ある魔法少女の見た夢
バルバルさん
あるいはある少年の決意
気が付けば、私は誰もいない灰色の交差点にいた。
◇
きっと、これは夢なのだろうと思う。何故なら私にはベッドに入って寝るまでの記憶があるからだ。
ベッドで目を閉じて、寝ようと思った後に見たことがない交差点に立っているのなら、これは夢なのだろう。
しかし広い交差点だなぁ。と思いながら、周囲を見渡す。
どうやら、私の家の付近にある交差点では無い。テレビとかで見る、首都にあるX字の横断歩道がある交差点のようだ。
周囲には、人の気配も灯りの色も無いビルが所狭しと私を見下ろす。というか、この場所には私以外に誰もいないようだ。
風もない。音もない。静かな灰色の交差点に、何故かいた。
とりあえず、その中央までX字の横断歩道に従って歩いてみる。
道路と横断歩道の中心まで来ると、足元に古い折り畳み式の携帯電話が一つ落ちていた。
何となく、それを手に取って開いてみる。すると、それには一件だけ電話番号が記されてした。
特に理由もないが、その連絡先に電話をかけてみた。
まあ夢だし、電話が繋がるなんてありえないのだが。
プルルルル……
プルルルル……
ガチャ
驚いたことに繋がった。まあ、携帯電話をかければどこかに繋がるのは当然だが、夢でも繋がるのかという驚きに一瞬震えた。
とりあえず、挨拶してみよう。
「えっと、こんばんは」
「えっと、こんばんは」
ほぼ同時に、私と電話の先の誰かは挨拶をし合った。
電話の先の声質的に、私と同年代の男性かな? 相手も酷く驚いているか、困惑しているのが声から分かった気がした。
しばらく、気まずい間が空くが、有り難いことに相手から話を切り出してくれた。
「あ、どうもこんばんは。俺は、藤間大翔(とうまはると)って言います」
「えっと、どうも。私は藤間遥(とうまはるか)って言います」
そこから、ぽつ、ぽつと会話をする。相手の話では、彼側もベッドに入った後、どこかの交差点にいたようだ。
そして、私と同じように携帯電話を見つけ、何故か鳴り始めたので出た、という事らしい。
「なるほど。不思議ですね」
「不思議ですね」
全く不思議だ。だけど、なんとなくだが、不快な不思議さではないような、そんな気がした。
「えっと、遥さんも高校生ですか?」
「そうですよ。という事は大翔さんも?」
「そうですね。XX高校に通ってる高校二年です」
「え?私もXX高校に通ってる二年生なんですよ」
だが大翔なんて生徒いたかな?
とも思うが、夢だし。そういうものかと思い、自己完結する。
それから彼が会話をリードしてくれるので、それにつられて話してみると、かなり不思議な事に相手と趣味嗜好が似通っているのがわかった。
勿論、私は女性で彼は男性という差異はあるものの、好みの小説、好みの食べ物。等々がかなり似ていた。
「なんか、僕たち似てるんですね」
「そうですねぇ、不思議です」
「不思議ですねぇ」
不思議だなぁ……と思いつつ会話が途切れた頃。私に強い眠気が襲ってきた。
「あー、ごめんなさい、大翔さん。なんか、めっちゃ眠くなってきました」
「僕もです。夢、覚めるんですかね」
「そうかもしれませんね」
「では、夢でも楽しかったですよ」
「はい、私もです。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい……」
そして、私の意識は再び落ちて、気が付けば布団の中にいた。
携帯端末を見ると、火曜日の朝だ。
あー、不思議な夢だったなぁ……と思いつつ、布団から起き上がる。
今日は何も起きませんように。
なんて、願いながら。
◇
気が付けば、灰色の交差点にいた。
前の月曜日に見た夢、灰色の交差点の夢の続きだろうか。交差点の中央にある携帯電話も同じだ。
再びそれを手に取る、そして、一件しか登録されていない番号へ、再びかけてみる。
「こんばんは」
「こんばんは」
そして、ほぼ同時に挨拶。前回と同じ過ぎて思わず笑ってしまった。
それから、この一週間に起きた事を話したり、彼から聞いたりした。
会話している時間は、単純に楽しかった。彼には現実世界の友人に出来ない話もできるし、そんな重い話じゃなくとも、他愛もない話、一週間何があったか、何食べて、何を勉強したかなどを話した。
