生活にストレスがかかっているのだろうか。

 少し、活動について考えなければならないかもしれないが、アレは私たち以外にはできないことだ。

 難しいだろうなぁ……はぁ。と、ため息を一つ吐き、私は準備を始める。

 今日は、何も起きませんように。そう願って。


 最近、大翔の様子が変だ。

 何か、苦しそうにしている気がする。電話越しに話している彼は、一見普段通りだけど、私にはわかる。彼は苦しんでる。


「ねぇ、なんか私に隠してない?」


 そう、前回切り出した。


「隠してるって、僕が?」

「……うん、なんか、大翔……辛そうだな、って」

「そんなこと無いよ」

「そう?」

「うん、そう。それより遥こそ、最近、なんか疲れてる気がする」

「あ、わかっちゃう?」


 その日、私は活動が嫌になり、先輩に思いの丈をぶつけてしまったのだ。

 反省と、だけど言わなくちゃ潰れちゃうっていう、自己保身の想い。その二つの板挟みになっってたのだ。

 とはいえ、このことは彼には言えない。

 彼は夢の存在だけど。夢なんだから、隠す必要なんて全くないんだけど。

 でも、最近思うのだ。これは本当に夢なのかなって。


「いま、私達何処にいるんだろうね」

「え」

「なんか、大翔が生きてる感じするんだ。私の見てる夢の存在なのに」

「……それは」

「あはは、自分に隠し事なんて馬鹿みたいだけど……これは、大翔にも秘密」


 そこで前回の邂逅での、この話題は終わって、私達は再び睡魔の中に沈んだ。


 そして一週間後、今回の灰色の交差点。今日は彼はいなかった。

 今日はいないんだな。と思いつつも、胸に去来するなんだか嫌な不安感はなんだろうか。

 いつも通り、交差点の中央に転がっていた携帯電話を開く。すると、そこにはメールが一件、入っていた。

 携帯を操作して開く。


『ハルカへ

 まず、君がこのメールを見ているという事は、もう僕は君の前には現れることがないという事だろう。

 君は、これが君の見ている夢だと思っているようだけど、本当は違うんだ。

 ここは、僕の世界なんだ。』


 どういうことだろうか、私は読み続ける。


『ここは、僕の世界なんだ。

 どういう事かというと、今君がこれを読んでいるであろうこの世界は、君の居なかった世界。君が居なくて、僕が産まれた世界だ。

 君のいる世界をAバースとするなら、ここはBバース。少しだけ、でも決定的に違った世界。

 ハルカ、君は普通の高校生じゃないでしょ?』


 そこで、ドクン。と、心臓が跳ねる。

 

『本当は、魔法少女として世界を守っているでしょ?

 この世界は、君という魔法少女が居なくて、僕以外の人類が絶滅した世界。

 僕が生き残った意味。それはこの間までわからなかった、だけど、今は少しわかる。

 僕が生かされた理由は、何かが君をこの世界に呼んで、この世界を救うための呼び水……だったのかな?

 まだ、よくわからないんだけどね。君は少しずつ、僕が見えるようになって、この世界に順応していった。

 でも、それじゃあ、君を巻き込んでしまう。

 僕のもう一つの可能性とか、そんな難しいことは知らないけど、君を、この世界の事に巻き込みたくない。そう思うようになった。

 だから、僕は戦うよ。たった一人、この世界に生き残った意味を探しながら、この世界を守るために、奴らと戦うよ。

 大丈夫。君はもう、この世界には呼ばれないよ。

 何故かわからないけど、そんな気がするんだ。

 久しぶりに、人と話せて楽しかった。いや、遥だから楽しかった。 

 じゃあね。いつまでも、君の可愛らしい笑顔が曇らないことを願ってるよ』


 最後の一文。気が付けば、涙で文字が滲んでいた。

 そう、私は魔法を使って、世界を蝕むダイアークという存在から世界を守っている魔法少女だ。

 たった一人で、心細く感じる事もあった。

 同じ魔法少女と出会ったけど、上手く馴染めず、辛く感じる事もあった。

 魔法少女と、学校の二足のわらじが大変だった。

 そんなストレスに潰されそうになった頃に、私はこの夢を見始めた。

 楽しかった、心が温かくなった。また明日も頑張ろうって思えるようになった。

 なのに、こんなあっさり、別れって来るものなの?

 そんなのって、そんなのってないよ。

 強い眠気が襲ってくる。

 いや、眠気じゃない。世界から、はじき出されそうになる。

 嫌、嫌だ。彼と、かれと、もうにどとあえないなんて…………


 目を覚ます。あれから、4度目の月曜日だ。

 今のところ、あの世界の夢はもう見ていない。

 あの夢は、夢だったのだろうか。それとも、もう一つの世界で、彼は孤独に戦っているのだろうか。

 もう一度、会いたい。

 会って。あの世界も、この世界も守りたい。

 そう思うけど、私の魔法少女としての力は答えてくれなくて。

 結局、私は……


ぴろろん ポポロン


 携帯端末から音楽が鳴る。

 何だろうか。こんな朝早くに、そう思いながら見ると。



 それは、私が会いたかった、あなたからの電話でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある魔法少女の見た夢 バルバルさん @balbalsan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