第1話⑤「初めての共同作業」

「じゃあヒロ! 行くわよ! 人生懸けた大勝負! 呪文の準備が整うまで時間を稼いでちょうだい!」  


 女の子――アイリスの言葉を合図に、僕は動いた。

 アイリスを狙わせないため、これ以上プレッシャーをかけさせないために、ゴブリンたちの包囲の外側に回り込むように走り出した。


「そおら、こっちだぞゴブリンども!」


「「「ギャギャギャ……ッ!?」」」


 僕の陽動に、ゴブリンたちの半分が引っかかった。

 だけど残りの半分は引っかからず、アイリスの包囲を縮めていく。


「くっ……このぐらいじゃ引き付けられないかっ!?」


 さすがはゴブリン、頭がいい。


 戦力を二分割するのは一見愚策に見えるかもしれないが、か弱い女の子であるアイリスを抑えてしまえば、僕は焦って気が散る。

 人質をとられたみたいなものだから隙もできやすくなり、その後の対処もしやすくなるというわけだ。

  

「じゃあこれならどうだ……っ!?」

 

 僕は右手に意識を集中させると、コマンドワードを口にした。


「『ぬるぬる』!」


 スキル粘液が発動し、右掌の上に直径二十センチほどの球体が生じた。

 そのまま手を思い切り振ると、『ぬるぬる球』はボウリングの球のように地面を転がっていく。

 

『ぬるぬる球』は無味無臭の粘液で、比重は水よりちょっと重いぐらい。

 摩擦係数が極めて低く、その場がちょうど緩斜面だったせいもあって草の上を勢いよく滑走していき……。


「ギャアアアー!?」


 足元に『ぬるぬる球』の直撃を受けたゴブリンが、悲鳴を上げながら宙を舞った。

 ボウリング球が足に当たった感じと考えればその衝撃はわかりやすいだろうか、かなーり痛そうな声だった。


「っしゃ! ストライク!」


 調子に乗った僕は、続いて二投三投と『ぬるぬる球』を投じた。

 ゴロゴロ……ギャー!

 ゴロゴロ……ギャー!

 僕はそんなにコントロールの良い方じゃないけど、ゴブリンたちが密集してくれているおかげで投げれば当たるという状況。

 しかも一体に当たった跳ね返りがもう一体に当たるなどのラッキーもあり、ピン……じゃなかった、ゴブリンたちは次々に倒れていく。


「「「ギャーギャッ! ギャギャギャッ!?」」」


 思ってもみなかっただろう攻撃に、ゴブリンたちは慌てた。

 僕を攻撃するべきか、あくまでアイリスにこだわるべきか、それとも逃げるか――迷った分、アイリスへの脅威が薄れた。


 プレッシャーの減少は、即座に良い効果をもたらした。

 アイリスが落ち着き、呼吸が静かになり――呪文詠唱が完成した。


「『炎の弟子、アイリス・イー・ヴェルボーが願う! 始原の炎よく来たれ! 万象ばんしょうことごとくを焼き尽くせ! 炎竜巻フレイム・トルネード!!』」


 ゴオオォッという凄まじい音と共に、森の中に炎の竜巻が出現した。

 摂氏何千度あるのだろうか、ゴウゴウと燃える竜巻は生き物のようにうごめくと、草木はもちろん逃げ惑うゴブリンたちをも巻き込み、瞬く間に焼き尽くした。




 ◇ ◇ ◇




 炎の竜巻の通り過ぎた後に残ったのは、黒く炭化したゴブリンたちの死骸と、炎によって切り開かれた地面のみ。

 教科書に載ってる焼き畑農業の跡地みたいな感じになった。

 

「す……すごいっ」


 アイリスの魔法の凄まじさに呆然としていると……。


「やった……」


 当のアイリスもまた、呆然とつぶやいた。

 自身の杖を見て、目の前の惨状を見て、僕を見て――じわりと目に涙を浮かべた。

 それは悲しみの涙じゃない、喜びの嬉し泣きだ。


「やった……やったっ! 初めて出来た、初めて倒せたっ!」


 やがて、こみ上げる喜びを抑えきれなくなったのだろう、アイリスは僕に駆け寄り抱き着いてきた。


「ありがとっ、あんたのおかげよっ!」


「うわ、うわ、うわわわ……っ?」


 同い年ぐらいだろう女の子が、しかも飛び切りの美少女が抱き着いてきた。

 それも一切の遠慮なく、真正面からぎゅうぎゅうと抱き着いてきた。


 柔らかい、甘い匂いがする、温かい、とにかく柔らかい。

 情報の洪水に脳がオーバーヒートしたせいだろう、例によって例の如くの『誤発動』が起きてしまった。

 今回は『ねばねば』や『どろどろ』ではなく『ぬるぬる』だったので、ぬるんと滑ったアイリスが転んで尻餅をついただけで済んだけど……。


「うわわわ、ごめんっ?」


 慌てて助け起こそうとしたけど、僕もまたぬるんと滑ってアイリスの上に乗ってしまった。

 下腹部に顔を埋めるような、いわゆるラッキースケベ的な体勢になってしまって非常に申し訳ない。

 僕如きキモ男がこんなハレンチな真似をしてしまって、万死に値する。 

 