するとどうだろう、ほぼ同じことを大翔もしていることが分かった。
少しずつ差異こそあるが、あの時ああいう選択をしなければ、こうなっていた。みたいなことが多くて、興味深かった。
不思議だ。本当に不思議だ。だが、まあ夢だし。そんなものなのだろう。
でも、夢でも。また見たいな。大翔と、また話したいな。なんて思う夢だった。
だが、そんな楽しい時間も終わりが訪れる。
強い睡魔が襲ってきた。どうやら、今日はここまでの様だ。
少し抗ってみるが、無理っぽい。
「あー、もうそろそろ、私起きちゃうかもしれない。めっちゃ眠い」
「僕もだよ。めちゃくちゃ眠くなってきた」
「でも、大翔と話せてよかったよ……夢だけど」
「あはは、僕の方こそ、楽しかったよ。夢だけどね」
なんて話ながら瞼を落とせば、私は布団にくるまっていた。
少しはしたないが、起きて背伸びをしたら大きく欠伸が出た。なんか、少し疲れた気がする。
寝てるのに疲れるというのも変な話だが。まあ、最近忙しいし。
はぁ、と短くため息を吐く。
今日は、何事もありませんように。そう願いながら、私は身支度をし始めた。
◇
どうやら、月曜の夜に見る夢は、必ず大翔との電話の夢の様だ。
だけど、それが何というか……ほっとする気がする。大翔と話していると、兄か弟と話している気分というか、それ以上に親密な誰かと話している気分になる。
まあ、兄も弟も、姉も妹もいなけど。
これでこの夢も6回目だ。私は、慣れた足取りで交差点の中央へ向かう。
するとどうだろう。反対側から、誰かが歩いてきた。
近づけば、それが私の通っている高校の制服を着た男子であるとわかるが、知らない顔だ。
知らない顔だけど、何故かどこかで会ったことのあるような気がする。そんな顔だった。
相手が、口をパクパクさせる。何か話しているようだが、聞こえない。
私も挨拶をしてみるが、相手に聞こえていないようだ。
ふと、お互いの足元に携帯電話が転がっているのに気が付く。
お互いに同時に手に取る。そして、彼から電話がかかってくる。
「こんばんは」
「こんばんは。初めまして? って言ったほうがいいのかな」
「いや、もう六回目だし、別に言わなくて良いんじゃない?」
「そうだね」
「でも、初めて顔見たけど、意外とカッコいいじゃん」
「そう? 女子からは冴えない奴って言われてたんだけどな」
「そんなこと無いよ」
「そっちこそ、なんか……」
「何?」
「えっと……その、可愛いね」
「っぷ。何それ」
「仕方がないだろ。女子に可愛いなんて、そうそう言わないもの」
「ま、そっか」
そこから、対面で、だけど携帯越しに私たちは話した。
顔を合わせていると、話もより弾む気がする。
何をした、何をしたい。何を食べたい、何を食べた。何を読んだ、何を読みたい……
楽しかった。とても、とっても楽しかった。
そして何より、最近感じていなかった安心を感じる気がする。
仲間や友人と話している時間よりも楽しいし、家族といるより安心できる。そんな感じがした。
携帯を通じて対面で話すなんて、なんか変だけど。
でも楽しいからいっか。なんて思う。
これが夢だろうが、万一夢じゃなかろうが。関係ない。
この時間が愛おしいほどに楽しい。
そのまま、私達はお互いに、眠気を感じるまで語り明かした。
「あー、めっちゃ眠い……」
「うん……私も眠い……」
「そろそろか、お休み? でいいのかな」
「うん……また、一週間後」
「うん、また、一週間後」
そして、私は起きる。
最近、寝ても疲れが取れない。それだけ、普段の生活にストレスがかかっているのだろうか。
少し、活動について考えなければならないかもしれないが、アレは私たち以外にはできないことだ。
難しいだろうなぁ……はぁ。と、ため息を一つ吐き、私は準備を始める。
今日は、何も起きませんように。そう願って。
◇
最近、大翔の様子が変だ。
何か、苦しそうにしている気がする。電話越しに話している彼は、一見普段通りだけど、私にはわかる。彼は苦しんでる。
「ねぇ、なんか私に隠してない?」
そう、前回切り出した。
「隠してるって、僕が?」
「……うん、なんか、大翔……辛そうだな、って」
「そんなこと無いよ」
「そう?」
「うん、そう。それより遥こそ、最近、なんか疲れてる気がする」
「あ、わかっちゃう?」
