第4話 解き放たれし怪物たち

それは唐突にやってきた。神のいたずら、悪魔の気まぐれといえるほど唐突に。



 ニュースの内容はこうだった。


 少し前に宇宙でとある物体が発見された。それは岩でも氷でもなく何かわからないらしい。

 それが12月24日の24時頃地球に、正確には日本に衝突すると。


 専門家の話では200年以内に地球に衝突する直径100メートル以上の天体はないとされていたが、それは直径20キロメートルを超えるほどの大きさで、急にその場所に現れたと。


 その衝突を避けることは不可能で、衝突すれば人類は間違いなく滅びると。



 そんな内容の切り抜きを見たつぼみは真に受けず、どうせなんかのジョークでしょと鼻で笑いスマホを閉じる。そのまま布団の中に潜り込んで目を閉じた。

 思考がだんだん脱落していって海に沈んでいくみたいに眠ってしまった。


 


 目が覚めてスマホをつける。時刻は午前11時。つぼみはバネにはねられたように勢いよく起き上がる。もう一度スマホを見て、はあーっと息を吐く。今日は12月23日の日曜日、仕事は休みだ。


「焦った~」


 また布団にもぐり、ふと昨日のことを思い出しSNSを開いたり、検索をかけたりした。

 調べれば調べるほど話が壮大で、SNSではパニックに陥ってる人もいた。

 つぼみにはさらりとした御伽噺のようにしか思えなかった。


 ただ一つ分かったことがあった。これはジョークでもドッキリでもなく、真実だと。


 つぼみは起き上がり小走りで部屋を出た。


「ねえ、ニュース見た?」


 声をかけても返事がない。


 リビングに入るとテーブルに手紙が置いてあった。

 それに目を通したつぼみは少し動揺するが、やっぱりと納得した。


 母は人生最後に一緒に過ごしたい人は私たちではなかった。

 家族より大事な人がいたのか、不倫でもしていたのか真実は謎のままだが父の私物も無い所を見るに母を追いかけていったんだろう。


「まじかあ」


 思ったより落ち着いている。不思議と涙は出なかった。

 ものすごい勢いで変わっていく現実に感情が追い付いてこないのだ。


 明日の夜中には人類が滅びる。その現実に。


 

 別に追いかけようと思ったわけではないが、なんとなく外に出ようと玄関に向かう。


 下駄箱には母のハイヒールや父の革靴が置き去りになっている。その上には写真立てがある。中には家族で撮った写真が入っていて数年前の高校生の時のつぼみはくしゃっとした満面の笑みで映っている。


 今まで気にもしなかったが、よく見ると母は笑っていない。


 母の幸せの中に私も父もいなかったのだろう。


 写真を撮った時はまさかこんなことになるなんて思ってもなかった。こんなことになるのがわかっていたらこんなに笑っていただろうか。

 写真立てを手前に倒す。


(今は見たくない)


 寝巻のままだがお構いなく外に出る。

 昼間とはいえ12月の冷たい空気が体をめった刺しにする。

 手に息を吐き、こするようにしながら辺りを見渡す。当然だが両親の姿はない。


(車ないし当然か)


「あら、こんにちは」


「ああ、どうも」

 

 近所のおばあちゃんだ。名前は愛花さんだったかな。


「大変なことになったわね」


「そうですね。自分も今起きたら両親が家を出て行っちゃってて少し混乱してます」


「あら、それはお気の毒さま」


 悲しみがにじみ出た声と表情。教科書に載りそうなお気の毒さまだ。


「恐れ入ります。自分寝巻のまま出てきちゃったんで家戻りますね」


「寒いとこはなしかけちゃってごめんなさいね」


「いいえ大丈夫ですよ。じゃあ、また」


 じゃあ、またと言ったはいいがまた会うことがあるのか。

 明日の夜中には、いや考えるのはやめとこめんどくさい。


 家に入るとソラがお座りしてこっちを見ている。


「あなたはいてくれたのね」

 

