第17話親心


結局、猿田の怪我が治ったのを自分の目で確認すると叔母は、一旦猿田を呼び私抜きで大人同士で話したいと2人で話し始めた。


が、結局猿田の希望で説明の上手い風太郎さんを含め改めて話し合うことになったらしい



けれど今からは流石に外は明るくなり始め、時間を確認すると時刻は朝の5時、とりあえず猿田を客間に泊めて、私と叔母も少しだけ仮眠を取り休むことに。


結局起きたのは10時、睡眠時間は丁度5時間。

猿田が風太郎に連絡を入れ、しらさぎカフェに集まることに決まり、3人で風太郎さんのお店へと猿田の車で向かった。




カフェに着くとお店はcloseの看板になっており、今日はお店は休みにしたようでいつもは賑わう店内は、やけに静か。


お店の静かさと同じく、叔母も特に何も言わず先程から神妙な表情で私や猿田を見つめてくる

なんだかそれがとても気まずく、とりあえず苦笑いを浮かべた。



お店の席に私と叔母、対面に猿田が座れば丁度よく風太郎が2人にコーヒー、そして私にはシロップ付きのアイスティーを出してくれる



どこか気まずい空気は風太郎のおかげで少しは和らいだ気がするが、流石にこの沈黙は気まずい 


風太郎はお盆をテーブルの上に置くと猿田の隣の席に腰を下ろした。



すると、隣に座る叔母は風太郎さんを見据えると、単刀直入に貴方も吸血鬼なのかと聞きだした


流石に会って早々、直球な質問を投げる叔母に私と猿田はギョッとして叔母へと視線を向ける




「説明はこの2人から聞きました、貴方も彼と同じなんですか?」



真剣な表情で風太郎を真っ直ぐ見つめると、どうなんですか?と聞く叔母には流石に驚きを隠せない


それに対してどう返事をするのか黙って見ていれば風太郎も、全く表情を変える事なく笑って答えており、彼の自然な受け答えはとても丁寧だった 




「はい。だけど、昔の様に今の吸血鬼は人の血は吸わないので安心してください。俺達は鉄分が豊富な食事をして生きてますから」



「…鉄分?それだけでいいの?」


「はい、ただ彼女は違う。吸血鬼化した人間は吸血鬼の血がないと生きていけない、摂取せずにそのまま放っておけば枯渇し最悪、命を落とす事になる」



「枯渇…?その、命を落とすってことはそれを飲み続けないとダメって事?貴方と同じ様に鉄分でも駄目?」


「人間から吸血鬼化すると俺達と同じ鉄分では栄養が回るのが遅く、追いつかないんです」



血は、抵抗があるでしょうけどそれを飲むしか海の命を繋ぐ方法はない



そう断言され、やはり吸血鬼の血でないと駄目なのかと改めて血の大切さが身に染みる


けれど、どうせなら私も風太郎や猿田の様に鉄分が豊富な食べ物で、この飢えを補えればよかったのにとも思う。


チラリと叔母を見ると同じことを考えているのか少しばかり残念そうにしている様に見えた。



「とりあえず…話は理解できた。実際この目で見て、嘘じゃないのは分かってます。だけど、海は私にとって自分の命よりも大切な子なんです。危ない事に巻き込まれたりするのは、正直この子の保護者としては許せない」



親として、この子を守る義務がある



私と同じ叔母の空色の瞳は揺れる事なく、真っ直ぐに風太郎と猿田へと向けられた


叔母の気持ちが伝わったのか、風太郎と猿田も真剣な表情で叔母の話に頷いていた



叔母が私の事を大切に思ってくれているのは知っているけれど、こうやって直接目の前で言われるとやはり嬉しいものだ


危ない目には合わせたくないと言う叔母の親心は確実に私の胸に響いている




「とても、大切にされているのはよく分かります、俺達も彼女を極力、危険な目には合わせたくない。でも、正直に言うと今の彼女の状態は死人に見つかれば確実に襲われる」



「襲われるって…その、どう言う事ですか…?!」


「死人は、吸血鬼が死んだ人間を生き返らせた者、吸血鬼化した元人間です。彼らは吸血鬼の血を求めて彷徨う屍…今の海は、吸血鬼化した人間ではあるけれど、彼らとは全く違う。血の誓いをした猿田の匂いが強い分混血だと間違われる可能性が高い。それに加えて俺達は鴉という組織、鴉に敵対する他の組織が、彼女に危害を加えないとは、正直断言できない」



「混血…その、鴉って一体?」


「敵対組織からこの辺一体を守る組織かな」


「え…どうして、同じ吸血鬼同士で争うの?理解できないわ」



「はは、そうですよね…でも、それは人間も同じじゃないですか?同じ種族同士でも争いは起きる、それぞれの考え方によっては全く道は違う。鴉の目的は組織をひとつにしたい。だけど、それを拒み自分が1番でありたい。そう言った他の吸血鬼達が多いんですよ、だったらまとめない方がいいって思うかもしれないけど、まとめなければいけない理由があるんです」


「…たしかに、人間もそうだわ。じゃあ、そこまでする理由は何?」


「それは、私も気になる…」



「鴉は、死んだ人間を生き返らせたりしない、死人は悲しいんだ。2度も死を経験するなんて罪深いでしょう?でも他の吸血鬼は死人を使い、同族を襲わせる、人は家畜同然、そういう考えを持つ者も少なくないんだ。だけど、鴉は人は嫌いじゃない、だから自然に反する事はしないし、無闇に人は傷つけない。だからって俺達は正義の味方じゃないから死人は殺すし、抵抗され続けたら同族でも殺す」



ただ他と違うのは、人間に対しては優しい所じゃないかな?




