第6話悪夢からの目覚めは
目を覚ませば、辺りは薄暗く静かな部屋の中
周りには誰1人おらず、ひとりきりで知らない場所に立っていた。
普通ならば、知らない部屋だと慌てるはずが
不意に喉に違和感を感じ、思考は喉の渇きに囚われる。
既に持っていたペットボトルの水を口に含むが、喉の渇きは全く満たされない
何度か同じこと繰り返すが、変わらない違和感に徐々に不安だけが募っていった。
一体、この喉の渇きを満たすにはどうすればいい?
徐々に、体の力も抜け、その場に力無く座り込むと同時に、背中から胸にかけて激しい痛みが走った。
そっと胸元を見れば、自身の浴衣を染め上げる真っ赤な血
途端に息が苦しくなり、胸の痛みが増していくのが分かり、あまりの悲惨な光景に、体が震えだした
激しい痛みと、喉の渇きに耐えながらも、誰も居るはずもない部屋で、ひとり救いを求めてしまう
小さく助けてと呟けば、先ほどまで誰もいなかった部屋に、ひとりの男が立っていた
男は、どこか見覚えのある顔をしていたが、記憶を辿る余裕もなく、縋るように彼に向かって助けを乞い続けた
男は、じっと私を見下ろしたかと思うと、目線を合わせるように座り込み、同時に目の前まで自身の逞しい腕を差し出してくる
袖を引っ張り地肌を私の目の前まで差し出せば、彼の浮き出た血管が目に入り、なぜかそこから目が離せない
やるよ、そう言われ震える手で、彼の腕を掴むと、すかさずその腕に躊躇う事なく歯を立てた
その瞬間、口の中に広がる生暖かい血液、スゥーと喉の奥を埋めていくそれに、段々と喉の渇きが無くなっていくのが分かった。
差し出された、彼の血は甘くほんの少しだけほろ苦い
チラリと男に視線を向けると、何故か満足そうに笑っていた。
「おいーーー!いつまで寝てんだ!」
急に大きな声が聞こえてきて、無意識に飛び起きた。
さっきまで、目の前で満足そうに笑っていた男は、何故か不機嫌そうに私を見下ろしている
「…あれ??」
さっきの薄暗かった室内とは真逆で、見渡せば明るい照明に、どこかお洒落な部屋
先ほどの光景とは真逆の状態に、あれは夢だったのだと、すぐに理解した。
あんな悪夢を見た後に、同じ男から起こされたと思うと、なんだかまだ、悪夢を見ている気分だ
とりあえず、自分が寝ていたであろうベットに、視線を移せば、白いシーツは血に染まっており、あまりにも悲惨な状態だった。
服も浴衣のまま、寝ていたせいか皺だらけ
「あー…一応あそこにいたら危ねぇから連れてきた。てか、体調どう?」
「げぇ…夢じゃなかった」
先ほどのは夢ではなく、祭りの帰りに知らぬ男に拳銃で撃たれ、死んだと思っていたあれは、紛れもない現実だった様だ。
もしかしたら、夢かもしれないと少しの期待を込めてみたけれど、この悲惨な状態を目の当たりにすれば納得だ
受け入れ難い現実に、頭を抱えていれば突然、慌てた様な男の声が耳に入る
「え、なに、どうした!?痛むのか?」
「痛く、はないけど…えっこれ一体どういう状況?」
チラリと男の方に視線を向ければ、何やらばつが悪そうに頭をかき、変に口籠もると、男は小さな声で実はさ…と口を開いた
「あー、なんつーかお前さ、肺撃たれて死にかけてて、俺がお前の血貰って、代わりに俺の血をあげた。じゃないとお前、あのままとっくに死んでたよ?流石に俺のせいで死なれたら困るし…それしか方法がなくてさ。まぁ、けどそのおかげで死なずに済んだわけ!お前!俺に感謝しろよな〜!」
ドヤ顔で腰に手を当て、偉そうに説明されるも、男の話は理解し難い。
何を言っているのか意味が分からず、首を傾げれば、男はとりあえず俺に感謝しとけと。
意味はわからないが、確かに血だらけの浴衣の下は、傷ひとつなく先程の痛みも全くない。
それに加えて、いつもより体が軽く楽な気さえする
目の前で未だに、偉そうにしている男は正直いけ好かないが、命を救ってくれたのは事実だろう
一応癪だが、ありがとうとお礼を言えば男は満足げに頷いた。
「でも、私の首に顔埋めてたよね?やっぱり変態?」
意識がなくなる前に、最後に見たあの光景が忘れられず、未だに偉そうにしている男に先程の気に入らない行為について問えば、男は一瞬焦った顔をしたものの、違う違うと全力で両手を振り否定した。
