第4話夏祭りと怪我人



1週間が過ぎれば自ずと夏休みが始まる



頑張って残りの1週間を過ごす人もいれば、私の様に残りの1週間を1日1日…噛み締めながら過ごす稀な存在もいる。


毎日健康には気をつけ、無理をせず大人しく過ごしていたおかげで今のところ体調を崩す予兆はない



ただ、楽しい時間というのはどうしてこんなにも時が経つのが早いのだろうか?


高熱で伏せっていたあの1週間は、あまりにも長く感じていたのに、ここ1週間はあまりにも早くて物足り無さを感じていた。



しかし、夏休みは始まり友人と約束をした夏祭りが待っている


祭り当日まで、体調に響くことは極力避け、静かに過ごしていたおかげか、特に体調に変化はない



頭痛も腹痛も吐き気も熱もなく、いたって健康だ。




朝から叔母にウキウキで、祭りの話をすれば楽しんでおいでとの事。


何日も前からずっと祭りの事を言っていたからだろう叔母もどこか嬉しそうにしていた。



叔母は今日は夜勤で遅いらしく、帰ったら必ず連絡をする事を条件に出かける事を了承してくれた


午後16時には家を出るからと、それまでに浴衣と髪を編んでくれた叔母は、出来上がった私をみて何度も可愛いと連呼すると、写真を撮っていた


なんだか、いつもと違う感じに照れてしまうけれど、たまにはこんな風に着飾って出かけるのも楽しいものだ




祭りは幼少期に何度か叔母と行ったことがある

けれど今回は友人達と行く祭り、16歳になってこういう青春っぽいのは初めてで、浮き足だってしまう



きっと、皆可愛いんだろうなと期待をしつつ叔母を見送った後、私もそろそろ友達との待ち合わせ場所に向かうことにした。





「わぁ、みんな可愛いねぇ〜」



待ち合わせた公園に集合すると、もう既に皆集まっていた。


メンバーは、私とハルちゃん、そして最近仲良くなったクラスの女の子の水野ララちゃんと山木ひなちゃんこの2人と一緒だ。


それぞれ浴衣姿は自分にあった色味と柄の浴衣を着て皆華やかだった。


ハルは黄色にひまわりの柄が入った浴衣で明るくららは紺色に白い金魚が刺繍されている浴衣で大人っぽく、ひなは淡いピンクに赤い薔薇の可愛い雰囲気だ


ちなみに私は、淡い水色に白い朝顔の刺繍が入った浴衣、本人らしさが出ていて文句なしだ。


それぞれお互いの浴衣姿を褒め合いながら、祭りの会場へと人混みをかき分けながら進んでいく


予想はしていたけれど、人が多すぎて下手したら逸れてしまうほどだ


ここまで来て迷子になんてなれば、みんなに迷惑をかけてしまう。


それは絶対に阻止するべく、ハルの手をしっかりと繋いで人混みをどうにか進んでいった。


しばらく歩いて花火が見える場所を見つけ場所を取り、各自2人ずつ、場所取りと買い出し組に分かれる事となった。



買い出し組になった私とハルは箸巻き、ポテト、かき氷ドリンク、りんご飴を買いやっとの思いで2人の元へと戻った




その後は美味しいものを食べ、夜空を照らす綺麗な花火を眺めながら幸せを感じていた


人混みの中は正直嫌だけど、こうやってみんなで協力して、美しい花火を見る事が出来たのだ



無事に花火も終わり、友達と並んで帰る帰り道

また来年来ようねと、次の約束をして3人と別れた。



また、来年と約束をできた事がやけに嬉しくて

1人にやにと、頬を緩めながら帰りの道へと足を進めたが、ふとある事を思い出した




「あ、叔母さんになにかお土産買っていってあげようかな」



せっかく祭りに来たのに何も買って行かないのは、なんだか申し訳ない


そう思い、来た道をもう一度戻る事にした


ちらほらと店仕舞を始めているところもあるけれど、まだ営業していたりんご飴屋さんを見つけた



急いで屋台に駆け込み、叔母が好きそうなりんご飴といちご飴を買う事ができた。


叔母が喜んでくれるかなと、それを楽しみに先程来た道を戻る帰り道はなんだか浮き足だっていた



先程まで人で溢れかえっていた道は、今は数人しか歩いておらず、さっきまでの人混みが嘘の様だ



ふと、曲がり角で立ち止まり、まっすぐ帰るか右に曲がるかを考える。


いつもなら早く帰る為に近道を選んでいるが、今日は浴衣を着ているし、早く帰っても叔母さんは夜勤で遅くなる事を思い出し、今日だけは浴衣姿でゆっくり帰ろうと、いつもの近道を選択するのをやめて、まっすぐ帰る事にした。 




