第2話




黒沢くろさき麻央まお――彼女と過ごしたのはほんの十五分程度。それも会話と呼べるようなことやり取りすらしていない。それなのに次の日になってもあの笑顔が頭から離れなかった。

 黒沢のような人は珍しくもない。クラスに一人はいるような明るくてズカズカと踏み込んでくる馬鹿。私はそういうタイプが嫌いだ。けれどなにか引っかかっていた。この気持ち悪さはなんだろう。

 妙な気持ち悪さを感じながらも、気にしないことにした。

 黒沢と二度と会うつもりはない。再び会ってしまえば、調子を乱される。会わなければやがて記憶から消えてくれるだろう。そう思っていたのに黒沢はそんなことお構いなしにまた私の前に現れた。

「なんで今日は屋上出ないの?」

 人がいない場所を探して廊下を歩いていると、私の進行方向から姿を現す。まるで私が行こうとしてる場所が分かってるかのようだ。

「……どうしてまとわりついてくるんですか」

「君のことが気に入ったから」

「どこに気に入る要素があるんですか? 私は人が嫌いなんです。関わらないでください」

 ここまでハッキリ拒絶すれば誰も近づこうとしないだろう。今までずっとそうだった。

「ふふふ、あはははっ」

 何がおかしいのか、急に彼女はお腹を抱えて笑い出した。笑う要素がどこにあるんだ。

「ふふっ、ごめんごめん。あたしもさぁ、人が嫌いなんだよね。気が合うねぇ、あたし達」

 私の拒絶は無意味だとばかりにニコニコと笑う彼女に苛立つ。

「人が嫌いだったらあなたも私と関わりたくないでしょう? 私はあなたと関わりたくないです」

「でもあたし魔女だし? 君、魔法効かないし普通の人間じゃないと思うんだけどなぁ」

「そういうことじゃなくて……」

 話が通じない。人を馬鹿にしてるんだろうか。ヘラヘラと笑って、まるで本心が感じられない。彼女の言葉は空っぽだ。

 黒崎は自分のことを『悪い魔女』と言っていたが、その通りなのだろう。良い魔女ならこんな人をイラつかせるような態度を取るはずがない。

 黒崎から逃げ回っていると昼休みが終わってしまう。仕方なく今日も彼女と共にお昼を食べることになった。

 今度は黒崎の話に反応することはなかった。反応するから面白がられるんだ。どんなお人好しだって会話のキャッチボールすらしなくなれば離れていくだろう。

 だけど黒崎はいくら無視されても気にせず話しかけてくる。図太い性格してるなーと逆に関心するほどだ。しかしそれもこれで最後。さすがの黒崎も私と話しても無意味だということが分かっただろう。

 そう思っていたのに黒崎は次の日も、その次の日も私の前に現れた。

「今日も屋上こないの?」

 どこにいても居場所が分かっているかのように見つかってしまう。逃げても逃げても先回りされる。

「今日は逃げないんだね」

 嬉しそうな顔で待ってる黒崎を見てげんなりする。逃げても結果が変わらないなら、無駄に体力を使うだけだ。いつしか私は逃げることを諦めていた。

 慣れというのは怖いもので、誰かといると息苦しかったはずの空気がいつの間にか一人のときと変わらぬ空気になっていく。このままではいけないと分かっても黒崎は私のことなんてお構い無しにやってくる。ここまでしつこいやつなんて思わなかった。

 黒崎が隣にいることが自然になってることを認めたくなくて、私はいつも黒崎の前で不機嫌そうな顔をしていた。

「どうして私に関わるの?」

 私から話しかけることは今までなかったせいか、黒崎は分かりやすく嬉しそうな顔をする。

「お、敬語じゃなくなった。これは仲良くなったってことかな!?」

「違うから。あんたに敬語使うのがバカバカしいと思っただけ。それより質問に答えて」

「んー、だから前にも言ったでしょ。君はあたしの魔法が効かなかった。そんな普通じゃない君に興味があるって」

 魔法とかそんなあやふやな理由が聞きたいわけじゃない。黒崎はいつもはぐらしてばかりで、本心を悟らせまいとする。

「聞いた私が馬鹿だったよ……」

 黒崎が話す内容はいつも自分のことよりも周りのことが多い。今日は先生の説教が長くて授業にならなかったとか、そんな日常の些細なことばかり。

 黒崎はいつも笑っているのにどこか空虚で。私の方から気まぐれで近づこうとすると、スルリとすり抜けていく。その癖、私の中には入り込んでくるんだからタチが悪い。

 そんな日々を三十回は繰り返した頃だろうか。

 偶然廊下で黒崎を見かけることがあった。同じ学年だというのに今まで一度もすれ違うことなんてない。黒崎は友達らしき人数人に囲まれて笑っている。

 もしかして話しかけてくるんじゃないかと思って身構える。目立ちたくないんだ勘弁してくれと思っていたが、そんな心配も杞憂に終わる。

 黒崎は私に視線を向けると直ぐに逸らした。まるで、私のことなんて知らないみたいに友達と談笑を続けている。

 これで良かったはずなのに胸にモヤッとした感情が湧き上がる。

「やっぱり私と違うじゃんか」

 黒崎は私とは正反対だ。そんなこと最初から分かっていたのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう? 黒崎の言葉は空っぽでなんの信用もないと分かっていたはずなのにどうして?

 胸をギューッと押さえる。痛いのか苦しいのかそれすらも分からなくて。だけど押さえてないと感情が溢れだしてしまいそうで。

 他人のことなんてどうでもよかったはずなのに、黒崎と会ってから感情を乱されてばかりだ。

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