第4話①「ともかく王都へ」

 悪魔貴族が騎士団長に成りすまし、第三騎士団全員を操っていた。

 この驚愕の事実を、僕らは一刻も早く司法機関に伝えなければならなかった。

 

 結果としてもたらされた被害――近隣の村々や人々の受けた実害――を調査するというのはもちろんだけど、何より急がなければならないのは他に同様のケースがないかだった。


 だって、今回みたいな悪魔貴族が一人とは限らないからだ。

 もしかしたらすでに国全体に成りすましが蔓延はびこっているかもしれない、国の中枢機関が悪魔貴族に操られていて、それが最近の王政への不評の原因に繋がっているのかもしれない。

 それは考えるだに恐ろしい、最悪の結末だ。


 そのため僕、アイリス、シャルさんの三人は一路王都を目指した。

 もちろん僕らだけだと機動力が足りないので、騎士団の持つ馬車に便乗させてもらう形で。


 そうそう、正気に戻った騎士団の人たちは自らの罪を猛省し、心強い味方となってくれた。

 僕らへの恩を返すためだと気合いを入れて、護衛の任についてくれた。

 特に副騎士団長のガイウスさんは大ハリキリで御者席に座り込み、目を血走らせながら部下たちに指示を出していた。


「おまえらー! 最速でヒロ様たちを王都にお届けするのだぞー!」


「「「「「おおおおおー!」」」」」


「周囲への警戒も怠るなー! 我らの恩人に何かあったら、生きて帰れると思うなよー!」


「「「「「うおおおおおおおおー!」」」」」


「あははは……た、助かるなあ~……」


 騎士団のみんなの体育会系のノリにドン引きした僕が、馬車内に視線を戻すと……。


「う~ん、これはやっぱりとんでもない代物しろものね」

 

 騎士たちを操っていた銀の首輪を眺めながら、アイリスが呆れ半分、感心半分でつぶやいている。


「ねえヒロ、見てよこれ。ここにまってる赤石に『支配の言葉』を書き込み、魔力を流し込んで増幅する仕組みなんだけどさ。この石自体が『ペリシャの赤石せきせき』って呼ばれる超レアな石なの。魔力の増幅効果がエグくて、店で買おうと思ったら一粒で一年分の生活費がぶっ飛ぶぐらいのものよ。それが騎士団全員五十人分用意してたの、信じられる?」


「一粒で一年分を五十人分? ひええぇ~……」


 まさかの超高級品ぶりに、庶民派の僕は素直に焦った。


「騎士団を相手にした時にけっこう手荒に扱っちゃったけど、大丈夫かな? もし壊れてたとしたら、損害賠償とか請求される?」


「……なんの心配してんのよ。てか、こんなん用意した奴はその時点で百パー悪者だから大丈夫よ」


 と、アイリスはバッサリ。


「ま、それ自体はいいんだけどさ。気味が悪いのはそんな貴重なものを複数個用意できたことそのものなのよね。騎士団長に成りすましていた悪魔貴族は格としてはそれほどのものじゃなかったから、ちょっとイメージが合わないのよ」


「……レアな貴金属をたくさん持ってる。つまりは悪魔貴族の中でも相当上位のが後ろにいるってこと?」


「うん、今回のよりもっと上の悪魔貴族が組織的な犯罪を行っていた。そう考えると辻褄つじつまが合うのよね」


 騎士団は、僕らが乗っている馬車の他にも数台の馬車を所有していた。

 それらは外側に鉄板が貼られていて、内側には無数の鉄枷てつかせが据え付けられたものだった。

 囚人護送車を思わせるそれらには、どこかの村から拉致して来た女子供が捕らえられていた。

 もちろんみんな開放したけども……。


「えっと……悪魔貴族の大好物は人の絶望や悲嘆みたいな負の感情なんだっけ? あとは女性や子供の柔らかな肉……。つまりこれらは悪魔貴族による組織的な拉致と……ほ、捕食の可能性を示していると?」

 

 拉致はともかく、人肉の捕食なんて恐ろしいことはなかなか起きない。

 少なくとも僕のいた世界にとっては。


「そゆこと。あとはあんたが聞いたっていうあの言葉ね。ほら、これ見て」


 しかしアイリスは事もなげにうなずくと、分厚い魔導書を開いて見せた。


「ここに載ってるでしょ? 『にえ』って。贄ってのは魔法を使うための触媒となるもののこと。コウモリの羽根やサラマンドラの尻尾なんかが有名よね。いにしえの邪法においては人間を捧げることもあったりして」