風太郎はそう言って、人懐こい笑を浮かべた

たしかに、彼はその吸血鬼にも関わらず出会った頃から優しい。


彼と出会い、鴉が悪い人達の集まりじゃない事はよく分かる。


ただ確かに、彼の言う様に私を撃った見知らぬ男も人の命なんて何とも思っていないようだった


だから、平気で拳銃を向け猿田と私を撃ったのだろう。


あの時、猿田が私を庇ってくれたのも、やはり人に良心的な彼らだったから。



でも、もしあの時人を見下す他の吸血鬼ともし鉢合わせていたらと…そう考えるだけで、ゾッとして思わず身震いした。



叔母は私の様子に気づくとそっと手を握ってくれた


叔母の手は、いつも温かい優しい手をしている

こうして、大丈夫よと優しく握る手にこれまでどれだけ救われたことか、ついさっきまでの不安は叔母のお陰で少しだけ和らいだ




「じゃあ…、この子はどうしたらいいの?まだ、こんなに若いのに危険に晒されるなんて…」



その通りだ、そんな危険な世界に足を踏み入れたとなると、私はどうやってこの先、生きていけばいいのだろうか?


これからは普通に学園生活を楽しめると思っていた矢先、吸血鬼なんて存在があちこちに身を潜めているとなれば、鴉と敵対している組織の人が猿田の匂いを纏っている私に気がつかない訳がない。


きっと、仲間とみなされ狙われるのは時間の問題だろう



「でも大丈夫です」



「どういうこと…?」



「ここでバイトをすれば、定期的に海に血も提供できるし、送り迎えは士郎に任せるので夜道は安全です」



風太郎さんの言葉に、私と叔母は少しだけホッと胸を撫で下ろした。


ここで血も提供してもらえて、送り迎えも猿田がいれば心強い。


それなら安心だと叔母と顔を見合わせれば、風太郎はそれにはひとつ条件があると付け加えた



「…その代わり彼女には鴉に入ってもらうことになる」



風太郎の言葉に私と叔母は驚き目を開いた

今、危ないと言っていた鴉に入るなんておかしな話だ。


驚いて風太郎を見れば、正面の猿田も風太郎を見て驚いていた。





「え?…鴉って貴方達の危ない組織に?」


「え?風太郎さん?」



「…心配なのは分かります、けど入ったら護身術や体術が学べる。どうせこちらの世界に足を踏み入れたのなら、何も出来ないより対処できる術を覚えた方がいい…そう思いませんか?」



「あ、貴方が言っていることは一理あるけど…でも、それって余計危ないんじゃないかしら」



たしかに、風太郎さんが言っている事は何となく理解できる。


どうせ狙われて、襲われるくらいなら自分で自分の身くらい守れたほうがいい


ずっと猿田や風太郎と一緒にいられる訳じゃないのだから。


もし今後、私の身に何かあれば叔母が悲しむのは目に見えている、簡単に死ぬわけにはいかない



それに…猿田や風太郎は良い人で、好きだ。


私だけ守られるのは申し訳ないし、だったら少しでも足手纏いにならない様に強くなりたい。



「叔母さん、私自分で自分の身ぐらい守れるようになりたい。…ここでバイトもしたいし、それに!2人とも良い人なんだよ!ボスも!私の事助けてくれたの!…だから、お願いします!」



「海、でも…」


叔母の気持ちは痛いほど分かる、我が子の様に大切に育ててくらたのを知っているから、叔母が簡単にイエスなんて言えないのは理解できる



だけど、私も甘えてばかりではいられない

私を助けてくれた猿田や、こうやって今後のことを真剣に考えてくれる風太郎の思いにも答えたい、何より叔母を悲しませたくない。



お願いしますと叔母に頭を下げれば、沈黙の後大きなため息が聞こえた。



「…はぁ、仕方ないわね」

 


叔母の呆れた声が聞こえて顔を上げれば、怒っていると思っていた叔母はただ、優しい顔をしていた


しょうがないと小さく笑うと、叔母は風太郎へと頭を下げた




「この子、言い出したら聞かない子なんです。すごく頑固で諦めない子だから、これから色々とご迷惑をかける事も多いかと思います、だけど、とても優しい子なので…どうぞ、よろしくお願い致します」


叔母の言葉が嬉しくて、正直目頭が熱くなった


猿田もなぜが目を潤ませているのを最後に、私も叔母と一緒に頭を下げた。




雛鳥はいずれ飛び立つ

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