 つぼみの心にあたたかい灯がともったような気がした。

 安心してつぼみは自然に笑顔になる。


 ちょっとまってて、準備してくるから。

 小走りで自分の部屋に行く、後ろからチャカチャカと足音がついてくる。


「よし、行こうか」


 いつもの散歩コース。街は眠ってるような静けさだ。

 最寄りの駅に人だかりができている。電車が動いてないらしい。


(そりゃそうだよね)


 別にばれても何もないが小走りでその場を通り過ぎて、近くの公園で腰を下ろす。


「少し遠いけどコンビニのぞいていこうか」


 ペットボトルから手に水をためてソラに飲ませる。


(まあ、何も残ってないよね)


 薄々感じていたが見事に何もない。店員もいないので、まあ、そういうことだろう。

 明日の夜中にはみんな死ぬのに食べもの必要かなとつぼみは思う。

 レジにお金が置いてあるところを見ると、お金を置いていった人もいたのだろう。


 世界がこうなってはお金に何の価値もない。お金持ちも貧乏も大人も子供も天才もバカも、死において平等になったのだ。


「ただいま」

 

 はいはい、まだ上がらないよ~。そう言ってつぼみはソラの足を拭く。よしOK!

 家の中にお尻ぷりぷりミサイルを放つ。こたつの中に着弾。


 明日世界が終わるといわれ、両親は出ていってしまい。もうどうしていいかわからないつぼみもこたつに入り、みかんをもみながらやり残した事を考える。


 漫画の最終回はもうどうやっても見れないし、おいしいもの食べようにもお店も当然開いていない。やりたくてもできないものが多いのだ。


 まるでミキサーにかけられてるみたいに頭を回転させてつぼみは、ふと気づいた。


(ヒカリちゃんの配信もう見れないってこと!?)


 自分の足の上に乗ってきたソラの顔をわしゃわしゃなでる。


 落ち着きを取り戻し手持ち無沙汰になったつぼみはスマホでSNSを開く。

 そこには様々な動画や画像が拡散されていた。


 食料を取り扱ってる場所はもちろん。薬局やガソリンスタンドに群がる人々。

 正義を掲げていた青い制服が拳銃を振りかざし人を嬲る姿。

 子供を人質に食べ物を要求するホームレスの姿。

 校舎の窓をバッドで割って高笑いをあげている学生の姿。


 傷害に略奪、放火など筆舌に尽くし難い動画や画像も見受けられる。


 この世界にはもう治安維持も無くなった。


(もう怪物じゃん)


 人は心という水槽に怪物を飼っている。

 何をしてもどうせみんな死ぬ。

 それが免罪符となり水槽は傾き、中の怪物が出てきてしまった。


(隕石よりこの人たちのほうが恐いんだけど)


 つぼみはそのまま動画サイトを開く。

 そこには有名な配信者たちがパニックにならないでとか落ち着いてとか悪いことしないようにとか呼びかけている。

 

 今更人の良心を揺さぶることを言ったって無駄だろうとつぼみは思う。


 ふと外を見る。空は青と白とオレンジをぐちゃぐちゃにした絵の具のパレットみたいだ。

 動画を見てると時間が進むのが早い。少しもったいないことをしたかな。


(さすがに何か食べよう)


 軽く食事を済ませ、湯舟に浸かっていると現実に感情が追い付いてきた。

 泣きはらした目を擦り部屋に戻る。顔が痛い。


(さすがにヒカリちゃんは配信しないよな)


 普段部屋に入れることはないのだが、寂しくなったつぼみはソラと一緒に寝ることにした。

 ふとんにもぐったつぼみの顔をソラは待ってましたと言わんばかりに親の仇のごとく舐めまわす。

 舐めるのをやめたと思ったら今度はつぼみのお腹を勢いよくフミフミし始める。


 結局部屋の外にソラを追い出し、しっかり目をつむる。待ちかねたように眠りがやってきた。

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