第5話 無償の愛
「おはよう」
「あら、おはよう。今日は早いのね?」
まだ周りの家は起きてないそんな時間。外はまだ暗い。
「目が覚めちゃった」
「朝ごはんまだだから、もう少し寝てきたら?」
「うん、そうする~」
ヒカリは一杯だけ水を飲み部屋に戻る。
今日なんてかなり早い時間に起きたはずなのにおばあちゃんは普通に起きてるんだよね。
夜は寝るの早いから寝てる姿見るけど、朝起きる瞬間とか見たことないな。一体何時に起きてるのだろうか。
そんなことを考えていたら眠りの扉が開く。
「起こしてくれてもよかったのに」
太陽はすでに屋根の上。寝巻で散歩する近所のおじさんもいなければ、コーギーを散歩するお姉さんもいない。今昼ごはんでも食べているところだろう。
「気持ちよさそうに寝てたから起こすの申し訳なくなっちゃった。昨日は遅かったの?」
「そんなに遅くなかったと思うけどな~」
「お昼は昨日のカレーでいいかい?」
「いいよ~」
朝ご飯を食べそこなったので大盛りにしてもらった。二日目のカレーはなぜだかおいしく感じる。
「昨日の映画どうだった?」
「ばあちゃん眠くなっちゃって結局見なかったわね」
「そうなんだ。結構有名な映画だったんだって」
「あらそうなの、ひーちゃんは見たことあるの?」
「私もない」
おばあちゃんはふふっと笑う。柱は歪み畳も障子もボロボロ。
それでもこの空間はとても居心地がいい。
「ご馳走様」
「はい、おそまつさん」
食器を水につけ、部屋に戻る。
とはいえ、特に予定があるわけもなくただ布団で二日目のカレーがおいしく感じる理由を調べながらゴロゴロしている。ひかりは一つ賢くなった。
果てしなく続く暇の荒野をスマホを見ながら進む。
他の人には遊んでるように見えるだろう、怠けているように見えるだろう。それでもギルドから追放されたみたいな孤独な時間に取り残されたヒカリにはこれしかやることがなかった。
ひかりはSNSで自分の配信で使っている名前を検索している。エゴサというやつだ。
(全然有名じゃないから出るわけないか。この検索ヒット数だとあっても気づかないよ。もう少しとがった名前にすればよかったかな)
スマホを置き、最近買ってきてもらった小説を手に取る。
二人の魔法使いが主役の物語らしい。
帯には絶賛沸騰の王道ファンタジーと書かれている。分厚い…
一時間くらい読み、トイレに行ったり飲み物を飲んだりと軽い休憩を挟む。
学校の休み時間はこんな感じだったなと懐かしい気持ちになると同時に怪物たちの顔を思い出してしまいモヤモヤする。
「ひーちゃんご飯できたよ」
おばあちゃんの声にモヤモヤはすべて吹き飛ばされる。
「今行くー」
外は薄暗く、だんだんと冷え込み周りの家ではちらほら明かりが灯る。おばあちゃん家の夜ご飯は早い。
ご飯とお風呂を済ませてもまだ夜七時だ。眠るにはまだ早い。
(小説の続きでも読もうか)
しかし、なぜだか活字を読むと眠くなる。ひかりはうとうとして小説の内容も頭に入っていない。
かわりにゆっくりと完熟した眠りが頭に入ってくる。
「ひーちゃん起きて!!」
時刻は朝の五時前。枕元にはしおりを挟み忘れた小説が置いてある。
部屋の電気もつけっぱなしで目を開けるがまぶしくてすぐに目を細める。
「どうしたの?」
テレビみて!と居間に小走りで向かうおばあちゃん。
ひかりは眠い目を擦りながらも不安な感覚がモクモクと雲のように胸の中で膨らんでくる。
同じように小走りで居間に向かう。
居間に着くとテレビがすでについていて女性が真剣な顔でしゃべっている姿が映し出されている。
その内容にヒカリは目を見開く。眠気なんてとうに無くなっていた。
「――なにこれ」
「おばあちゃんもびっくりよ。大変なことになったわね」
「な……ど、どうすればいいのこれ」
「急にこんなことになっても実感なんてわかないわよね」
おばあちゃんは落ち着いている。
「こんな時間に起こしてごめんね。早く知らせなきゃと思って。朝ごはんまだだからもう少し寝てきたら?」
