【12】
「早速出てきたぞ」
通用口から入って来た光に、渚が顎をしゃくって教える。
邸の方から4人の男が、こっちに向かって来ていた。
「あいつら、このまえの奴らみたいだな」
「つうことは楽勝か。あんたとあたしと2人ずつね」
「了解」
光と渚も臆さず4人に向かっていく。
「貴様ら、この間の」
先日最初に、光にのされた男が、2人を認識して喚いた。
残りの3人も色めき立つ。
ヒカナギの方はというと、光は愛用の細身の木刀を袋から取り出して、肩に担ぐように構え、渚は両手のグローブを締め直す。
「あんたのそのグローブって、普通じゃないよね?あんたのことだから」
「一応硬質プレート入りの特別製。ほんでもって、靴も戦闘用の特別仕様だ」
「やっぱりか。そんなもん、どっから調達してくんの?」
「まあそこは企業秘密ということで」
などと、呑気に会話しながらマイペースで歩く2人と対照的に、男4人は既に激高していた。
光たちに近づくと、一斉に襲い掛かって来る。
しかし残念ながら、彼らはヒカナギの敵ではなかった。
まず渚が、特殊警棒を振りかぶって襲い掛かって来た男の顎を、右回し蹴りで意識ごと刈り取る。
そして回転の勢いを緩めずに、隣の男の鳩尾に後ろ蹴りを叩き込んだ。
そして体を折った男の鼻面に、カウンターの膝蹴りを食らわす。
2人が地面に倒れ伏すまで、5秒もかからなかった。
一方光は、正面に立った男の脳天に神速の面を叩き込むと、右からの襲撃を見事な足さばきでかわす。
そしてかわしざまに小手を打って、男が握ったナイフを叩き落とした。
手首の骨を砕かれた激痛で大声を上げる男に、今度は正眼からの面が決まる。
男はあえなく意識を失くして、その場に倒れ込んだ。
4人を瞬殺したヒカナギが邸の入口に目を向けると、丁度新手の2人が出てくるところだった。
「今度は、今の連中より手強そうかも」
近づいて来る2人は、渚の言葉通り、余裕の笑いを顔に浮かべている。
向かって右側の男は相撲取り並みの大柄で、頭はきれいに禿げ上がっている。
左は痩せた年配の男で、手に日本刀らしき物をぶら下げていた。
「あたしが刀持った奴の相手するわ」
光が言うと、
「あんた大丈夫?本物の刀っぽいけど」
と、渚が訊き返す。
「問題なし。さあ行くよ」
そう言って光は、右に離れていった。
乱戦を避けるためだ。
もちろん真剣を相手にするのは、光も初めてだった。
しかし、何故か恐怖心は湧いてこない。
――<ストリーム>に比べたら、こんなオッサン、屁でもないわな。
数か月前の異常な体験が、彼女の精神をより一層強くしていた。
それに、15年以上の鍛錬を続けてきた、剣士としての自負もある。
光に合わせて、自分の相方から離れた男は、顔に嫌らしい笑いを浮かべている。
手に持った日本刀は、既に鞘から抜き放たれていた。
その余裕のにやけ顔が、彼女の闘争心に火を点けた。
渚のことは気になるが、光は目の前の男に意識を集中させる。
「はん。どんな奴が乗り込んで来たかと思えば、女とはね。お前、こんなことして、タダで済むと思ってんのか?」
挑発する男を、光は無言で睨み返した。
「ビビって声も出ねえか。偉そうに木刀ぶら下げてるところを見ると、剣道でも齧ってるようだがな。そんなガキの遊びが、プロの俺に通用すると思う、グボッ」
男の余裕の言葉は最後まで続かない。
熟練の足さばきで一気に間合いを詰めた光の、渾身の中断突きが鳩尾に突き刺さったからだ。
思わず刀を取り落とした男の、がら空きになった額に、面がさく裂した。
「余裕こいてる暇があったら、かかって来いっつうの」
そう吐き捨てる光の横から、渚の呆れた声がした。
「相変わらず情け容赦ない奴だなあ、あんたって。そいつ死んでんじゃね?」
「手加減したから、死にゃあせんだろ。それよりあんたの方は終わったん?」
光が見ると、大男は既に大の字で伸びていた。
そして渚の手には、不穏なものが握られている。
「何それ?」
「ああ、これ?テーザーガンという、護身用の道具だ」
「は?護身用って。それ法律違反じゃねえの?」
光の疑問に渚はしれっと答える。
「アメリカじゃ、合法らしいよ」
「ということは、日本では違法ってことね。たく、お前って奴は」
光は呆れて二の句が継げない。
大男に近づいてみると、舌を出して完全にのびていた。
「それはそうと、こいつ何かに似てねえ?」
光もそれは感じていたので、
「ハゲで、デブで、ベロ出して」
と、呟いた瞬間2人同時に閃いた。
「トロール!」
「トロール!」
某有名RPGに登場するモンスターそっくりだった。
「こいつ、キモいから止め刺しとくか」
渚はリュックのポケットから何か取り出すと、ハゲ男の額にそれをかざした。
途端に男の巨体がビクンと跳ねる。
「ちょっと、あんた何したの」
「ああ、これはスタンガンと言って、護身道具の一種だ」
立ち上がった渚は、手の持ったスタンガンを、嬉しそうに光に向けて突き出す仕草をした。
――こいつ、マジで危ねえ奴だな。
光は呆れてものも言えない。
「こっちもついでに止め刺しとくか」
そう言いながら、日本刀男にスタンガンの一撃を加える渚は、妙に嬉しそうだ。
光はその様子を見ながら、大きなため息をつく。
しかし渚は、その様子にまったく頓着しない風で、邸の扉を指さした。
「もう新手は出て来ないようだし、中に入ってみますか」
――こいつ間違いなく、この状況を楽しんでるな。
そう思って呆れつつも、光は気持ちを切り替え、邸の扉を睨んだ。
――ストーカー。待ってろよ。
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