その日、私は活動が嫌になり、先輩に思いの丈をぶつけてしまったのだ。
反省と、だけど言わなくちゃ潰れちゃうっていう、自己保身の想い。その二つの板挟みになっってたのだ。
とはいえ、このことは彼には言えない。
彼は夢の存在だけど。夢なんだから、隠す必要なんて全くないんだけど。
でも、最近思うのだ。これは本当に夢なのかなって。
「いま、私達何処にいるんだろうね」
「え」
「なんか、大翔が生きてる感じするんだ。私の見てる夢の存在なのに」
「……それは」
「あはは、自分に隠し事なんて馬鹿みたいだけど……これは、大翔にも秘密」
そこで前回の邂逅での、この話題は終わって、私達は再び睡魔の中に沈んだ。
そして一週間後、今回の灰色の交差点。今日は彼はいなかった。
今日はいないんだな。と思いつつも、胸に去来するなんだか嫌な不安感はなんだろうか。
いつも通り、交差点の中央に転がっていた携帯電話を開く。すると、そこにはメールが一件、入っていた。
携帯を操作して開く。
『ハルカへ
まず、君がこのメールを見ているという事は、もう僕は君の前には現れることがないという事だろう。
君は、これが君の見ている夢だと思っているようだけど、本当は違うんだ。
ここは、僕の世界なんだ。』
どういうことだろうか、私は読み続ける。
『ここは、僕の世界なんだ。
どういう事かというと、今君がこれを読んでいるであろうこの世界は、君の居なかった世界。君が居なくて、僕が産まれた世界だ。
君のいる世界をAバースとするなら、ここはBバース。少しだけ、でも決定的に違った世界。
ハルカ、君は普通の高校生じゃないでしょ?』
そこで、ドクン。と、心臓が跳ねる。
『本当は、魔法少女として世界を守っているでしょ?
この世界は、君という魔法少女が居なくて、僕以外の人類が絶滅した世界。
僕が生き残った意味。それはこの間までわからなかった、だけど、今は少しわかる。
僕が生かされた理由は、何かが君をこの世界に呼んで、この世界を救うための呼び水……だったのかな?
まだ、よくわからないんだけどね。君は少しずつ、僕が見えるようになって、この世界に順応していった。
でも、それじゃあ、君を巻き込んでしまう。
僕のもう一つの可能性とか、そんな難しいことは知らないけど、君を、この世界の事に巻き込みたくない。そう思うようになった。
だから、僕は戦うよ。たった一人、この世界に生き残った意味を探しながら、この世界を守るために、奴らと戦うよ。
大丈夫。君はもう、この世界には呼ばれないよ。
何故かわからないけど、そんな気がするんだ。
久しぶりに、人と話せて楽しかった。いや、遥だから楽しかった。
じゃあね。いつまでも、君の可愛らしい笑顔が曇らないことを願ってるよ』
最後の一文。気が付けば、涙で文字が滲んでいた。
そう、私は魔法を使って、世界を蝕むダイアークという存在から世界を守っている魔法少女だ。
たった一人で、心細く感じる事もあった。
同じ魔法少女と出会ったけど、上手く馴染めず、辛く感じる事もあった。
魔法少女と、学校の二足のわらじが大変だった。
そんなストレスに潰されそうになった頃に、私はこの夢を見始めた。
楽しかった、心が温かくなった。また明日も頑張ろうって思えるようになった。
なのに、こんなあっさり、別れって来るものなの?
そんなのって、そんなのってないよ。
強い眠気が襲ってくる。
いや、眠気じゃない。世界から、はじき出されそうになる。
嫌、嫌だ。彼と、かれと、もうにどとあえないなんて…………
◇
目を覚ます。あれから、4度目の月曜日だ。
今のところ、あの世界の夢はもう見ていない。
あの夢は、夢だったのだろうか。それとも、もう一つの世界で、彼は孤独に戦っているのだろうか。
もう一度、会いたい。
会って。あの世界も、この世界も守りたい。
そう思うけど、私の魔法少女としての力は答えてくれなくて。
結局、私は……
ぴろろん ポポロン
携帯端末から音楽が鳴る。
何だろうか。こんな朝早くに、そう思いながら見ると。
それは、私が会いたかった、あなたからの電話でした。
ある魔法少女の見た夢 バルバルさん @balbalsan
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