「ホントにごめんっ、いっそ死んでお詫びを……っ?」


『ぬるぬる』に悩まされながらもなんとかかんとかアイリスの上からどいた僕は、その場で土下座した。


「そ、そこまではしなくていいけど……」


 顔を赤らめながらローブの裾を整えているけれど、アイリスの表情に嫌悪感みたいなものは感じられない。

 それどころか――


「……ぷっ」


 ペコペコと頭を下げる僕を見ているうちにおかしくなってきたのだろうか、アイリスはぷっと噴き出した。


「あっはははっ。ってか何よこれ。このぬるっとしたの、あんたのスキル? 面白っ」


「お、面白いだって……?」


 まさかの反応に、僕は驚いた。


「えっと……キモくないの? 僕、緊張するとこんな風に『誤発動』しちゃうんだけど、スキル名が『粘液』で、他の技も『ねばねば』とか『どろどろ』とか、ひどいのばっかなんだけど……」


「はあ~? なに言ってんの、とっても強力なスキルじゃない。この『ぬるぬる』してんのひとつとってもさ。さっきみたいに転がしてぶつける以外にもいくらでも応用は効くわけだし」


 それに何よりと、アイリスは自らを指差す。


「誤発動さえしなきゃいいわけでしょ? それってあたしと一緒じゃない。あたしは噛まないようにしっかりと呪文を唱えること、あんたは落ち着いてしっかりとスキルを発動させること」


「一緒……僕と、君が?」


「そうよ、一緒の仲間」


「いっしょ……なかま……」


 スッキリ爽やかなアイリスの笑顔を眺めているうちに、胸にじわりと、温かいものがこみ上げた。

 それは、一言で言うなら感動だ。

 どう考えても外れとしか思えない『粘液』が人を助けた。

 あまつさえ彼女は僕の体質やスキルを嫌悪せず、一緒だ、仲間だとすら言ってくれた。

 それはこの十六年の人生の中で、一度だって得られなかった感慨で……。


「あの、僕……アイリスにお願いがあるんだ」


 目の端っこにじわりと涙が浮かんだ――その瞬間、とんでもないことが起きた。

 

「――僕と、友達になってくれないか?」


 驚いた。

 誰より僕が、一番驚いた。


 だって、自分にそんな勇気があるとは思っていなかったから。

 数多のラノベやアニメで繰り出されるその言葉は、僕みたいなぼっちが放つには荷が重すぎたから。


 友達になってくれ?

 おまえみたいなキモ男が?

 自分自身でも気持ち悪いし、客観的に見ても気持ち悪い。

 それでも口走らざるを得ないほどの――実際これは、人生最大最後のチャンスだった。

 形はどうあれアイリスを助けることができて、アイリスも僕をキモがらずにいてくれて。

 だから僕は、無意識のうちに言葉を放ったんだ。


 いやでもこれは、冷静に考えると恩着せがましいかな?

 この状況で言われたら断りづらいだろうし、そういう狙いがあって助けたみたいに見えなくもない。

 アイリスも嫌がるんじゃないかな?

 などと思い、おそるおそるアイリスの顔を窺うと……。


「と、とととと友達ぃっ?」


 アイリスは顔を真っ赤にした。

 恥ずかしがっているのだろうか、しゅぼんっとものすごい勢いで、耳まで赤くなった。


「あああああんたそえ、本気で言ってりゅのっ?」

 

 緊張すると噛む。

 癖全開のアイリスはぐぐっと僕に詰め寄ると――

 

「いい言っとくけど、嘘だったら許さないわよっ!? あたしにとっても人生初めての友達なんだかりゃっ!」


「う、うん? それってつまり……」


「成績不良で魔法学院を追放されてっ、お情けで入れてもらった冒険者パーティも初日で追放されてっ! 実家に帰れば婿取むことりとかさせられるに決まってるし! 本気でもう行き場なんかないんだからっ! そんなあたしをその気にさせた責任はとってもらうんだからねっ!?」


「せ、責任とかはよくわかんないけど……」


 間違いない、これはいい方のやつだ。

 超々食い気味のOKサインだ。

 

「アイリスがいいなら、友達になろう。僕ら、初めて同士で」


 嬉しさと感動で口元を緩ませながら、僕は手を伸ばした。


「う、うにゅっ」


 アイリスはやはり食い気味で握手をしようとしたんだけど、僕の手がぬるぬるしてるせいで上手く握れなかった。

 何度も滑り、なかなか握れず、それがなんだかおかしくて、ツボにハマって――僕らはやがて、お腹を抱えて笑い合った。

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