けれど、あれは確実に私の記憶に残っている、嫁入り前なので、なんなら猥褻罪に値する
「ちょ、変態って何?!違う違う違う!」
「私の記憶に残ってるから!やっぱり変態じゃん!」
「いやぁー!!ちょっと待って待って!違う違う!俺そんなやばいやつじゃないから!だって命助けたじゃん!?」
「血を貰うって…飲んだって事?そもそも飲んで助けるとか意味わからないし、普通に怖い!蚊かよ」
まるで勝手に人の血を吸う、蚊のようで気に入らない、この夏、私が最も嫌いな虫だ
正直、先程からうるさいこの男は、ぶーんぶーんと煩く厄介な、あの虫のようで先程から気に入らない
男は、虫発言が流石に気に障ったのだろう
少しだけ眉間に皺を寄せると、声を上げて虫じゃねぇ!と否定し出した
「おい!蚊なわけねぇだろ?!どう見たら蚊なんだよ?普通に考えて吸血鬼だろー?!」
男から出た言葉に、私は更に首を傾げた
彼が言う吸血鬼は、幼い頃から良く御伽話で出てくるやつだろうか?
最近では、アニメや映画とかでよく見かけるけれど、どれも吸血鬼のイメージは、冷酷でそれでいて品があるイメージだ。
どう見たって、目の前にいる男には冷酷さや、品位を一切感じない
強いて言うなら、無駄に顔が整っている事だろうか。
まぁ、そんなものは今、関係ないけれど。
それにしても、鼻息を荒げ俺は吸血鬼だと宣言する男が、何故か滑稽に見えて、ついつい笑いが溢れた
「…何笑ってんだよ、あ、あー?!!!お前、全然信じてないだろ?折角助けてやったのに、なんて恩知らずなやつ!」
わざとらしく、なんて子なの?と大袈裟に泣き真似をする男の仕草に、やはり変な人だなと改めて思う
未だに、ボソボソと人選ミスだったなんて、意味の分からない事を言う男は、無視し部屋の中を見渡せば、やけに小綺麗に整理整頓されている部屋
この男の部屋なのだとしたら、こういう所はきちんとしているらしい。
一見、アホそうな男だが、整理整頓が出来る所は関心する
しかし、ふと、気が付いた事がある
流石にあそこで死にかけていたからと言って、こんなか弱い乙女を、自身の家に連れ込むなんて、なんて男だ
「でも、やっぱり痛いけな少女を自分の部屋に連れ込むなんて、変態じゃない?…もしかして、これって誘拐???」
男の意味不明な話に気を取られて、1番重大な事を忘れていたが、これはどう考えたって誘拐で間違いない
「はぁぁぁ?!お前さ〜!なんて事いうの?!誘拐じゃねぇって!!そもそも、ここ俺んちじゃねぇし!」
「共犯者がいるって事ー?!だれかぁー助けてー!!」
この男の家じゃないとしたら、一体誰の家?
流石に複数人居るとなると、話は違う
部屋に掛けてある、時計の時刻を見れば、時刻は深夜0時
こんな時間まで、外に出歩いているなんて考えられないし、なんなら夜勤の叔母に連絡しないと非常にやばい
でもその前にここから逃げなければと、とりあえず大声で叫んでみると、男は咄嗟に私の口を両手で押さえ慌てだす
「お、まえ!まじでやめろって!人来たらどうするんだ??」
勝手に口元に触れてくる手が気に入らず、パシリと叩けば、暴力反対!と言われる始末、こっちは怖い思いをしているというのに、なんなんだこの男は、
「呼んでるんじゃん!てか目的は?!お金はありません!」
「はぁ?金なんていらね!てか目的とかないし、ただちょっと説明しないといけないからここに連れてきたんだよ、とりあえず落ち着け、な?」
「…あ、てかお金くれるって言ってたよね?え、そういう人?!血液マニア?!」
「あー、やるやる!やるけど、話が変になってるってー!マニアじゃなくて……あーもう!全然信じねぇからはっきり言うけど、俺は吸血鬼と人間の混血なの!んで、俺出血多量で死にそうになって、大事な薬っていうか、鉄分サプリ持ち歩くの忘れてて、ついでに言うけど吸血鬼だけど人襲ったり血吸ったりはしてないから!大体いつもは鉄分をとって過ごしてるけど、今日はたまたま!…忘れて、それで死にかけてた時にお前が来て、あー…その、しょうがなく、お前の血貰って、俺の血をあげた!で、代わりにお前を吸血鬼化しちゃった」
「え?」
「え?」
俺の話伝わんなかった??
