第6話 終末何する?


 後ろ振り返るほど進んでもないが、死に直面すると過去の後悔がよぎる。


 自分に正直になればよかった。

 思い切って自分の気持ちを伝えればよかった。

 どうせ無理とあきらめなければよかった。

 面倒なことから逃げなければよかった。


 昨日の夜ソラを部屋の外に出さなければよかった。




「ごめんね」


 隕石衝突まであと16時間。月曜日だが、当然仕事など無いつぼみは耳をぺたんと寝せてジトっと上目遣いでこっちを見ているソラに謝っている。


「ほらおいで?」


 ソラはのっそり起き上がり直線ではなく、駅前のロータリーみたいにゆるい曲線を描きながら近づいてくる。


「おやつたべる?」


 耳がピンと立ち口が開き舌がのぞく。もう一押し。


「お散歩行こうか!」


 ソラはお尻をぷりぷりさせてアウアウ言いながら嬉々として飛びついてくる。


(せっかくだしいつもと違うところを歩こうかな)


 外に出て空を見上げる。一面暗い灰色の雲で覆われている。


 まるで地球が隕石から身を守ろうとしてるかのような分厚い雲。


 飲み会のあの日つぼみは隕石が落ちるように願った。それが叶ってしまった。

 当然だが自分は関係ないし、隕石を落とす特殊な力もない。アニメのキャラじゃないんだから。


 そう思っても、なんとなく胸の奥がモヤっとする。


 いつもと違う道。ゴミ捨て場には律儀にごみが捨ててあったり、ちらほらと車も通る。もう違反をとがめる人は存在しないのにしっかり左側を走っていて法定速度も守っている。


(怪物になりそこなった人もいるのね)


 普通に信号を無視している私はもう怪物になっていたのか。

 いや、隕石が落ちるよう願った私はあの時からとっくに怪物だったのかもしれない。


 しばらく歩くと小学校が見えてくる。つぼみも通った小学校だ。

 希望に満ち溢れ、可能性の雄たけびを上げ、未来を楽しみにしていたであろう小学生たちはいない。


 つぼみはふと自分が小学生の時のことを思い出す。

 それは自分の名前の由来を親に聞く宿題を出された日。


「パパ~わたしのなまえはなんでつぼみなの?」


「どうしたんだ急に」


「しゅくだい」


 そうか、とつぶやき頬を掻きながら父は少し照れ臭そうに話し始める。


「最初は花って名前にするつもりだったんだ。でもね親が決めた花より、自分で好きな花に咲いてほしいと思った。自分の育ちやすい場所で、自分のやりたいことをやって、自分を想ってくれる人の光を浴びて咲いてほしいと思った。可能性に満ち溢れ大きい花にもきれいな花にも何にでも咲くことができる蕾。そんな思いを込めて蕾って名前にしたんだ。つぼみが大人になって花が咲いたらお父さんに教えてくれ、こんな花になったよって。そのためならお父さんたちはつぼみに場所も準備するし水も栄養も光も与えることに躊躇いはない。だからつぼみもきれいな花が咲くように学校でしっかり勉強しような」


「うん! わたしはおっきくてきれいな花になるよ!」


 ふふっとほほえみ大きな手で頭をわしゃわしゃ撫でてくれた。


 いままで忘れていたのにまるで昨日の出来事かのように鮮明に思い出す。これが走馬灯というやつなのだろうか。


(私はどんな花にもなれなかったな)


 父はこんな暗い顔に育ってほしいと願ったわけがない。しかし、後悔してももう遅い。過去に戻れる乗り物なんて存在しないのだから。


 しばらく小学校の校庭を眺める。鞭のような冷たい風が吹き抜け、本格的な冬の到来を感じさせる。


「帰ろうか」


 ソラと来た道を少し早歩きで帰る。後悔を置き去りにするために。


「ただいま」


「おう、おかえり。さむかったろ?」


 そんな父の声が聞こえてきそう気がした。いないのはわかっているはずなのに。


 衝突まで14時間


 普段ならどこもかしこもクリスマスの催しやイルミネーションで輝いているところだが、今は人など誰もおらず静かで寂しい場所になっていることだろう。西部劇なんかでよく見る転がる草を幻視するほどに。


(なにも、クリスマスプレゼントが隕石じゃなくてもいいのに)