「人間を……それってつまり……?」


 アイリスの意図を察した僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。


 僕が贄だとするならば、贄を必要としたのは召喚者のはずだ。

 この場合の召喚者は王様の部下の魔法使いだけど、命じたのは王様自身のはずだ。


 なぜって? 理由は簡単だ。 

 組織系統としてもだけど、ベンノさんの村でさんざん聞いたじゃないか。

 最近王様の様子がおかしいって、昔は善政を敷いていたのにどうしたんだろうって。


「王様の正体が悪魔貴族……もう成りすまされてるってこと?」


「確かめてみなきゃわかんないけど……ま、かなり確率は高いわね。王様が黒幕なら、色々とやりやすいだろうし。褒美って形で部下に例の首輪を嵌めたりとかさ」


 腕組みしたアイリスがしかつめらしい顔でうなずく。


 それまで黙って話を聞いていたシャルさんが、恐ろしそうに身を震わせた。


「そんな恐ろしいことが……ヒロ様、わたし怖いです……って痛いっ? 何するんですかアイリスさんっ?」


 僕の腕を掴んだシャルさんの手を、アイリスがパチンと叩いた。


「あんたがヒロに必要以上にくっつくからよこの駄肉だにく!」


「怖かったからしかたないじゃないですかっていうか駄肉ってなんですか駄肉って!」 


「あんたの! これが! 駄肉でなくてなんだっていうのよ!」」


「ちょっと! 胸を叩くのやめてください!」


 アイリスとシャルさんはどうしてだか仲が悪く、今もまた僕を間に挟むようにしてやり合っている。

 あがり症と男性恐怖症という精神的な苦しみを抱える者同士で上手くやれればと思ったんだけど、なかなかそうもいかないらしい。


「ヒロ様ぁ~。わたし、醜い嫉妬に晒されて辛いですう~」


「だ……誰が嫉妬なんかするもんですかっ! そんなデカいだけの脂肪の塊に!」


「まあまあ、二人とも」


 胸の大きさ争い(アイリスは確かに小ぶりだけど)をする二人をいさめなければと、僕は両手を上げて制した。


「仲間割れしてる暇はないよ。これからのことを前向きに考えなきゃ。まずはどうやって『高位の悪魔貴族』に対抗するのか」

 

「わかったわよ。んん~……でもねえ、いきなり剣を突き付けるわけにもいかないしねえ。何せ現状は間違いなく王様なわけだし」


「下手するとその場で打ち首になるかも、だもんねえ~」


 僕とアイリスが一緒になって悩んでいると――


「あ、それに関してはわたしに任せてください」


 シャルさんが、ハイハイとばかりに手を挙げた。


「わたし、『真実の目』のスキル持ちなんです。どんな悪魔貴族が王様に化けていようが、解除して元の姿に戻せますっ」


 まさかの超絶便利なスキルの存在に「わ、すごいっ」と僕が盛り上がる中……。


「……あんたそれ、騎士団長にも使えばよかったじゃないの?」


 アイリスがジト目をシャルさんに向けた。


「あの時はいっぱいいっぱいで気づかなかったんですもんっ。それに、ちょっと疑わしいからってそのつど『真実の目』をぶつけてたら完全におかしな人じゃないですかっ」

 

 鋭いアイリスのツッコミに、プウと頬を膨らませて対抗するシャルさん。


 二人のいがみ合いはともかく、これは助かる。


「シャルさん、ありがとう。それならなんとかなりそうだ」


「いいえぇ~、ヒロ様のためならばっ♡」


「ヒロっ、ヒロっ。あたしっ、あたしも魔法関係で役に立ってるんだけどっ」


「う、うん、アイリスもありがとう」


「うえへへぇ~、それほどでもないけどねえ~」


 頬を染めて喜ぶシャルさんと、ツインテールをいじって照れるアイリス。

 やる気に満ち満ちた二人とガイウスさん以下五十名の騎士団を引き連れ、馬車は王都へ向かって駆け続けた。

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