少し歩くと電柱の照明がチカチカと点滅しているのを見かけ、いつもならば恐怖に感じるのだろうが特に今の海にとってはそんな事はまったく気にならなかった


なにせ、友達との約束と叔母へのプレゼントで舞い上がっていたからだ



ただ、少しだけ肌寒く感じて、周りを見渡すと

周りには誰もおらず、自分の下駄の音だけがやけに響いている事に気がついた



まぁいいか、と気にしない事にしてカランカランと下駄を鳴らしながら歩いていけば、ふと細い路地からガタンッと音が聞こえた。



流石に、1人で歩く夜道に突然音がなれば驚くのは当たり前だ、一瞬びくりと音に反応してしまう


突然の大きな音に驚き、野良猫?とほんの興味本位で路地に近づくと、そっと覗きこんでみる。



若干期待と不安も混じっていたが、猫か犬なら

一目だけでもどんな子なのか見てみたい



ほんの少しの期待を持ちながら覗き込んだが、実際に目にしたのは、期待していた猫や犬でもなく、茶髪の成人男性が壁に寄りかかり座り込んでいた。



一瞬、人だった事が予想外で驚いたが、壁に寄りかかり俯く光景を見て、ただの酔っ払いかと理解するのは早かった



近寄るのはやめておこうと足を動かせば、不意に鉄の匂いが鼻についた。


それも結構な濃い匂いに、もう一度男を見れば黒いスーツの間から覗く白いシャツが赤く染まっている



未だに男は身動きもせずだだ、俯いているだけ


多分、酔っ払いじゃないのは確かだ、アルコールの匂いは全くしない。


それよりもこの鼻につく鉄の香りがやけに気持ち悪い



死んだ様に項垂れている男を、ここで見過ごすのも流石に良心が痛む。


少し警戒しながら男に近づくが、距離が近くなる度に男の血の匂いがさらに濃くなり、正直こちらまで気分が悪くなりそう



しかし、死にそうな人を放って置けるほど、冷たい人間ではない。


せめて、どこを怪我しているのか確認する為に

屈んでそっと彼のシャツをめくろうとすれば、突然ものすごい力で腕を掴まれ、ヒッと、小さい息が溢れた



がしりと掴まれた腕の力は、思っていたよりも強く、つい顔を歪ませてしまう


一体どこにそんな力が残っているのだ。




「い、いたい!離して」



男に聞こえる様に訴えれば、まだ意識はあるのか、すぐに腕を離してくれたが、男に掴まれた腕は案の定大きな手跡がついており、色も赤くなっていた。



すかさず、掴まれていた腕をさすりながら

大丈夫ですか?と声をかけると男は顔を見上げた


正直、外見の良さなど求めてはいなかった

ただ、予想だにしなかった男の外見は目鼻立ちがやけに整っていて、彼の青い瞳が印象に残った



けれど彼の一言ですぐに我に帰ることになる


「…ち…ちをくれ」



低く、落ち着いた声で何を言い出すかと思えば

男は血だらけになりながら乳をくれと言いだした。



いくら顔が良いからといって、こんな発言をする変態は放っておこうとその場からすぐ様立ち上がると彼に背を向けた。


が、すぐに後ろから声をかけられ足を掴まれた。



その瞬間、一瞬バランスを崩してふらつくもどうにか耐えた。


男に、急に足を掴まれ逃すまいと離さない様子に嫌悪感で鳥肌が立ちそうになる。



力尽くでも逃げようと自力で足を引っ張るが、先ほどと同じく男の力はかなり強い。


全く、びくともせず離す気配もない


男の顔色は、どう見たって顔色が悪いのに一体どこからそんな力が出るんだ




「ちょ、変態!はなせー!」


「…は?」



未だにがっしりと足を掴む男から逃れる為、再度グイグイと足に力を入れるがやはり何度やっても全く微動だにしない。



必死に抵抗する私を男は、むかつくほど整った顔で見上げてくる、男は意味が分からないという顔をして




