第4話





 次の日、昼休みになっても黒崎は私のところに来ることはなかった。

 ああ、これで清々する。もう一人の時間を邪魔されることはない。

 ……それなのに気づけば黒崎のことばかり考えていた。どうだっていいはずなのに。知らなくてもいいはずなのに。このまま黒崎のことを忘れてまた今までみたいに独りで過ごせば元通り。なにも困ることなんてないはずだ。

『本当は怖がってるだけ。人と関わることが怖いから一人でいる方が楽だって逃げてるだけ。君の言ってることは矛盾だらけなんだよ』

 そんな黒崎の言葉を思い出して腹が立つ。

 初めて会ったときから、ずっと黒崎に腹が立ててばかりだ。黒崎はまるで霞のように掴みどころがない。自分は入り込んでくるくせに、捕まえようとするとすり抜けていく。

「私はあんたと違って逃げないから」

 教室に黒崎の姿はない。私は早足で階段を登り、屋上のドアを勢いよく開ける。

「あー見つかっちゃったかぁ」

 最初から見つかることが分かっていたかのような言い方だ。きっと私は本気で隠れた彼女を見つけられない。私はこいつの手のひらの上で踊らされてるだけなのだろう。

「あんたはいつも勝手だ」

 いきなり私の中に入り込んできたかと思えば、離れていく。

「そりゃそうだよ。だってあたしは悪い魔女だもん」

 あっけらかんとそう言う。

 黒崎はフェンスに手をかけた。黒崎の言葉は独り言のような小さなつぶやきで続いていく。

「でも君だけは……ううん、魔法の効かない君だったから」

 そして振り返り今度は私の方をしっかりと向く。

「最初に踏み込んで来たのは君なんだよ? あの日、君があたしの魔法を解いたんだ」

 黒崎の言いたいことは理解出来ない。魔女とか魔法とか本当にそんなものが存在するなんて思えなかった。だけど黒崎が苦しんでることは分かる。

「魔法が効かないなら、あたしは悪い魔女じゃなくて――黒崎麻央でいられると思ったから」

 なんて顔で笑うんだよ。諦めたような、泣きそうな顔で。

「嫌いだよ。人間は嫌い……」

 そこには憎悪が見えた。瞳はどこか遠くを見つめていて、私を見ていなかった。

 このとき初めて私は黒崎の本質が見えた気がした。他人から見た黒崎でもなく、いつもの黒崎ではない。まるで別人のような顔。だけどそれが黒崎の本当の顔なんだろう。

「嫌い……嫌いなんだよっ……だけどそれでも好きでいたかったのかな……もう自分のことも分かんないや」

 ふっと黒崎は私から視線を逸らし、ここではないどこかを見るように空を見上げた。私はすぅーと思いっきり息を吸う。

「確かに私は人と関わることを怖がっていた! 一人でいる方が楽だ! 私はあんた嫌い! あんたの本心が見えないところが嫌い! ヘラヘラと取り繕った笑いが嫌い! 時々見せる弱さが嫌い! 強がりたいならそんな顔するなよ! そんな顔すれば優しくすると思ったのか? そういうところがだいきっらいだよ!! ばーか!!」

 今まで溜まっていた感情を込めて思いっきり叫ぶ。こんな大きい声を発したのは久しぶりで、なんだかスッキリした気分だ。私は今まで自分の気持ちを認めたくなくて逃げていた。でも認めないとずっと苦しいままだ。

 黒崎は呆気に取られたような顔で見つめていたが、やがて吹き出す。

「ふふっ、やっぱり君は優しくないね」

 黒崎は初めて見せたちゃんとした笑み。いつものヘラヘラした取り繕った笑いよりマシだ。

 ︎︎黒崎は言葉を続ける。

「でも、そっか。うん、だからかな。純粋に君を好きでいられたんだ」

 そう言って一人で納得したような顔で頷いている。

「ありがとう、楽しかったよ」

 黒崎の心の底から嬉しそうな顔を見て、焦りが湧く。それはまるで最初から結末が決まっている物語のようで。いくら私が足掻いても結末変わらないのだと言われてるようで。

「なんであんたは……そんな顔するんだ」

 手を伸ばさないと消えてしまいそうで、私は慌てて黒崎の腕を掴んだ。

 私の力では黒崎を引き止めることはできないだろう。だけど黒崎は振り払うことなく、そこにいる。

「ごめん」

「謝るくらいなら最初から私に関わらないでよ。謝るくらいなら勝手に離れようとするなよっ……!」

「あたしは悪い魔女だから」

 やっぱり黒崎は黒崎で。変わらない……変えられない。自分勝手に何もかも決めて人を振り回す。

「嫌いだ……そういうところが嫌いだ。大っ嫌いなんだよ!!」

 黒崎は両手で私の頬に触れると、にやりと笑う。それはいつものヘラヘラとした笑いじゃなくて"悪い魔女"の笑いだった。

「あたしは悪い魔女だから、君に呪いをかけるよ」

 だけどその顔はどこか苦しそうで、悲しそうで。そんな顔するくらいならこんなことしなきゃいいのに。

 拒否することはできたけれど、そんな気にはならなかった。これも黒崎の想定内なのだと思うと腹が立つけれど。

「好きだよ、涼風すずか

 黒崎はそう言って、私にキスをした。



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