第3話④「豹変」

 悪魔貴族が死んで程なくして、残りの騎士団員が次々と正気に戻った。

 どうやら悪魔貴族に精神を操られていたらしく、今までしでかしたことはもちろん、僕たちを襲ったことも記憶にないという。


「これだけの数の人を同時に操る……。そんな恐ろしい力が存在するのか?」


 精神的にも肉体的にも屈強なはずの騎士を、しかもこれほどの数を操ることが出来る?

 しかも常時、二十四時間体制で?

 そんな恐ろしいことができるのか?


「……って、痛たたたた……っ?」


 考えに没頭していた僕は、ふと我に返った瞬間に蘇った痛みに苦しんだ。

 じわりと目尻に、涙を浮かべた。


「――ねえあんた、早くヒロの傷を治してよっ。神官なんでしょっ?」


 僕の背中の傷を心配したのだろうアイリスが、呆然と立ち尽くしたままのシャルロットさんを激しく急かした。


「いいんだ、アイリス」


 アイリスの気持ちをありがたく思いながらも、僕はゆっくりとかぶりを振った。


「僕の傷なら大したことないよ。それより、男性恐怖症のシャルロットさんに無理させたくない」


 顔を青ざめさせ足を震えさせている彼女に、これ以上の無理をさせたくない。


「僕の傷なら、放っておけば治るからさ……」


「………………どうして?」


 僕の言動を、心底不思議そうな目でシャルロットさんは見つめた。


「あなたはどうしてそんなことが出来るのですか? 騎士団と命懸けの戦いをするだけでなく、知り合ったばかりのわたしを庇って、傷を負って、あげく恨み言のひとつもない。しかも聞けば、村の幼い娘さんが溺れているのを助けたりもしたそうじゃないですか。その行動力の源泉は、いったいどこにあるんですか?」


 まあ実際、変な話だ。

 僕が今までやってきたのは、どれもこれも命懸けの難行だ。

 普通の人なら試してみようとすら思わない、それこそ聖人ばりの行動に映っただろう。 


 実際、信心深いシャルロットさん相手なら、その方向で攻めたほうが効くかもしれない。

 僕は生まれながらの善人だって、あなたと理想を共鳴できる隣人だって、だから協力してくださいって。

 ――でも、それはウソだ。

 

「僕は……自分のことが嫌いだったんです」


 僕は正直に話した。

 僕の生まれを、友達の不在と両親によるネグレクトを。

 それでどんなダメージを受けたかを、誰にどんな妬みを抱いたかを。


「緊張すると汗が止まらない体質と、友達がさっぱり出来ない陰キャな性格と。ちょっとイジメみたいなこともあって……それをずっと恨んでました。やった人もだけど、やられた自分をも。でも、こっちの世界に来て変われたんです。外れだと思ってたスキルが実は超有効で、アイリスやエーコちゃんを救えて。アイリスとは友達になれて。この鎧だって、エーコちゃんのお父さんから貰ったもので。それがとっても嬉しくて、誇らしくて……だからこの際、本気で産まれ変わろうと思ったんです。他人を妬まない、ちゃんとした人間になろうって。これがきっと、最後のチャンスだからって」


 向こうの世界での僕は、本当にダメダメだったから。

 今度こそはって、思ったんだ。


「その上で、シャルロットさんには嘘をつきたくないんです。ごまかしも一切なし。この人にはまっすぐぶつかりたいって、思ったんです」


「…………」


 僕の話を聞き終えたシャルロットさんは、最初はただぽかんとしてた。

 考えて、考えて、考えて――そして急に、様子が変わった。


「………………わぁ」


 小さくつぶやいたかと思うと、いきなり耳まで真っ赤になった。

 何かを恥じらうように唇を噛み、目をキョロキョロと左右に動かした。


「あの、その……えっと、そうだっ。ヒロ様、おケガの方を治さないとですよねっ? わ、わわわたしが治してもいいですかっ?」


 両手の人差し指をもじもじとつつき合わせながら、アイリスばりにどもるシャルロットさん。

 さっきまでとはまるで別人みたいだ。


「え、でもシャルロットさんは男性が苦手で……」 


「そ、そうよおかしいじゃない! あんた、男性恐怖症だったんじゃないのっ!?」


 焦ったような口調になったアイリスが、僕とシャルロットさんの間に割り込んだ。

 両手を広げて立ちはだかるそれは、まるでシャルロットさんを敵として警戒しているみたいだ。


「もちろんそうですよ? 今もそうです。男性とお話するとか、触れたりとか考えられませんし、神聖魔法だってかけたりできません。でも……」


 シャルロットさんはシャルロットさんで、自分自身の変化に驚いているようだった。


「でも、ヒロ様になら出来るのかなと思うんです。ヒロ様は優しくて、純真で高潔で、子供の頃のわたしが理想に描いた王子様像そのものなので……って、決してそういう浮ついた気持ちのせいじゃないんですけどっ!」


「超絶マックスで浮ついてるじゃないっ!」


「違うんです! とにかく違うんです!」


 物凄い早口でまくし立てたかと思うと、シャルロットさんはかぶりを振った。


「本当にっ、本当に邪念はないんですっ! わたしは村を救った勇者様のために治療行為を行おうとしているだけでっ! ええそうです、これは治療行為! 何もやましい気持ちはありませんっ! うふ……うふふふふ♡」


 なぜだろう、やたらと息を荒くするシャルロットさん。

 心なしか、瞳の奥にハートマークが見えるような気がするんだけど……さすがに気のせいだよね?


「えっと……よくわかんないけど、治してくれるならありがたいというか……」


「ああ、さすがはヒロ様。寛大なお方……今後わたしのことはシャルとお呼びください。あなたの・ ・ ・ ・シャル ・ ・ ・と」 


 胸に手を当て、どこかニチャついた笑みを見せるシャルロットさん――改めシャルさん。


「ちょっと! あんたいきなり態度変わりすぎじゃない!? ってか近すぎるからもっと離れなさい! 別にその位置からでも治せるでしょ! ほら離れて! シッシッ!」


 アイリスは犬でも追い払うみたいなしぐさをして、かなり必死な模様。


 んー……おかしいな、シャルさんのイメージが最初と違う。

 アイリスの敵対反応も完全なる想定外で、僕はふたりのやり取りを眺めながら首を傾げた。 


「……と、それどころじゃないか」


 ふたりの豹変ひょうへんぶりは気になるけど、それ以上に優先してやらなくてはならないことがある。

 それは先ほどの悪魔貴族のセリフだ。

 僕に向かって放たれた、恨みに満ち満ちたあの言葉の意味を考えなきゃ。


 ――おのれ……まさかこんな所ににえがいるとはな!


 勇者候補、あるいは指名手配犯と呼ばれたなら納得がいく。

 でも、というのはどういう意味だろう?

 誰に対しての、なんのための

 思ってもみなかったカテゴライズに、僕は言い知れぬ不安を覚えていた。

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