「…頼む、金…払うから少しだけ血をくれ…じゃなきゃ死ぬ」



ますます意味の分からない事を言い出す変態に、スマホを取り出し警察に電話しようとすれば、男はさらに息苦しそうに私を見上げて真面目な顔で懇願してきた



さっきは乳をくれと言っていたのに?と男に問えば男はさらに顔を歪めて乳、じゃねぇ血だと言い直す




正直、乳をくれもやばいが血をくれも同じぐらい危ない。


そう思ったけれど、一旦通報するのはやめにして必死に引き留めようとする男に向き直り、腰を屈めると男の顔を覗き込んだ



「輸血ってこと?…正直、血よりも病院に行った方が良くない?」



もう一度、彼の瞳を見つめると、男の青い瞳は一瞬だけ揺らぐと直ぐに、私から視線を逸らす



「ダメだ」



病院に行くのを嫌がる意味がわからない。


取り敢えず、男の血の付いた服を捲り上げると、脇腹に小さな穴が二つ空いていた


流石に、この光景はグロテスクで、吐き気がしたので傷口をすぐに隠せば、男は銃で撃たれたんだと、聞いてもいない事情を説明してくる



銃撃があって撃たれた、それで弾丸は取ったけど、血がないと治せないらしい。



意味不明ではあるが、なんだか危ない組織の方なのかもしれない


言われてみれば、男の服装も黒のスーツ姿で言われれば、いかにもそんな感じに見えなくもない



私には全く別世界の事でよく分からないが、単純にこの男はその組織の人で犯罪者なのかもしれない



けどまぁ、とりあえずは早く手当をしないとそろそろ男の体力も限界に近いのだろう

先程から口数も少なく、息遣いも荒くなっている



「血ってどうやって…」



血で染まる彼のシャツを見ながら聞けば、急に男に抱き込まれる、同時に、背後からすごい剣幕で叫ぶ男の声が聞こえてきて、声だけでも分かるほど怒りを込めた声がこちらに向かって吐き捨てられた。



さすがに怖くなり、見知らぬ変態男に身を寄せ縮こまってしまう。



耳を劈く不快な声に耳を塞ぎたくなったが、抱きしめられているので体が動かせない。


代わりに瞼を力一杯ぎゅと、閉じる事にした


その間、早く終わってくれと願っていれば突然花火とはまた違う、爆発音が辺りに響いた


ドラマや映画でしか聞いた事がない銃声らしき音にこの火薬の匂いが鼻をつんと刺激する 


不意に背中に鈍い痛みが走り、私の体は彼の胸に力無く倒れ込んでいく




「え、あれ…?」



急に力無く体が重くなり、胸に激しい痛みが走る


途端に彼を見上げれば、男は青い瞳を大きく見開き、明らかにしまったと苦い顔をした


病気で寝込む、あの辛さとは全く違う痛みが背中から胸に伝わってきて、気を抜くと息ができない程の痛み


だんだんと荒くなる呼吸のまま、この重い腕を動かし、そっと胸に震える手を添えると

掌に生温かくぬるりとした何かが伝ってくる


そっと胸元に視線を向ければ、水色の浴衣が真っ赤に染まっていくのが目に入る



その瞬間、先ほどの銃声とこの胸の痛みの理由を理解し、あまりの衝撃に頭が真っ白になっていく



こんな、急に死ぬ??


それも、事故でも病気でもなく見知らぬ男に拳銃で打ち殺されるなんて、叔母が聞いたら絶対に卒倒するはずだ


ここまで大事に育ててくれた叔母をこんな事で悲しませるなんて…そんなの絶対に嫌だ



「クソ…」



男のやけに焦った声が頭上から聞こえたと思えば、その瞬間、首筋にピリっと刺激が走った



遠のく意識の中、男が私の首筋に顔を埋めるのが視界に見えて、最後の最後に後悔したがもう遅い




やっぱりこいつは本物の変態だったのだと確信した


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