【11】

「今日あんたが警察行ってる間に、その蘇我とかいうオッサンの家に、偵察に行ったんだわ」

「はあ?何で偵察なんかに」

「あんたが暴走するのは目に見えてたからね。まあ、それはいいとして」

思わずツッコんだ光だったが、渚の返しにぐうの音も出ない。


「大物政治家の家っつうから、どんなでかいとこかと思ったら、意外としょぼかった。知り合いに訊いて見たら、オッサンはそこに住んでる訳じゃなくて、別邸なんだとさ」

「別邸?」

「そう。そこに娘が住んでて、宗教やってるらしい」


「そこが、教団本部ってこと?」

「らしいね。でも、教団っつっても、信者の数は大したことないらしく、精々100人くらいなんだと」


「あんた、何でそんなに詳しいわけ?」

「知り合いからの又聞き。それはいいとして」


渚の返事を聞いて、光は思った。

――こいつって、人付き合い苦手なくせに、妙な知り合い多いよな。


「そんで、その別邸なんだけど。塀があるにはあるんだが、大した高さでもないし、あたしとあんたなら、楽勝で乗り越えられそうだったよ」

「ちょっと待て。それはあれか?塀を乗り越えて、中に入ろうと。あんな、それって不法侵入になるんじゃねえの?」


光の反応に、渚は少し驚いた表情を見せた。

「これから殴り込みかけようとか思ってる奴が、今更何言ってんの?」


「殴り込みっていうか、そんな物騒なもんじゃなくて。話し合いというか…」

「ふうん。つまりあんたは、木刀ぶらさげて話し合いに行こうとしてるわけね」

「…」

図星をさされて、光はぐっと詰まった。


「こっちが話し合いたいって言っても、向こうは応じる訳ないでしょうが。すると、中に入るには、必然的に塀を乗り越えるしかないでしょうが。それとも光先生には、何か妙案でもあるのかね」

「いや。塀乗り越えんでも、ピンポン鳴らして入れてもらうとか…」


光は自分で言いながら、無理だろうなと思う。

そんな光の顔を、渚は意地悪な笑みを浮かべて覗き込んだ。


「分かったよ。塀乗り越えるしかない訳ね。でもさ。中に入るのはいいけど、警備とかいるんじゃねえの?そいつら拳銃持ってたりしねえかな」

「それは入ってみないと何とも言えんが」

「マジか?そんな無謀な作戦しか思いつかないわけ?」


「無謀さでは、あんたに言われたくない。大体、作戦なしで乗り込もうとしてたのは、どこのどなたでしたっけ?」

「…」

黙り込んだ光を見て、渚は勝ち誇った表情をする。


――悔しいが、口では絶対こいつに勝てん。

光は思ったが、そもそも考えなしの彼女に、勝ち目がないのは明白だった。


「あたしらに喧嘩売ってきた奴らがいたじゃん。拳銃とか持ってたら、あん時それ見せて、脅すこともできたはずだし。多分だけど、持ってないんじゃねえの」

「根拠薄っ」


「うっせえな。そんでもって、あんたの頭痛がないんだったら、大丈夫じゃないかと」

「あたしの頭痛を、そこまで信用されてもなあ…」

頭痛というのは、光の危険探知能力のことだ。


「いや。経験上、あんたの頭痛は超能力に近い」

そう断言されると、光もそうかと思ってしまう。

至って単純なのだ。


「まあ、刃物くらいは持ってると思うけど、それはあんたとあたしなら、なんとかなるっしょ」

「まあそうだけどね。そんで、いつ乗り込むよ」

すでに光は乗り込む気満々だった。


「昼だと、塀乗り越える時に目立つし。夜にしよう。真昼間は暑いしね」

そんな理由かよと思いながら、光は訊いた。


「ところで、その蘇我とかいうオッサンの別邸って、どこにあんの?」

「ここからタクシーで10分くらいだったよ」

「近っ」


「だから日が暮れるまで、ゆっくり休むとしましょうか」

そう言い残すと、渚はさっさと自室に引き上げてしまった。

光も慣れない警察での事情聴取に疲れ気味だったので、自室でひと眠りすることにした。


***

2人が起き出してきたのは、午後7時を回った時刻だった。

軽く腹ごしらえをすますと、光を先頭にマンションを出る。


渚は背負ったリュックをガチャガチャ鳴らしながら、光に続いた。

「その中、何入ってんの?」

「色々とね」


外では相変わらず公安の刑事が張っていて、車内からこちらの様子を伺っていた。

光たちが揃って出てきたので、少し慌てているようだ。


光はそちらに手を振って、大通りに向かった。

幸いタクシーはすぐにつかまったので、目的地の蘇我邸には、8時過ぎに着くことが出来た。


タクシーを降りると、途端にムッとする暑さが2人を包む。

「あっちいな、しかし。さっさと済まして、帰ってビール飲もうぜ」

極端な暑がりの渚は、ぶつぶつ文句を言いながら、リュックから取り出した物を、せっせと身に着け始めた。


暫くして準備が整った渚を見ると、完全戦闘モードだった。

それを見た光が、呆れてツッコむ。

「で、あんたはグローブとかエルボーパットとか付けて、なんで完全武装なわけ?まったく殴る気満々だな。この暴力女だけは」

「はあ?あんたが手に持ってる、その袋は何なのかな?何かっつうと木刀振り回す、暴力女のあんたにだけは、言われたくないわ。あたしゃ」


渚の返しに光は、ふんっ――と勢いよく鼻を鳴らして答えた。

「ほんじゃあ、行きますか」

「おう」

2人は互いの顔を見て、にやりと笑い合う。


「君たち、そこで何をしてるんだ」

その時背後から声が掛かった。

振り返ると、公安の田中ともう1人の刑事が息せき切らしている。

必死で2人を追いかけてきたようだ。


「丁度よかった。あたしらこれから、あそこに乗り込むから」

渚が蘇我邸を指さしながら言うと、田中刑事は口をあんぐりと開ける。

意味が分からないようだ。


「だから、あたしら今からあそこの家に不法侵入するからさ。そしたらあんたら、緊急事態とか何とかって言って、堂々とあそこに踏み込めるじゃん」

「何を言っとるんだ、君たちは。我々の前で、堂々と犯罪行為をするつもりか」

田中が呆れ返って、目を丸くしている。


「まあ、そういうことだから。後よろしくね。あ、そうだ。一応キューピーに言っといた方がいいんじゃね?」

そう言い残すと、2人は車道を一気に渡って、門の前に立った。


「この門は無理っぽいけど、あっちの塀なら楽勝っぽいな」

光が指したのは、正門脇の塀だった。

「よっしゃ。あそこ乗り越えるか」

渚は即座に同意する。


「あたしが下から持ち上げるから、あんたが乗り越えて、中から鍵開けるという作戦でいこう」

そう言って光はすぐさま塀に両手をつき、中腰の姿勢になった。


その背中に渚が飛び乗ると、光は思い切り体を持ち上げる。

それに合わせて、渚がジャンプする感触が背中に伝わってきた。


光が見上げると、渚は塀の上から一瞬だけ彼女を見て、すぐさま向こう側に消えた。

そして数秒後に鍵を開ける音がして、門の脇の通用口から渚が顔を覗かせる。


光は中に入る前に、車道の向こうで慌てふためいている公安の2人に向かって言った。

「ここ開けとくから、後よろしくね」

そして光は扉の向こうへと入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る