青い光の海でさよなら

青い光の海でさよなら


 湿気のある空気が鼻の先に触れる。その感覚が妙に気持ち悪く感じ、俺はそこで目を覚ました。気がつくと目の前には真っ白な霧の中にいた。


「ここは……一体?」


 確か俺は、仕事終わりで家に帰る途中だったはず。それなのに何故こんな場所にいるのだろうか。服装は、いつも身にまとうスーツ姿。不幸なことに携帯もカバンも、中に入っている財布もここにはなかった。


「ア、起きましたー?」


 頭上から聞き慣れない幼い声が耳を通る。見上げると、そこには推定十歳くらいの幼い子供がいた。男か女かも見分けがつかない、中性的な容姿、セーラー服を身に纏っている。

 子供の艶やかで短い黒髪が僅かに吹く風に靡く。よく目を凝らすと、子供の手には船を漕ぐ櫂が握られている。


 そう言えば、腰が何処かおぼつかない感覚だ。ゆらゆらと揺れ浮遊感を覚える。どうやら、俺はこの子供が漕ぐ船の上にいるようだ。底の見えないどんよりとした青い海が広がっている。船は抵抗することなく水面を蹴り、どんどん霧の中を進む。


「もー」子供はどこか不満げな様子になった。


「アナタ、寝てる場合じゃないんですからねー」

「えっと、ここは何処? 君は一体……」


 俺はぼんやりと呟くと、子供は大きな目を見開いた。子供の深海を閉じ込めたような瞳に吸い込まれそうになる。ぼんやりと見つめていると、子供特有の高い声に俺は意識を取り戻した。


「嘘でしょ。記憶がないんですか?」

「記憶って何のこと? と言うか君は、どうしてこんな所に……。お家はどこ……?」

「随分と質問攻めしますねー。アナタ」


 子供は大きなため息を吐いた。


「ジブン、細かい事を聞いたり話したりするの嫌いなんですよー」

「あ、ごめんね。でも、君みたいな子供がこんな場所にいちゃ危ないんじゃないかな。お母さんはどこ? 連絡先は……」

「さっき言ったこと忘れたんですか?」

 

 子供は更にジロリと睨む。幼い割には、凛としたその表情に俺は一瞬息が止まった。数秒間、子供は俺を凝視する。俺は何かいけないことをしてしまったのではないかと罪悪感に迫られる。猫背だった姿勢が途端に直線のように真っ直ぐになった。

 子供は俺の全身を舐め回すように見つめる。そして、肩を落とし持っていた櫂を握り始めた。

 なんとかなったのか? 俺が安堵の念を抱き始めた。


 子供は俺に背を向けてボソリと呟いた。俺は耳を傾け、子供の言葉を聞き取った。


「ジブンはキサラギと言います」

「キサラギ……? キサラギってあの二月の?」

「まぁ、そっちではそういう意味で通ってるらしいですよね。そう言うことでいいです」


 子供、もといキサラギは面倒臭そうに投げやりになった。


「俺の名前は……」

「知ってますよ。篠原しのはら裕次郎ゆうじろうさん」

「っえ?!」


 驚く俺の姿にもキサラギは動じることはなかった。


「知ってて当然ですよ。可笑しいことではないです」

「俺、キサラギちゃんのこと知らないのにどうして……」

「サァ? いずれ分かりますよ」


 キサラギはまたもや面倒臭気に会話を無理矢理終わらせた。


「……全く、ミタマさんが余計なことをするから。あのヒト怪力すぎるし」

「ミタマさん?」


 突如ボソリと呟くキサラギに俺は首を傾げた。キサラギは俺の顔を見向きもせず空へと言葉を放った。


「気にしないでくださーい。同じ仕事仲間なだけです」

「え、もしかして仕事してるの? 君みたいな小さな子供が……?!」

「子供って……マァ、良いですけど。エェ、そうですよ。それが何か問題ですか?」


 何ぐわないキサラギの顔に俺は詰め寄る。


「こんな小さい子が働かされるなんて可笑しいよ。もしかして、お母さんたちから虐待を受けてるの……?」


 余計な質問だっただろうか。キサラギは眉間に皺を寄せ、深海色の瞳で俺をまっすぐ見つめる。またもや俺は息を呑んだ。瞬きをすることでさえ止めてしまうほど、キサラギの瞳は神秘的なもので思わず見惚れてしまう。