「もう、眠気冷めちゃって寝れないよ」
「ふふ、それもそうね」
そういっておばあちゃんは隣の仏壇のある部屋に行く。その顔はいろいろな感情がぐちゃぐちゃになってるというべか、何とも形容しがたい。
見送るとヒカリはテレビに目を落とす。映し出されてるのは教会。
神に救いを祈る声や、反対に神を恨む呪いの声のデュエットが聞こえる。
次に映し出されたのはSNSに投稿された動画のようだ。全体的にモザイクがかかっているがそこでは犬を逆さまに吊るし、それに手を合わせる人たちがいると説明がされた。
(うわ、なにしてんのこれ。最低)
再び女性が映し出され、手元にある紙を真剣に読んでいる。なんでもうすぐ死ぬのにこの人は仕事をしているのだろう。
そんなことを考えてると、時間が風のように過ぎ去っていく。
気が付けばかなり時間がたっていたみたいだ。おばあちゃんが朝ごはんを持ってくる。
「あ、ごめん手伝えなくて」
「いいのよ。混乱してるでしょ? ほら冷めないうちに食べましょ」
「「いただきます」」
朝ごはんを食べてるときも目線はテレビにくぎ付けだ。
「怪物じゃん」
ひかりは思わずつぶやく。水槽が壊れ怪物を解き放った人たちが映し出されていた。
「なにもここまでしなくてもねえ」
「隕石よりこういう人たちのほうが恐いんだけど」
「あれは人間、自分と…自分自身と見た目が似てるから恐いんだよきっと」
「ん?」
すでにご飯を食べ終わったおばあちゃんは箸をおき、諭すかのように話し始める。
「例えばそうね。恐竜に出会ったとするでしょ?」
「うん」
「そりゃ出会えばすごく恐いんだろうけどねえ、それは隕石や地震とかの恐いだと思うの」
相槌もすることなく静かに耳を傾ける。
「でもテレビに映ってるのは人間の部分があるから恐く感じるのよ。まるで私たちも怪物と変わらないんだぞって言われてる気分になるのよね。――あら、年を取ると嫌ね。ごめんなさいね、一方的に話しちゃって」
「ううん、面白い話だったよ。――ご馳走様」
「はい、おそまつさん」
(人間と怪物が大して変わらないからこその恐怖かあ、なるほどなあ)
ひかりは部屋に戻り、いつも通りスマホを見ている。
何気なく開いたSNSにはさまざまな書き込みがあった。
遠方に住んでる家族に会いに行けないと嘆く人。
どうしていいかわからないとパニックになっている人。
やり残したことを急いで消化しようとする人。
もう仕事行かなくていいと不謹慎にも今の状況を喜んでいる人。
(私も、もうなにもしなくていいのか……ほんとに?)
貴重な時間なのだが、普段より時間の進みが速く感じる。もう外に出れば影が真下にたたきつけられる時間だ。
「ただいまー」
「あれ、おばあちゃんどこ行ってたの?」
「近所を散歩。みんなどうしてるかなと思って」
「どうだったの?」
「外から見る分には全然わからなかったわね。ただ、高嶺さんのお宅は娘さんを残してご両親が出て行っちゃったみたい」
「高嶺さんってコーギー散歩してるお姉さん?」
「そうそう」
「あのお姉さんか~大変だね」
「もうすぐお昼だけどなにか食べるかい?」
「もういろいろありすぎて食欲ない」
「あら、奇遇わたしも食欲無いのよ」
「軽くお菓子でも食べようかな」
「じゃあおばあちゃんご相伴にあずかっちゃおうかしら」
ゆっくりと流れる雲のように時間が過ぎていく。
ひかりはちょっと濃いめに薄めたカルピスを飲みながら物思いにふける。
(もうこの居心地がいい空間ともお別れか)
おばあちゃんとも。
そう思うと過去が鮮明に浮かび上がってくる。
小さいころおばあちゃんの家に来るのが楽しみだった。あの時はお母さんもお父さんもみんないたっけ。
線香の香る部屋。台所に立つ姿。
おばあちゃんが賞味期限を気にもしないで料理を作ろうとしてお母さんに怒られてたっけ。
ルールも知らないのに付き合ってくれたボードゲーム。
