トリあえず

洞貝 渉

トリあえず

 ああ?

 なんでこんな禁術に手を出したかって?

 はははは……笑える話なんだがな、フンをされたんだよ。車のフロントガラスに、三日連続で。朝の慌ただしいときにあれをやられたら、そりゃあ殺意も湧くもんだろ。一回だけならまだしも、三回もだ。しかも連続で。気が狂うくらいの、殺意がな、湧いたんだ。

 で、文字通り狂っちまったってわけ。


 おいあんた、少しは笑えよ。今の、笑うところだろ?

 あ? 無視してんじゃ……あ、いや、なんだ。

 その、あんた、なんかいいにおいするな。

 お、ようやく目が合った。で、他に何が知りたい?


 どこでこんな禁術知ったかって?

 ネットだよ、ネット。ネット検索。便利な世の中になったものだよな。

 今どき、ネットで出来ないことなんてないんじゃねえの?

 え? 検索したが出てこなかったって? 知るか。俺の時は出たんだよ。

 

 禁術、トリあえず。

 鳥会えず、鳥会わず、とも言うみたいだな。

 鳥が嫌煙するオーラを自身の半径500mにまき散らす、素晴らしい術だ。うさんくさいだろ? 今ならうさんくさいと思えるが、これを知った時には思えなかった。脳天が痺れたようになって、まさにこれだ! ってね。


 え? 情報に触れることそれ自体がそもそも呪いの始まり?

 呪い……呪いねぇ……。じゃあ、さっきから、なぜかあんたから目が離せなくなっているこれも、呪いの一種か? はは! そんな露骨に嫌な顔するなよ。


 あ? ああ、続き、続きな。

 いやな、ここからはよく覚えてねーんだわ。なんかすげえ夢中になってたのだけは覚えてる。悪いな。

 え? ああ、そんなこともやったかもな。なにせあの時は殺意やら憎悪やら、あとはよくわからん使命感みたいなのもので頭がいっぱいだった。残虐だのなんだっていうのに対しては、感覚が鈍くなっていて……。


 ……。


 ……ああ、いや悪い。話したくないとか気分が悪いとかじゃねえんだ。

 なんか、あんたのこと見てると……いや、なんでもねえ。

 それで、何の話だったか。


 トリあえず、だったな。

 禁術は、いや、呪いだったか? まあどちらにせよ、それは見事に成功したんだ。

 それ以来、鳥を見ることは無くなった。

 当然、車にフンをされることも。快適だったよ。最初はな。

 ただ、生きた鳥はもちろんのこと、死んだ鳥にも会わなくなった。いや、会えなくなった、の方が正しいか。


 最初に違和感を覚えたのは、コンビニだ。

 レジ横のホットスナックの種類がいつ見ても少ない。よくよく見れば、ナゲットや唐揚げの類がいつ見ても売り切れだった。それはスーパーで買い物しても同じ。鶏肉コーナーにいつ見ても商品が陳列されていない。当然、KFCだって、いつ行っても臨時休業だ。

 あの日から、鳥のさえずりさえ耳にしていないし、ジューシーな肉汁たっぷりのカラッとした唐揚げも、クリスマス定番の豪華な七面鳥も、酒の肴になる焼き鳥も、シンプルな照り焼きも、さっぱりチキンサラダも、とにかく鶏肉をまったく口にしていないんだ。

 

 なああんた、最近鶏肉、喰っただろ? なんか、わかるんだよ。

 え、一週間も前に少しだけ? ああ、いいな。いいナア。一週間経ったなら、ちょうどよく鶏肉があんた自身の血肉に交じってるだろうなあ。


 あ、あああ。

 ああああもうなんなんだよもう!

 あああああああああっ!

 もう無理だ。

 あんたのことを見ていると無性に……旨そうで。

 ダメ、なんだよ、もう、限界なんだよ。

 鶏肉、ととと、トリにくガくく喰いたたたタたいんだ。

 トリ、ととトリあえず、さ、もも肉がガガ喰いたいイイ。


 あああでも、トリあえず、胸でもささみでもせせりでもなんでもいいイイイ!

 ととトリあえええず、クワセセロロロ、クわ、くわせせせててえええええええええ!


 うまうい!

 かゆういいいううままままいいい。

 いいいういいままいうかゆううままままま。


 …………。


 ………。


 ああ、またやっちまった。

 禁術に成功したってことで、興味本位で寄ってくる奴がいると、つい理性が効かなくなっちまうんだよな。

 まあ、仕方ねえし、トリあえず掃除でもするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トリあえず 洞貝 渉 @horagai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