「別に気にかけてもらわなくて平気です」

「で、でも……こんな霧の中で船を漕ぐなんて危なくない? 手伝うよ。そして、ここの場所が分かったら君の家まで送っていくから」

「そこまでしてもらわなくて大丈夫です。それに、もうすぐ目的地に着きますから」

「目的地……?」


 俺は、訳が分からずそのまま呆然としていた。キサラギはそれ以上言葉は発さなかった。ただ、その小さな腕で櫂を握り、黙々と船を漕ぎ続ける。やがて、今まで辺りを彷徨っていた白い霧が透明化するように徐々に消え始めた。

 霧が薄れていく中、とある影のようなものを見つける。それは、角ばったシルエットで進むたびに大きくなる。


 俺はその光景を見逃さずにはいられなかった。 


「着きましたよ」キサラギの幼くもしっかりした声で意識が覚める。どうやら、船着場まで辿り着いたようだ。


「ここが?」


 俺は惚けるとキサラギは「そうです」と首を上下に振る。そして、降りるように促され俺はされるがままに船着場へと足を出す。キサラギも後から降り、そのまま歩く小さな後ろ姿を追いかけた。

 船着場から離れると今度は砂場へと地面が変わる。革靴で地面の砂利を踏む心地は、足底が砂の凸凹に襲われ、微妙な感覚になる。そして、歩くたびに霧で隠された何かが顕になる。


「ココです」

「ここは……?」


 俺が目を見開いたその先には大きな館が堂々と建っていた。木製のレンガがぎっちり積み上げられ、嵐が来ても無問題と胸を張って言えるような頑丈な造りになっていた。


 目の前には、門が果てしなく広がっている。しかし、館自体は窓が少なく、取り付けられていたとしても幅の小さい窓ばかりだ。完全に最小限に抑えられている。そんな気がした。


「まるで監獄みたいだ……」

「アッ、ちょっと似てますね」


 キサラギがこくりと頷く。似ているという言葉に俺は更なる不信感に襲われる。恐る恐る尋ねることにした。


「それってどう言う意味なの?」

「アレ? まだ、分かりませんか?」


 キサラギはきょとんと惚ける。そして、次に放たれた言葉に俺は目を逸らすことができなかった。


「おめでとうございます。アナタは、が決定しました」

「地獄……?」


 突然の不気味な言葉に俺は狼狽える。地獄。地獄とはあの、天国と対称となる極悪非道の世界のことだろうか。ありとあらゆる拷問や処刑に苛まれ、死ねない体でひたすら耐えもがくことしかできないそんな世界のことだろうか。


 俺は冷や汗が垂れる。


 昔話や神話でしか聞かない地獄が一体何故、目の前にあるのか、俺には分からなかった。


 暫くの間声を発さなかったのか、キサラギが痺れを切らす唸り声が聞こえた。おまけにこちらに向かって溜息まで吐いた。


「では、察しの悪いアナタにヒントとして自己紹介をしましょうか」

「え?」


 俺があっけらかんとしている間に、キサラギは次々と言葉を足してゆく。


「初めまして。ジブンは、閻魔庁えんまちょう黄泉川管理所よみがわかんりしょ地獄課じごくかに所属するキサラギと申します。どうぞよろしくお願い致します」

「えんま……庁……」

「はい、閻魔庁です。ジブンの仕事は、所謂あの世の番人ってヤツですよ。それでは改めて、アナタの離暦書りれきしょを確認しましょうか」


 そう言ってキサラギは、どこからかボードを取り出す。そこには黒い紙が留めてあり、キサラギは視線を下に落とした。


篠原裕次郎しのはらゆうじろう。◼︎年◼︎◼︎年、享年〇〇歳。住所は△△県◆◇市×××〇〇番地。××大学卒業後、一般企業に就職。しかし二年後会社が倒産し解雇された。その後、××工場に再就職するも数ヶ月で退職」

