第8話白くて甘いロールケーキ
「おっそい!お前どんだけ待たせてんだよ!」
がやがやと人通りの多い雑居ビルの前で、猿田は私を見つけると、眉間を寄せ無駄に大きな声で詰め寄ってくる
遅いと言われ手元の腕時計で確認すれば時刻は11時05分確かに予定より5分程遅れていた、間違いなく遅刻である
「ごめん〜!ちょっと迷っちゃって」
「迷う???バス降りてまっすぐ歩くだけだよ?ほぼ目の前だけど?!」
お前方向音痴か?こんなにわかりやすい場所ないからね?と更にネチネチと詰めてくる
確かに遅くなったのは悪いが、そんなに言わなくてもいいだろう、ちっさい男だ。
とりあえず、ここで揉めてはキリがない
足を動かしながら目的地へと向かうが、その間も猿田は未だにネチネチと隣で言い続ける。
これには、流石にめんどくさくなった
「あぁ〜もう!言わせてもらうけどぉ!遅れたのはごめんだよ!でも、ずーっとネチネチ言われると流石にめんどくさい!」
「おおおい!?お前めんどくさいってなんだよ。ちゃんと反省しろっていってんの俺は」
隣を歩く猿田はめんどくさいと言われた事にカチンときたのだろう、急に立ち止まると私の腕を掴み反省しろよとしつこい
腕まで掴まれ、歩くのを静止され流石にめんどくさいが増し、大きなため息が溢れる
チラリと猿田を見ると、未だ1人でぐちぐち言い続ける彼は、黒いスーツを着ているのも相まって、外見は正直申し分ない
だが残念なのは、口を開けば面倒臭いこの性格だろう
未だに納得がいかない猿田は、私を逃すまいと腕をがっちり掴んで離さない
「てか、この腕離さないと大声で叫ぶからね」
「なっ、おまえさぁ、それはずるいって!」
早くこの手を離して、そう私の腕を掴む彼の手を指刺しながら言えば、猿田はすぐさま腕を外し、くそぉ〜と悔しそうに小さくいじけ始めた
他人から見れば成人男性と女子高生、猿田がいくら何もしてないと否定しようとも、きっと周りは、か弱い方の意見を信じるだろう。
ふん。こいつに勝ち目はない
大体、年下にムキになるのがおかしい、大人気ないのだ
バス停から歩いて3分ほどの場所に建つ、しらさぎカフェと書かれたおしゃれな看板。
鳥のマークが描いてありここのキャラクターなのだろうか、すごく可愛いらしい
「え?ここってカフェだったんだ?昨日は暗くて全然分からなかった〜!」
そう、昨日は夜だと言うのもあって、正直暗くてよく見えなかった。
けれど明るい今なら良く分かる、目の前の建物はとても雰囲気の良いカフェだ
「あぁ、ここは友人の店、『しらさぎカフェ』って知らない?」
「知らない〜初めて聞いた!」
「へぇ?結構長いんだけどな、ほら入るぞ」
あまり外に出ない為によく知らないのだが、それを言いたくなくて少しだけ知らない事に見栄を張ってしまう。
私の様子を猿田は気にする事なくOPENと書かれた扉を開いて中へと入っていった
その彼の後ろを追う様に入っていけば、中から珈琲の匂いがふわりと香り、なんだか小腹が空いてくる
ちゃらんと入り口の扉が開くと、中にいる店員さんがやって来て猿田を見るとお客がいない奥の方へと通された
人気なのだろう、中には若い人達がケーキを食べに来ており、中はすでに賑やかで盛り上がっていた。
店員さんに通される時に他のお客さんのテーブルの上に置かれているケーキがチラリと目に入り、ついついごくりと喉がなってしまう。
羨ましそうに眺めていれば、猿田が後で食わせるからと嬉しい事を言ってくれる
「え、奢ってくれるの?」
「お前、金なさそうだからな、感謝しろよ」
金がないのは働いてないから当たり前だけれど
奢ってくれるのはすごくありがたい。
正直あんなに美味しそうなケーキが食べれるなんて普通に嬉しいものだ
さっきまでは、猿田に対して嫌悪感しか無かったものの奢ってくれるとなれば、少しだけ彼への好感度というのも一瞬で上がっていく
あの甘く可愛いケーキひとつでさっきのマイナスイメージがチャラになるのだ、なんて自分はちょろいやつなんだろうか
奥へと通された席もおしゃれで、周りを見渡すと所々壁に鳥の絵が飾ってあり、ここのオーナーが鳥好きなのが伺える
色鮮やかに描かれた鳥は羽ばたいていて、ついついじっくり眺めてしまう
「ほら、何食べたいの?」
しばらく壁に立てかけてある額縁の鳥を眺めていれば、可愛いらしいメニュー表を目の前にずいっと差し出され、何が食べたい?と尋ねられる
色んなケーキが描かれたメニュー表に目を通せば、可愛らしい絵で書かれたケーキの種類とドリンクが書いてある。
先程、若い女性達が食べていたケーキを探してみたりどれを食べようかと迷う時間は、何だか楽しい
前の席に座り、好きなのを選んでいいよ。
なんて、優しい事を言ってくれるこの男の言葉に素直に甘えて、白いロールケーキに苺が添えてあるホワイトロールケーキを選ぶ、ドリンクは、まだ苦い珈琲が飲めないので、アイスティーに決める。
ちなみにガムシロップを一つだけつけてもらう事にした。
私の選んだドリンクを見て、猿田は甘いのばっかりでお子ちゃまだなーなんて揶揄ってきたけれど、今の私はすごく上機嫌なので、彼のこのうざい言葉も軽く受け流しておいた。