お母さんに内緒だよとくれたお小遣い。うれしかったな。
帰るときは姿が見えなくなるまで手を振ってくれたね。
あんなことがあってから、引っ越してきてすぐ不登校になってしまった自分にもずっと寄り添っていてくれた。そんな無償の愛を受けて育った。
ありがとうという言葉だけでは伝えきれないし、なにか気の利いたことを言いたいけど……
「おばあちゃん。いままでありがとうね」
――いいのよ。
えくぼができるそのほほえみを見た時、自分の中の感情がコントロールできずにダムが決壊した。
ひかりは赤ん坊のように声をあげて泣く。水中にいるかのように風景がにじんでいる。なにかおばあちゃんが言っているが自分の泣き声で聞こえない。
どれくらい泣いただろうか。泣きつかれてもう半分目を閉じかけている。
隣にはおばあちゃんの気配。背中にはおばあちゃんの手のぬくもりを感じられる。
(もう、いいか)
ひかりはそのまま向かってくる眠気に身を預け腕を枕に子供のように眠る。
なぜここにいるのだろう。どこだかわからない荒野の真ん中。
目の前には、紫色の霧みたいなのが充満している大穴があった。
ふと隣を見ると女性がいた。私より少し身長が高いだろうか顔にはモヤがかかっていて見えないが栗色の髪を肩ぐらいの長さできれいに切りそろえられていて顔が見えなくとも美人とわかる。
いったいどんな表情をしているのだろうか。隣にいる女性がこっちに手を差し伸べてくる。
私はその手を握ると女性はそのまま私の手を引き大穴に飛び込んだ。
なんとなくそんな気がしていたのか不思議と冷静だし空気の抵抗も感じない。
ああ、底が見えてきた。
体がビクッてはねてひかりは目を覚ます。
こたつで寝てしまったためか、変な夢を見てしまったためか、汗でびっしょりだ。肩にはタオルケットがかかっている。
頭をあげ、周りを見渡すと、台所に立つおばあちゃんが見える。
「おはよう」
「あら、良いとこで起きたわね。もうすぐで夜ご飯できるよ。お風呂も沸かしてあるけど先に入ってくるかい?」
「すごい汗かいちゃったからお風呂先入ってくる」
「お湯熱いときは水入れなさいね?」
「はーい」
「「いただきます」」
お風呂から上がると夜ご飯が準備されていた。今まで感謝を忘れたことはないが、明日のことを考えるといつもと違う感謝が胸にあふれてくる。
テレビを見る気分でもないし、黙々と食べているとおばあちゃんが口を開く。
「ひーちゃんは明日食べたいものあるかい?」
「最後の晩餐ってやつだね。そうだなあ……あのお菓子とカルピスがあれば充分かな」
「あら、そう?ほら、明日はクリスマスイブでしょ?なにかしてあげようと思ったのよ」
「もう、おばあちゃんには充分すぎるほどもらってるよ」
「ふふ、ありがとう」
「こちらこそありがとう。――ご馳走様」
「はい。おそまつさん」
(そういえば、この前の配信で隕石の衝突を阻止するってコメントくれた人いたっけ)
ひかりは自分の部屋で小説を読みながらこの前の配信を思い出す。
(ブルームさんは何をしてるんだろう。配信したらこんな時でも来てくれるのかな)
こんな状況だもの来てくれるわけないよね。
(でも明日にでも配信してみようかな)
過去の配信で女性なのはわかってるけど、どんな人なんだろう。
どんな声をしているんだろう。優しい声なのかな。
どんな顔をしているんだろう。会ってみたいな。
お礼を言いたい。あなたのおかげで配信を続けられて少しずつ話せるようになったと。
名前も声も顔もわからないけれど。
ちゃんと目を見てはじめましてを言いたい。
―――
犬を逆さまに吊るし、それに手を合わせる人たちがいるの部分。
話の構成上別に書かなくてもいい所なんだけど、頭のおかしい奴も当然いるよなってことで書きました。
犬(DOG)を逆さまにGOD(神)ということです。神に手を合わせてるんですね。
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