「ど、どうして……」


 俺はそれを聞いた途端、顔から血の気が引いた。


「何で、俺の今までのことを……!」

「ここに書いてあるのはそれだけじゃありませんよ」

「ちょ、ちょっと……!」


 声を荒げるもキサラギは読むことを止めない。


「アナタはその後、数年も付き合っていた恋人から別れを告げられた。ですが、アナタはカッとなり恋人を殺害し、近くの森に埋めた」

「な、なんで……?」


 キサラギの温度のない声が耳の鼓動を刺激する。段々と呼吸が荒くなった。気がつけば、肩で息を吸い、言葉の数も極端に少なくなった。


「まだまだ続きますよ」キサラギは無慈悲にも口を開く。


「その後、近所に住む小学四年生の女子を連れて猥褻行為をした後、首を締めて殺害」

「……」

「アナタは、逮捕される前に殺された女子の親から腹いせで

「……殺害?」

「アナタ、まだ分からないんですか?」


 キサラギは離歴書を読み上げた後、その紙を俺の前まで差し出した。


「アナタとっくに死んでるんですよ。シカモ、死因は他殺。マァ、この場合は自業自得なんでしょうけど」

「そんなこと……そんなことない……! 俺はただ、本当に君が心配で……!!」

「この期に及んで、心配とかいりませんよ。ムシロ、自分自身の心配をしてください。反省の色もないなんて笑えますね」

「反省……?」

「だってアナタ、ジブンのことをこれから襲おうとしたでしょう?」

「そんな訳ないっ! 俺はただ、キサラギちゃんが本当に心配なだけなんだ!!」

「ジャア、そのズボンから聳え立つは何ですか?」


 キサラギは見下すように俺を指差す。俺の顔に向けて示したわけではない。その下部分。股間の方だ。皺のない整えられたズボンの中心から、棒状のようなシルエットを作り起き上がっている。こんなこと普通ではあり得ない筈なのだ。あり得ない。あり得ないのだ。


 だが、俺は違った。


 その瞬間、全身から血の気が引くように顔が真っ青になる。それと同時に脳内から伸びたビデオテープが両目を塞ぐように、覆うように流れてゆく。

 

「あ……」俺は悟った。


「そろそろ思い出しましたか?」


 キサラギは何かを察したようで俺に問いかける。俺は返事の代わりにゆっくりと頷いた。キサラギは俺の散らばった記憶の欠片を繋ぐように弁明した。


「アナタは殺された後、閻魔庁へと運ばれた。そして、閻魔様からの地獄逝きという判決にアナタは錯乱状態に陥った。それは、もう暴れに暴れてね……大変でしたよ。だから、力づくで気絶させるしかなかった」


「マァ、ジブンの後輩が思いっきり拳で殴って気絶させたんですがね」キサラギはこれまでの出来事をため息混じりに吐き出した。


「そうだ。俺は……」


◆◆


 俺の人生は、あの日から狂ってしまった。会社の倒産という言葉に鈍器で殴りつけられたような感覚に陥ったあの日から。そこからどんどん下落するのには、時間はかからなかった。


 何をするのにも上手くいかない日々。ついには、事業で成功中の彼女にまで「別れよう」と告げられた。


「やっぱり私、仕事を頑張りたいの」彼女は、そんなことをほざいていた。


 俺より上手くいってるからって、見下しやがって……!!


 カッとなった俺は隙をついて彼女を撲殺し、近くの山に埋めて捨てた。そして、俺のむしゃくしゃが止まらず、近所に住んでた小学生女子を誘拐した後、裸にさせて手を出しそのまま殺した。


 俺が犯人だとバレるのには時間の問題だった。

 俺は女子殺害容疑で逮捕状が出た後、彼女殺害の容疑も掛けられた。そして、俺はその復讐として女子の親に殺害され、篠原裕次郎としての短い生涯に幕を閉じた。


◆◆


「随分と自分勝手ですねー」


 キサラギは興味なさげに呟く。俺は、その言葉に眉をピクリと動かした。


「お前には分かる訳ないだろ? ずっと上手くいかないこの気持ちなんて!!」

「はい。自分勝手で、しつこくて、更にロリコンのアナタの気持ちなど分かりたくもありません」

「……テメェ!!」


 俺はキサラギの胸ぐらを掴んだ。子供のような容姿をしたキサラギは、やはり身軽で、片手で体を浮かせることが出来た。キサラギは何食わない顔をするばかりだ。


「アノ、離してもらえますか?」

「うるさい!! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!」


 俺が叫ぶと、それ以上キサラギは口を開かなかった。


「ずっと、ずっと……悔しかった。周りがどんどん先を行く中で、ずっと置き去りにされて、焦燥感が俺の心を殺した。殺したんだ、俺は殺されたんだよ!!! じゃあ、この死んだ心はどうしたらよかった?! どうすれば良かったんだよ!!」 