結構分かりやすく説明したつもりなんだけど、と男はさらりと言い。
自分の説明の仕方が悪かったかなと気にしている様子
説明は、今のでよく理解は出来た
なぜ血を取られて、代わりに男からも血を貰ったのか、その説明はとてもわかりやすかった。
しかし、どうも最後の男の言葉が頭から離れずにいる
「は…吸血鬼化って、なに…?」
「え?だから、そのまんまの意味だって」
この男は事の重大さを理解していないのだろう。
どう考えたって、勝手に意味の分からないものに変えたと聞けば、戸惑うのは当たり前だ
「え、なに?じゃなきゃお前まじで死んでたよ?」
「…たしかに、死ぬのは嫌だけど、そんなにサラッと言うこと?」
「だから、説明しようとしてたけど、お前が暴れるから!変に人呼ばれてこの血痕見られるのもめんどくさいだろ!とりあえず、言っとくけど、吸血鬼化した以上は俺の血を飲むしか生きていく道はない!」
「え、やだ!!」
「やだ、はやばい!」
「なんで変態の血なんかー!!」
「変態言うなって!お前さぁ、人間から吸血鬼化した場合は血を飲まないときつくなるらしいぞ?!人間と吸血鬼って本に書いてあったからな!」
なんだその本は、意味が分からない
確かに体の変化はある、さっきも思ったけれどいつもより体は軽いし、銃弾を受けたはずの傷は全く痛みがない。
そっと胸に手を当て布の上から傷口をなぞってみても穴もない、この血痕があるから傷がなくなっているのは事実
実際、あの痛みと苦しさから助けてくれたのはこの男。
こいつが嘘をついている様には見えない
それに、少し話をしてみて確実に分かった事がひとつだけある、この男は嘘が下手くそだ
「とりあえず、一旦持ち帰りたい。今日はもう遅いし、早く帰らないと!あ、でもこの浴衣どうしよう…」
「あぁ、門限か?なら送る、とりあえずは明日また話そう!俺の連絡先教えとくから、ちゃんと忘れずに連絡しろよ!あーその浴衣は…とりあえず、これ着て帰れば?」
ゴソゴソと袋から何か取り出すと大きめのTシャツに短パンを差し出される
なにこれ?と受け取れば落としたスマホを探すついでに、コンビニで適当に買ってきたらしい
流石に血だらけの浴衣で帰れば、叔母が卒倒するのは目に見えているので、渋々差し出された服に着替えようと、浴衣の帯を解く。
が、今だに無言でこちらをガン見する男に目線を向けた
「ちょっとちょっと…やっぱり変態じゃない?」
「え?違うよ!番号を先に教えろって!」
いつまでも気が利かないやつだと思えば、連絡先を待っていた様で、めんどくさいがスマホを取り出し男と交換する
スマホ同士を合わせれば、お互いの連絡先が自動で交換され、手元のスマホの画面に猿田強士郎と画面に映し出された。
「強そうな名前」
ふと、強そうだと言えば男は名前だけねと、軽く笑いを浮かべる
自分はどちらかと言うと、弱そうな名前と言われてきたからか、正直男の名前が羨ましいとさえ思った
「弱木海、可愛い名前じゃん」
いつもなら、大体の人がか弱そう、弱そうなんて冗談混じりに行ってくるのに、この強士郎は全く別の言葉を呟いた
なんだか、それが嬉しいと思えた私は、案外ちょろいのかもしれない
未だにスマホを見ながら、いい名前じゃんと褒める強士郎に、つい気分が良くなり、言ってしまった
「まぁ、強ちゃんもなかなか可愛いけどね〜」
単純に、揶揄うつもりで言った呼び方だったけれど、強士郎は一瞬だけ目を開くと、それからとても嬉しそうに笑った
その表情が、なんだかやけに目に焼き付いて、さっきまでただの変態だと思っていた男が、やけに男前に見えた
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