 誰もが覚悟を決め始めるそんな時間、つぼみのスマホが通知を受け取った。


【ヒカリさんがライブを開始しました】


 つぼみは状況を理解する前に体が動き、もはや何桁あるかわからないパスワードを一瞬で開き、目にもとまらぬフリック入力でコメントを打ち込む。


『こんにちは~こんな時に配信なんてびっくり』


『あ、ブルームさんこんにちは!来てくれたんですね!』


『大変なことになっちゃいましたね』


『そうですね。急に隕石がって言われても実感わかないし、何していいかわからなくなりますよね。ブルームさんは何して過ごしてました?この終末』


『私は普段の生活と変わらなかったかな。犬を散歩したりスマホいじったり、ただ昨日両親が家を出て行っちゃって少し寂しいですね』


『……犬は何飼ってるんです?』


『うちはコーギー飼ってますよ~』


『……高嶺さん?』


 それは小声で聞き取るのがやっと位の声量だったのだろう。しかし携帯の音量をフルマックスにしてヒカリの声を聴きホクホクしているつぼみには何の問題もなく聞こえた。なぜ自分の苗字を知っているのだろう。頭が回る。回る。


『あ、すいません。ちょうど昨日おばあちゃんが近所にそういう人がいたって言ってて、その人もコーギー飼っているので勘違いしちゃいました。ごめんなさい』


 おばあちゃんってもしかして。


『愛花さんですか?』


『そうですそうです! じゃあ、ほんとに高嶺さん?』


 本来ライブ配信で本名を言ったりコメントに書いたりするのはよくない行為だが世も世だ。

 当然視聴者もつぼみだけだ。


『あの……よかったら今から会えませんか?』


――話したいことがいっぱいあるんです。そう言った笛のような澄んだ声。


 終末が近い。


 だが、それでもやらない後悔はしたくない。

 それは、どちらが思ったのかは本人達にしかわからない。


『いいですよ』


 私だって話したいことがたくさんあるんだよ。会いたかったんだよ。


『やった! じゃ、じゃあ今からそっちに行きます!!』


 ライブ配信はぶつりと終わり、黒い画面におすすめの動画が映し出されている。笑みを浮かべた女性の顔も。





「ちょっと出かけてくる!!」


「え!? こんな時にどk………」


 どこに行くのよと言おうとした祖母は口を噤んだ。今までに見たことないような顔で廊下をかけていく孫の姿が見えたから。

 祖母も玄関へ向かう。そこには自分で気づいているのだろうかすごい笑顔の孫の姿があった。

 最近は笑ってる姿を全く見てこなかった祖母には輝いて見えた。まぶしくて直視できないくらいに。


 いや、直視できないのは今頬を流れ落ちる雫を隠すためだろうか。その雫に悲しみの色はなく。祖母も自然と笑顔になる。


「いってきます」


 そこにはもう一つの太陽があった。頬を伝う雫が蒸発するかのような光に照らされ皮膚が輝きだすような柔らかい笑顔で祖母は答えた。


「はい、いってらっしゃい。気を付けてね」


 ひかりは駆けだす。

 走り方が不格好? 知らない。不登校生まれ引きこもり育ちの走力をなめるな。

 何度も足がもつれそうになる。だからって走るのをやめる理由にはならない。


 もうすぐ終わりなんだ。話したいことがたくさんあるんだ。お礼も言いたい。そして何より。


(そこの角を曲がれば)


 角を曲がると目的の家の前に、身長はひかりより少し大きいだろうか栗色の髪を肩ぐらいの長さできれいに切りそろえられてる女性が門の前に立っている。


「こ、こんにちは……ブルームさんですか?」


「はい、そうです」


 女性は親しく微笑みかけた。会えて嬉しい、とでも言うかのように。


 いざ目の前に立つと、臆病風に吹かれ頭が真っ白になる。それでも相手の目を見る。


 

 「私、愛花光ってい……言います。――はじめまして」






 雪が降る。滅びを待つこの星の悲しみか、あるいはその小さな出会いを祝福してかはわからない。

 隕石の到来が神のいたずらなら、この目の前にいる墨を髪に落としたような漆黒の髪をした少女との出会いもきっとそうなのだろう。




 何も変わらない日々。

 寝て起きて仕事の繰り返し。

 ねえお願い。神様がいるのなら、この素晴らしい平凡な日常を返してください。



―――


サブタイトルおっしゃれ~(自画自賛おじさん)


二話目の同音異義。

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