第2話 週末何する?

 誰かが言った。この世界はニセモノで人間は金魚のように水槽で飼われていると。


「ただいま」


「おかえり。早かったな」


 リビングから男らしい太い声がが返ってくる。


「途中で帰ってきちゃった」


「なんか嫌なことされたのか?」


「まあ、そんなとこ」


「お風呂沸いてるから入ってゆっくり休みなさい。明日明後日は休みだろ?」


「うん。ありがとう。おかあは?」


「今日も友達とお食事会で遅くなるってさ、仲がいい友達がいるのはいいことだよな」


(それにしても最近多い気もするけど)


 


 つぼみは、最近動画サイトで生配信を見ることにハマっている。

 最近は雑談配信をメインでやってるヒカリという配信者がお気に入りだ。

 全然有名ではなく、不定期配信で見てる人も10人くらいと少ない駆け出しの配信者だ。


 風呂から上がると、配信がもう始まっていた。

 もう配信が開始されてから30分くらいたっていて、出遅れたか!と思いながらつぼみは視聴を始める。


 この雑談配信を見てると、仕事の嫌なことも忘れられるし、明日も頑張るかという気持ちになる。


 大げさではなく、ヒカリという配信者はつぼみの生きる支柱になっているのだ。


『ただいま~』


『あ、ブルームさんおかえり。いつもきてくれてありがとう』


 つぼみは常連さんなのだ。

 たまたまだが初配信から見ていて、いつかこの人が有名になったら初回から見てましたと周りに自慢してやろうとつぼみは密かに考えている。


 最初の頃の配信こそ話すの苦手なのかなと思ったけど、今は普通に話せてると思う。

 

 たまに、日本刀も真っ青になるくらいの切れ味で会話終わることあるけど、それも味だよね。



『そういえば今日は金曜日だねみんなは週末は何するの?』


 ヒカリは笛のような澄んだ声で呼びかける。

 なんてすばらしい声なんだ。つぼみはホクホクしている。


『映画見に行く』

『仕事』

『美容室予約した~』

『おしごと』


 様々なコメントが流れる。

 週末も仕事ある人がいるのか大変だな、と他人事のような感想を漏らす。


 私は何をしよう。そんなことを考えてたらコメントするタイミングを逃した。


『あ、映画って新作のあの映画? いいね……そういえば今日もテレビで映画やってたね。お仕事の人はがんばって』


『会社行きたくない~』

『会社に隕石落ちればいいのに』

『今日やってた映画、隕石の映画だったよ』

『何年か前に話題になった映画だね』

『俺も隕石落ちないかなって思ったことあるw』


 おんなじこと考えてる人いるんだなあとつぼみはクツクツと笑う。


『私も思ったことある』


 そうコメントを残したつぼみは、今日テレビでやっていた映画が何か気にもなったが、飲み会もあり疲れがたまっていたのか煙が消えるかのように目を閉じた。意識がきっぱり遮断され夢も見なかった。




