第2話①「セ〇ウェイ」

 僕の初めての友達となったアイリスの生い立ちを簡単に紹介すると、以下のようなものだった。


 魔女宗ウィッカという魔法の専門家の一族に産まれ、その魔力量と炎魔法への適正から、将来は一族を背負って立つ器だと期待されていた。

 がしかし、彼女には噛み癖という最大の弱点があった。

 それは何度矯正されても治らず、死に物狂いで勉強して入学した魔法学院も実技がボロボロで落ちこぼれの烙印らくいんを押され退学。

 そのまま家に帰れば婿取むことり(優秀な子供を産ませるため魔力量の大きな婿を外部から招く風習があるそうだ)させられるに違いないので冒険者となったが、そこでもやっぱり役には立てず、ソロでの冒険を余儀よぎなくされた。


 似たような境遇の僕と馬が合うのは当たり前。

 僕らはすぐさま仲良くなれた。


 当然二人でパーティを組む流れとなったが、幸運だったのは能力的にも相性が良かったことだ。

 前衛の僕が敵を抑え込んでいる間に後衛のアイリスが呪文を完成させてとどめを刺す。

 役割分担がハッキリしてる上にリスクも抑えられるので、安全安心な冒険ができた。

 

 とまあそこまではよかったんだけど、このパーティにはひとつ大きな欠陥があったんだ。

 それは僕の指名手配――



  

 ◇ ◇ ◇




 森の間を走る街道を僕と肩を並べて激走しながら、アイリスが叫んだ。


「……ちょっとヒロ! これどういうことよ!」


「言ったじゃん! 僕は王国軍に追われてるって!」


「たしかに言ったけど、こんなに全力でとは思わないわよ! こんなのもはや『王国の敵』レベルじゃない!」 


 アイリスが後ろを振り返ると、そこにいたのは追手である王国軍の兵士たちだ。


「捕まえろー!」


「絶対逃がすなー!」


 三十……いや四十人はいるだろうか、金属鎧に身を包んだ男たちが喊声かんせいを上げながら追いかけてくる。

 勢いのあまり盛大に土煙が上がるほどで、これはもう絶対に勝てない。

 なのでこちらの打つ手は『逃げる』一択なんだけど……。


「ああもう、なんだか腹が立ってきた! だって! ヒロのやったのってあくまで不可抗力だったわけでしょ!? にもかかわらずこんなのっ、理不尽すぎるじゃない!」


「アイリス……僕のために怒ってくれるんだ」


 自分の命がかかった状況で、しかも百パーセント僕が悪いのに一切責めることなく、むしろ一緒になって怒ってくれる。

 友達ってホントにいいもんだなあと感動した僕が、胸をじぃぃぃんと震わせていると……。


「……ああーっ! もうダメ! ムカつきすぎて我慢ならない! 一発喰らわせて理解わからせてやるわ!」


「ちょちょちょちょちょーっ!?」


 スチャリと杖を構え呪文を唱え出したアイリスを、僕は慌てて止めた。


「無理だよ無理無理勝てないよ! っていうかそれ以前に、反撃したらさらに罪が重くなっちゃうよ!」


「今でも十分重いでしょ! あんたもはや『王国の敵』なのよ!」


「でもでもでも……!」


 僕とアイリスが揉み合うように意見を戦わせていると――


「お、仲間割れか!? よおおーっし、隙ありだ!」


「生かして連れて来いという話だが……なあに、ちょっとぐらいなら当たっても問題ない! やってしまえー!」


「「いやあああああーっ!?」」


 ひゅんひゅんと飛び来る矢が周囲の地面に突き刺さった。

 これには堪らず、僕らは再び逃走を開始。


「死ぬ死ぬ! 死んじゃう!」


「アイリス、僕に掴まって! ここにこう!」


「ここここうすればいいの!?」 


「その通り! 絶対離さないで!」


 僕はぬるぬるで作ったセ○ウェイに乗ると、アイリスを腰に掴まらせたまま滑走を開始した。

 摩擦係数が限りなくゼロに等しい『ぬるぬる』は街道をぐんぐんと加速し、徒歩の兵士たちを引き離していく。


「うわすご……何これっ!?」

 

 風を切るようなセ○ウェイの速度に驚いたのだろう、アイリスは歓声を上げて喜んだ。


「すごいすごい! やるわねヒロ! これなら絶対追いつかれないわ!」


「うん……だけどさ……いま気づいちゃったんだけど……」


 二人好調に滑走しながら――しかし僕は気づいてしまった。


「僕、緊張してき・ ・ ・ ・ ・ちゃった ・ ・ ・ ・……」


「…………へ?」


 アイリスは一瞬キョトンとした。

 僕の顔を見て、ぬるぬるまみれの体を見て――状況を理解した瞬間――腰を掴んでいた手を滑らせた。

 アイリスは勢いあまってセ○ウェイから落ち、盛大に宙を舞った。


「アイリスうーっ!?」


「いやあああああーっ!?」


 宙を舞ったアイリスに『ねばねば』を糸みたいにして飛ばして掴まえたのはいいけど、そのせいで片手運転となり、セ○ウェイのコントロールを失ってしまった。

 カーブを曲がり損ねた僕らは崖から落ちてしまい……。


「うわあああああーっ!?」


 スローモーションみたいにゆっくりと流れる視界の中、認識できるのは曇り空――遠ざかる兵士たち――ねばねばの糸――悲鳴を上げるアイリス――僕の剣とアイリスの杖――大きな川――そして僕らは、ドボンと川に落ちてしまった―― 

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