「……アナタの言い分は、分かりました」

「だったら……!!」

「デスガ、アナタの人生崩壊と殺害は全く持って別です」


 は。

 俺の頭は真っ黒になった。


「アナタがどれだけ不幸だったのかは理解できました。お気の毒に、それしか言えません。デスガ、その不幸を他人に巻き込んで良いものなんでしょうか? ナニヨリ、最終的にはアナタ自身が道を外したのではないのでしょうか」


 キサラギは続ける。


「運も実力のうちという言葉がありますよね。会社が倒産したのも、アナタの運が悪かった。ダカラ、殺害の犯行に及んだのも運が悪かった原因になるのですか?」

「な、何が言いたい……?!」


 キサラギの胸ぐらを掴む力を強める。同時にキサラギの、あの瞳と目が合った。


 どこまでも深い海底のような冷たい視線だった。


「ジブンで犯した選択肢を神様のせいにするな」


 キサラギはそう強く言い放った。キサラギの静かな声が俺の耳を劈く。その瞬間、横から何者かの強い衝撃を受けた。俺はキサラギの胸ぐらをパッと離し、そのまま砂場に倒れ込んだ。


 痛いと言う隙もなく、首筋にヒヤリとしたナニカの感触を覚えた。


「動くんじゃねぇぞ」


 目玉だけギョロリと動かすと、軍服姿の男性が刀を出している。首に触るのは鋭利な刃だった。そして館の方から、また一人誰かが走ってくる気配がした。


「大丈夫ですか?!」

「うん。ありがとう、獄卒ごくそつさん」


 もう一人、獄卒と言われた男性はキサラギの方へと駆け寄る。もしかして、俺に刀を向けるコイツも獄卒なのだろう。キサラギは、特に咳き込むような素振りも見せず、彼の力など借りずに自力で立ち上がった。


「さっさと立ち上がれ」刀を持つ獄卒は、低い声で命令する。ぐいっと肩を思い切り引っ張られ、無理矢理立たされた。俺は抵抗した。


「おい、やめろ!!」

「黙れ。テメェが逆らう資格はない」

「先輩! その方、どうしますか?」


 キサラギの方に行った獄卒が問いかける。


 俺に何するつもりだ。

 何をする気だ。


「あのお方の言う通り、然るべき罰を受けてもらう。それがお前の最後の使命だ」

「罰……?」

「篠原さん。先程も言ったでしょう? アナタは地獄行きなんですよ」

「嫌だ……嫌だ……!! いやだいやだいやだいやだ!!! やめろ!!!」

「それでは、キサラギさん。この方は、我々が対処致しますので安心してください」


 後輩獄卒の言葉にキサラギは「うん」と理解を示した。


「後はよろしく」

「キサラギちゃん……!! ちょっと待ってよ……!! お、俺のこと見捨てる気なのかい……?!」 

「黙れ!! テメェごときが番人様を気安く呼ぶな」

「ひぃ……!!」


 先輩獄卒は再び、刀を向ける。今度こそ殺されると直感した俺は、口から情けない声が溢れてしまった。キサラギはただ、ひたすらに黙っていた。


「大丈夫!」後輩獄卒が力の抜けた笑みを溢した。


「痛いのはほんの僅かですから。暫くすれば、何も感じられなくなりますよ〜」

「……あ……あぁ……」

「番人様、それでは我々はこれで失礼します。おいお前、コイツ引っ張れ」

「先輩、この方の髪の毛掴んでも良いですか?」

「構わない。好きにしろ」

「了解でーす!」


 後輩獄卒は無邪気に笑った。そして、次の瞬間に髪の毛を思い切り引っ張られる。頭皮こど抜けそうな勢いで掴まれたため、神経が飛び跳ね目がチカチカした。


 呻き声が漏れるも後輩獄卒は笑顔のままだ。見た目が人懐っこい反面、残虐性を持つ。何を考えているか分からないその表情に堪らなく恐怖を感じた。そして、そのまま館へと引き摺られる。


 キサラギの小さな姿が遠ざかる。無意識のうちに俺はキサラギに向かって手を伸ばした。するとまた、グイグイと頭皮を引っ張られる。もう、数十本は髪の毛が抜けているだろう。それでも引っ張られ続ける。


「へばるんじゃねぇぞ」

「そうそう! 君にはやるべき事が待ってるので!」


 二人の獄卒の言葉が降り注ぐ。気がつくと、キサラギの姿は棒状のように遠く離れてしまった。そして、館の門へと誘導され、硬く重い扉がゆっくりと閉ざされた。


◇◇


「面倒臭いヤツだったな」


 キサラギは獄卒に連れられる亡者の背中を眺めて独り言を呟いた。


「キサラギさーん! おーい!」


 すると、後ろから馴染みのある声が聞こえてくる。後ろを振り返ると、人影がこちらに走って来るのが見えた。 

 