「強ちゃんは、なに頼んだの?」
「んー?俺は珈琲だけ」
店員さんに頼む時にいつもの、と言っていたから何を頼んだのか気になって聞けば、彼が注文したのは珈琲
中身と違い、意外と大人な所もあるのだなと感心していれば、お子ちゃまとは違うからなと、一言。
この男は、いちいち余計な事を言うのが難点だな
「ふーん、少しぐらい大人らしくないとやばいもんね」
「え、どういう意味?…あのさ、そのやばいっていうのやめてくれる?」
どうもこの男はやばいという言葉が気に入らないらしい。
向かいの席から上半身を乗り出し気味でそれやめてと訴えてくる、変な人だ。
「今時の子ってすぐ、やばいって言うじゃん。なんなのそれ?」
「そのまんまの意味だよ、あ〜おじさんには分からないかっ!」
「ちょ、おじさん?!いや、俺まだ22だしぃ!おじさんじゃねぇだろ?!」
せめてお兄ちゃんと良いなさいと、本気で嫌そうに顔を顰める表情は、先程からコロコロと変わり見ていて面白い
冗談で言った言葉だが、本人には結構刺さった様で、嘘だろと未だに頭を抱えている
案外気にする性格らしく、なんだかその落ち込む様が可愛く見えて、つい頬が緩んでしまう。
「おい、笑ってんじゃねぇぞ〜!まだ10代だからってお前、油断してたらあっという間に20代なんだからな!」
「はいはい〜、まだ16だからいいんですー」
まだ16歳の私にとっては20歳なんて、未だに想像がつかない、むしろ高校を卒業する事すら想像できないのだから、そんなの分からないのは当然だ
その後も、目の前の猿田としょうもない事で言い合っていれば、ふと甘い香りと共に、後ろから低く落ち着いた声が聞こえてきた。
声の主は紺色のエプロンに白鷺の可愛いマークを胸元に付けた長身の優しげな男性
彼は注文したケーキとドリンクを持って来てくれたようで、私の方を見るや否や一瞬だけ驚いた様な顔を見せた。
と思えば、すぐに何も無かった様に優しく微笑むと頼んだケーキとドリンクをテーブルの上に置いた
「お待たせ、珈琲はこっちで、ホワイトロールケーキとアイスティーは…」
「はい!私です!」
「美味しく召し上がれ。…で士郎は何してるの?デート?」
目の前に並ぶ美味しそうなロールケーキは、雪の様に真っ白、中には生クリームがたくさん入っていてとても美味しそうだ
横に添えてある真っ赤なイチゴは艶々できっと甘くて美味しいのだろう。
早く食べたいと目の前にあるフォークを持ち、食べて良い?と猿田を見れば、いいよと目配せされる。
喜んで甘いロールケーキをフォークで掬い口に運べば、口の中で柔らかい生地が溶けていくのが分かる
甘さもちょうどよくふわふわで美味しくてついつい笑顔になってしまう、が優しそうな男性は猿田を見るとサラッとすごい事を言い出した。
2人はデートしているのかと。
あまりにも意味の分からない問いに、咳き込みそうになり、クリームを吐き出しそうになった。
しかし流石にもったいなく、ぐっと我慢していれば、私よりも何故か動揺している猿田は、突然大きな声をあげた
「ちょ、何言ってんの風太郎さん!ちがうちがう!どう見ても違うでしょ?!」
「いやー、士郎が女の子連れてくるの珍しいからなぁ、しかもこんな若い子を連れ回してるなんてさ?俺びっくりしたよ」
「まって?落ち着いて風太郎さん!」
風太郎と呼ばれる彼を落ち着いてと嗜める猿田を、アイスティーにガムシロップを入れ、混ぜながら見ているのだが、どう考えても風太郎と呼ばれる彼は落ち着いている、落ち着いていないのは猿田の方だ。
「俺は落ち着いてるよ、お前の方こそ落ち着いて」
「え、俺も落ち着いてるよ!てか、昨日説明したよね?!」
「ん?…あぁ!シーツを汚した子だっけ?」
「そうそう!ってなんか、その言い方語弊ない?!」
シーツ、あぁなるほど。
昨日の出来事を知っている人だろうか
しかし、それを知っていると言う事はこの、いかにも優しそうな彼も、猿田が言っていたあの吸血鬼なのだろうか?
どう見ても、彼は血に飢えている吸血鬼の様には全く見えないけれど
「そうなんです、昨日無理やりこの人に襲われて…」
「えぇ??士郎、お前さー…何やってんの?しかも未成年の子に…」
「えぇ?!ちょ、うそうそうそ!!」
とりあえずは、面白いので風太郎のノリに乗り、あながち嘘ではない事実をそれらしく言えば、更に目の前の猿田は慌てだし、その場を立ち上がると凄い勢いで私の横までやって来る。
隣で何度も違うよね?と凄い勢いで詰めてくる必死さは面白い
「ねぇねぇねぇ!?ちょっと、海さん?違うよね?まじでさ、風太郎さん信じちゃうからやめてね?!このケーキ奢るよね俺!」
その顔はすごい形相で、余りにも必死な姿に私と風太郎は目を合わせると互いに吐き出した
「お前、必死になりすぎ。冗談に決まってるだろ」
「必死すぎて怖いよ」
「え?なに?!もうさぁ…2人してそう言うノリやめてよ、こっちが怖い!」
本当に誤解されたと勘違いしそうだったと半泣きになりながらホッとし出す猿田が面白くてまた風太郎と目を合わせ笑った
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