 誰かが言った今の世界は簡単に滅亡すると。



 何かを感じたのか不意に目が覚める。ずいぶん長く眠った気もするが時計を見れば朝の6時だ。

 せっかくの休日に仕事がある日と同じ時間に目が覚めて少し嫌な気分になるが、つぼみは毎朝やっている日課がある。


 まだ眠気がこびりついて離れないが、つぼみは何度か頭を振りベッドから立ち上がる。

 まるで自分の心の中のような黒いカーテンの隙間から朝日がせかしてくる。


 カーテンを開け軽く身支度をしてリビングに向かう。


「ソラ~お散歩行くよ~」


 名前を呼ぶとこたつの布団がもぞもぞ動く。

 そして中から尻尾がなくぷりぷりしたお尻が特徴の犬が嬉々として飛び出してくる。


「つぼみ。ソラの散歩行くならついでにコンビニで牛乳買ってきてちょうだい」


 ソラと一緒にこたつに入っていた母がみかんを揉んでいる。


「OK、じゃあ行ってきます」


 コンビニは普段の散歩コースとは違いここから歩いて往復で30分くらいだ。スタミナのあるコーギーの散歩にはちょうどいい。

 ついでに飲み物や食べ物を多めに買って、今まで溜めてたアニメを見よう。


 今日の予定を頭で構築しつつ、つぼみはコンビニに向かう。


 早朝の冷たい空気を肌に感じる。

 雪は降ってないもののさすが12月。顔が痛い。


 ――雪はいつ降るのかな。



 頼まれていた牛乳はもちろん自分の飲み物やお菓子やカップ麺を買い家に戻り、玄関でソラの足を拭き家の中に解き放つ。

 廊下の床がフローリングなのでこたつに向かうソラの足音がチャカチャカと聞こえてくる。かなりかわいい。


「ただいま、買ってきたよ」


「おう、おかえり寒かっただろ?」


「おとう、起きてたんだ」


「さっき起きた。今日は何かするのか? 休みなんだろ?」


「今日は部屋でのんびりするよ」


「アニメでも見るのか? 目悪くするから部屋明るくしろよ」


「はいはい」


 つぼみは必要な分のお菓子や、飲み物を持って部屋に戻る。


(そうだ、昨日途中で寝ちゃったから配信最後まで見てないや。せっかくだし見ようかな)


 つぼみはノートパソコンを開きアーカイブを探す。

 そして昨日の続きから配信を見る。画面から笛のような済んだ声が聞こえる。この声が好き。


『隕石で思ったけどみんなは明日隕石が落ちて地球が終わるとしたら何する?』


 人間生きていれば必ずと言っていいほど出会うテンプレな話題だ。

 つぼみも例に漏れず、この話題に出会ったことがある。


『おいしいもの食べたい』

『家族と過ごすかなあ』

『あの漫画の最終回どうなるのか知りたいな』

『隕石が衝突するのを阻止します』


 真面目な答えから、ウケを狙った面白いコメントもある。

 私はきっといつもと変わらない普通の生活を送るんだろう。


 ずっと、そう思ってきた。



 配信アーカイブを見終わり動画サイトでアニメを見る。

 よくある異世界アニメだ。主人公が何もない所からおたまを出すという意味が分からないほどの弱スキルを持っていて、冒険者ギルドから追放されるところから物語が始まる。


 物語の後半世界がピンチになり、スキルが覚醒する。


『俺は……俺はスープを掬うだけじゃなく、世界も救って見せる!』

 

 ギリギリ名言とも言えないようなちょっとダサいセリフを最終回で吐き、世界を救ってみんなに認められてハッピーエンドを迎える。


(なんだかんだ最後まで見てしまった)


 頬に伝う何かを拭いながらパソコンを閉じる。


 社会人は過酷なのだ。

 ただでさえ涙もろくなり、アニメのEDを聞いただけで泣けてしまうようになってしまうのだ。


 気が付けば太陽はすっかり隠れていた。


(何か食べよう)


 つぼみの家はご飯は各々準備することになっている。

 高校の時も弁当ではなく、月初めにお金を渡されて一か月昼ごはんはそれでやりくりしていた。

 朝も夜もスーパーの惣菜や菓子パンなどが主だった。


 父曰く、母は料理できないらしい。もちろん父自身も。


 アニメの余韻に浸りながらリビングに向かう。


 もう日付が変わろうとするそんな時間。両親はすでに寝ていて家は音をどこかに持ち出されたみたいに静かだ。


 つぼみは布団にもぐりSNSを開く。たくさん書き込みがあるがその内容につぼみは目を細める。


 何やら人類滅亡とか、隕石衝突とか不穏な書き込みが多い。


 何があったのか疑問に思い検索をかけてみたところニュース番組の切り抜きが見つかった。




 

 今まで通りそれなりの人生を歩き、予測される日々を淡々と生きていけばいいと思っていた。

 そんな日常をあの出来事が一変させた。



―――


隕石の映画って何マゲドンなんだ

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