「カナエさん」


 同僚のカナエである。担当は天国課と違うが、何かと接することが多い。キサラギとは真逆の真っ白な髪を腰まで伸ばしている。そして、きめ細やかな毛先まで風に靡かせ爽やかに登場する。


「やっぱり、キサラギさんでしたか!」


 カナエはキサラギの姿を確信すると、顔を綻ばせた。

 

「さっきの方、物凄く暴れてましたね。キサラギさん、また挑発して亡者の堪忍袋の尾を刺激したんですか?」

「別に。タダ、離歴書を読み上げただけだよ」


 キサラギがそう言うと、カナエは困ったように眉を下げ分かりやすくため息を吐いた。こう言う時はカナエの小言が入る、大抵そうなのだ。キサラギは内心、苦笑していた。


「それで? 亡者は……」

「あぁ、それなら先程ミタマさんが一発かまして気絶しちゃいました」

「……アイツ気絶させすぎだろ。どれだけゴリラなんだ」


 現在、ここにはいない研修員の名前をボソリと呟く。そして、館へと吸い込まれるように入ってゆく亡者の姿を見てキサラギは、ふとあることを思い出した。


「名前を忘れたんだけど、此岸にいるとある虫って亡くなったら青い光を放つんだって」

「どうしたんですか? 突然」

「本を読んで思い出しただけだよ」

「蛍とかではないでしょうか?」

「蛍は亡くなった人の魂とかいうけどそれとは違うよ」

「まぁ、ここは所謂亡者の集い場ですもんね。そしたら、青い光がいっぱい出てくるんでしょうか? ほら、あの海みたいに」


 カナエは来た道を振り返り、ゆっくりと指を差した。カナエの色白の指がまっすぐ伸びる。その先には、キサラギが先程渡ってきた青い海が果てしなく広がっていた。

 この海には誰も住んでいない。水中を生きる魚も、ゆらめく海藻も、人間に恋に落ちる人魚も、勿論人間も。


 生きとし生ける者がこの海に住むことはない。住むことはできない。


(ここは、何もかもが青青しい)


 キサラギは、この海と出会ってからずっとそう思っている。もしも、この世の生き物が青い光を放ちながら死んだらどうなるのだろうか。きっと、この青い海のように青く光り輝くのだろうか。


「キサラギさーん? 大丈夫ですか?」


 いつまでも返事のないキサラギにカナエが問いかける。


「サァ? どうなるんだろうね」


 キサラギは目を伏せ、曖昧に答えた。カナエは眉を下げつつ亡者が連れ去られた方向を眺めた。


「ですが、先程の方は全然光りませんでしたね」

「中身が腐ってるんじゃない? 光源が穢れに溜まって塞がったとか」

「あぁ、そうかもしれませんね。地獄に堕ちる者たちは皆、腐っちゃってますから」


 カナエは上辺だけの笑みを浮かべた。


「サァ、仕事に戻ろっか」

「あっ! そうでしたね。キサラギさんとお話ししてるとついつい長くなっちゃうんですよね〜」

「キミがお喋りなだけだよ」


 愉快な同僚の嬉しそうな笑顔に、キサラギは呆れたため息を吐いた。キサラギはそのまま、仕事場へと戻るためあの海へと歩き始めた。


「えぇ〜?! それは、酷いですよ。ちょっと待ってくださいってば! キサラギさーん!」


 後ろからカナエの嘆き声が響くもキサラギは知らないフリをした。キサラギの深海色の瞳には、更なる深みのある青が映し出される。そして、キサラギは瞼をゆっくりと閉じて、去り逝く亡者に弔いの言葉を呟いた。


去世さよなら」


 もう、二度と生まれ変わらないことを祈りながら。




登場人物

あの世の番人 

正式名所(閻魔庁黄泉川管理所)


地獄課

キサラギさん 

性別不詳 幼い見た目 大雑把で毒舌


天国課

カナエさん 

男性 見た目成人男性 

優しいと思う


研修員

ミタマさん 

女性 見た目女子高生

今回、名前だけの登場 

恐らく地獄課になる

馬鹿力(ゴリラより強い)


亡者

篠原しのはら 裕次郎ゆうじろう

男性

自業自得

 

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