孤独な私と悪い魔女

kao

第1話

 昼休み。私はお弁当を持って、誰もいない場所を求めて校内を歩いていた。

 人がいる空間は息苦しい。だからできるだけ人のいない場所を目指して、早足で歩いていく。

 クラスとは反対の校舎は部室や物置教室になっていて、あまり人がいない。一、二階は部室があるので多少は人がいるけど、三階までいくと誰もいなくなる。私は三階で足を止めることなく、さらに上がっていく。

 この先は屋上。ドアに鍵がかけてあることは知っていた。だから屋上に出るつもりはなく、踊り場で昼食を食べるつもりだ。

 屋上の踊り場にくると当然誰もいない。その事に安堵する。隅に座ろうとしたところで、屋上へ続くドアを見てふと考える。もしかしたら開くんじゃないか? と。もちろん可能性は低いだろうが、やはりなにもない空間で食べるというのも味気ない。

 私はあまり期待せずにドアノブを捻ってみた。

 ガチャ。なんの抵抗もなく、すんなりとドアが開く。

「えっ……」

 まさか本当に開くとは思ってなかったので、驚きで小さく声が出る。

 目に映るのは青い空とコンクリートのみ。サーッと柔らかな風が私の頬を撫でた。春の風は暖かくとても心地が良かった。しかし『いい場所を見つけた』と気分が良くなったのは一瞬だけだ。

「あれ? 誰か入ってきた?」

 そう不思議そうな声が上から聞こえたかと思うと「とぅっっ!」という変な掛け声と共に女の子が私の前に着地した。あまりのことに呆気に取られていると彼女は私に向かってにっこりと笑みを浮かべた。

「うーん、おかしいなぁ……入ってこれるはずがないのに」

 彼女は私の顔をじーっと見て、独り言のように呟いた。独り言にしては声が大きかったけど。

 目の前にいる彼女はこの学校の制服を着ている。リボンの色は私と同じ赤。ということは彼女は同じ二年生のようだ。

「ねぇ、君は魔女なの?」

「……は?」

 魔女? 確かに彼女は魔女と言った。しかし意味が分からない。あだ名だとしても『魔女』と呼ばれた覚えはなかった。しかしそれは人と関わっていないからで、実は影で呼ばれているのだろうか?

「その反応は違うみたいだね〜。魔法はかかってるはずなんだけどなぁ……ま、いっか」

 彼女のその言葉を聞いて、ああ……この人はそのままの意味で『魔女』と言っているのだな、と悟った。いわゆる『厨二病』というやつなのだろうか。なんにせよ関わりたくはない。

「先客がいるとは知らず失礼しました。私は他の場所へ行くので」

 そう言って屋内へ戻ろうとしたとき、ぐいっと右腕を掴まれた。

「ね、せっかくだから一緒にお昼ご飯食べよ?」

「遠慮します」

 振りほどこうとしたけれど、掴まれた腕はビクともしない。彼女の力が強いのか、私の力が弱いのか。腕の痛みはないから後者だろう。

「いいから一緒に食べようよ〜」

 なぜか彼女と一緒にお昼を食べることになってしまった。不服だが、早く食べないとお昼休みが終わってしまう。さすがに昼抜きで午後の授業を受けたくはない。

 私は諦めてポケットから取り出したハンカチ敷いてドアの横に座った。めんどくさいやつに捕まってしまったと溜息をつく。

「あたしは黒崎くろさき麻央まお。君の名前は?」

 彼女は勝手に自己紹介を始める。私は彼女――黒崎の問いかけに答ずに、お弁当を広げる。そして小さく「いただきます」と言ってから食べ始めた。

 黒崎はよく喋るやつだった。私が黙っていても一人で話す。勝手に喋らせておけばいいと聞き流していたが、ふと彼女はさっきの楽しそうなトーンとは一変してつぶやくように言った。

「あたしは悪い魔女なんだ」

「……悪い魔女?」

 私が聞き返したのはなにを馬鹿なことを言っているのだろうと呆れたからで、興味を持ったわけじゃない。だけど私が反応してくれたことが嬉しかったのかぐいっと顔を近づける。そしてにやりとわざとらしく悪い笑みを浮かべた。

「そうだよ? だから君を食べちゃうぞ〜!」

 黒崎のふざけた言葉は当然無視。魔女なんているわけないじゃないか。反応するんじゃなかったと後悔する。

 それから無言で食べ続けた。黒崎は無視されても気にせず、パンを片手に一人で話を続けている。そんなに話してて食べる暇あるのかとチラッと見るとしっかりとさっきまで持っていたパンが無くなっていた。器用なヤツめ。

「またね」

 無言で出ていこうとする私に、黒崎そう言って手を振った。

 ︎︎黒崎は終始楽しそうな顔をしていた。何がそんなに楽しいんだろうか? 一人で話していただけなのに。

 だけどもう気にすることはない。だってもう会わなければいいのだから。

「さよなら」

 私はそう言って背を向けた。

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