第二章 王の息子

招待


 テーベでの事件以降、ムノの屋敷で貴族の女性としての嗜みなるものを母から教わりながらも、こっそり書物を読み耽る日々は続いていた。相変わらず外に出ることは許されず、時折気晴らしに庭で馬に跨がることをしていた。

 自分の縁談がどうなったかは分からない。もしかしたら先方から断られてしまっただろうか。自分で蒔いた種でありながら、そうだと言われるのが怖くて、両親に聞くことができないまま時だけが流れていった。


 テーベから帰ってきた父に呼び出されたのは、あの事件から一月が経つ頃だった。

 黙って書物を読んでいたことが露見しただろうかと冷や冷やしながら向かうと、私に向けられた父の発言はとてつもなく意外なものだった。


「……私が、王の宴に?」


 何を言われているか理解できず首を傾げた私に、父は「そうだ」と頷いた。


「王の宴に私とお前が招待されたのだ」


 父が言う王の宴とは、月に一度王宮で開かれる大きな宴のことだ。その主催は王家。この国を支える重役たちとその家族が招待される大規模なもの。兄たちから聞いたことがあって、何となく存在は知っていた。


「田舎にいる私が?お父様だけでなく?兄様たちを差し置いて私ですか?」


 テーベには美しい令嬢たちがいるというのに、わざわざ都から離れて暮らす私が呼ばれたという。父の息子である兄たちでもなく、何故私が。


「テーベと比べればムノは田舎ではあるが、それなりの都市。そしてお前は歴史ある家の娘だ。我が一族の存在を知らぬ者はおらぬ。呼ばれて何もおかしいことはない」


 そうだとしても変な話だ。


「あれほど都には連れて行かぬと言っておきながら、お父様は一体急に何を仰るの」


 あんなことをしでかした私を、この父は王宮の宴に連れて行くというのだ。もう二度と連れて行かないと叱られたことは記憶に新しい。もう忘れた訳ではあるまい。

 怪訝な顔をする私を前に、父は若干興奮気味で異様ににこにこしている。


「王家からのご命令だ。断る理由はない。私と共に明後日テーベへ発つ。早急に支度を整えるように」


 こちらに有無を言わせぬ状態のまま、私は早急に準備に追いやられた。


 準備はメティトを筆頭に、侍女たちによって大急ぎで進められた。

 どの衣装がいいか、どの飾りがいいか、王の宴ではどうしたら目立つかが彼女たちの主な論点だ。

 確かに王家が主催の宴ならば、参列した娘たちの中から側室に選ばれることもあるかもしれない。だが、残念ながら自分が選ばれる気は全くしないのだ。


「さ、お嬢様!ご起立ください!」


 ぼんやりと侍女たちの討論に耳を傾けていたら、突如声が飛んできてたじろいだ。


「お嬢様!何を他人事みたいなお顔をしてらっしゃるんです!一世一代の大きな催しですよ!王家の方々の目を射止めなければ!!」


 そう言われて、首をふるふると横に振った。


「いいわよ、そんな大げさにしなくて。前と同じで良いわ。お金もかからないし、また合わせなくても良いでしょ?私に王家の側室になれる器量なんてないもの」


 前に着たものと同じで良いと笑う私を目の前に、メティトの顔は見る見る内に鬼の形相へと変化していくのに気づいた。


「あ、あの、メティト……」


 恐る恐る呼びかけると彼女は大きく首を振って私の前に躍り出た。


「だまらっしゃい!!」


 その一声に思わず黙り込む。


「もう!!全然全くお嬢様はことの重要さを分かってらっしゃらない!!」


 メティトのそんな声を引き金に、問答無用で私は人形のようにあれやこれやと着せられ、ようやく宴のための衣装が決まった頃にはへとへとになって寝台に突っ伏していた。

 それでもメティトたちの仕事は終わらない。今回の滞在期間に必要なものや、父と母が決めた王家への献上品などが大切に包まれ、荷物の中に加えられる。テーベの侍女たちへの言伝もまとめられた。

 私はなんとも現実味が沸かないままその様子を眺めていたが、ぼうっとしているとまた叱られる気がして、結局ラジヤの準備の手伝いをすることにした。


「はあ、私もまたテーベに行けるんですねえ。ああ、夢みたい」


 大方あとは自分の荷物を詰めるだけだと言う彼女は、テーベの都へ行けることに終始うっとりとしていた。


「そういえば、王宮から旦那様に直々にお嬢様を連れて来るようにとご命令があったそうですね」


 ラジヤは嬉しそうに、「またテーベへ行けますね、良かったですね」と言ってくる。


「ええ……二度とテーベへ行けないのは御免だから、それは良いことなんだけれど」


 テーベに行けることは嬉しい。タニイにも会える。前のお礼と謝罪も直接できるだろう。ただ、今回のことには腑に落ちない点もあった。


「この前のことで、私は悪い噂だらけだと思うのに、一体どこの誰が私を呼ぼうと思いついたのかしら」

「確かに、お嬢様のお転婆ぶりはテーベの街のど真ん中で披露されちゃいましたものねえ……もしかしたら王家の方々には届いていないのでは?あれはあくまで庶民の催しでしたし」


 彼女の意見を聞いて、うーんと首を傾げた。

 今回の宴の招待客はすべて王族によって決められると聞いている。

 私のあの不祥事が公に知られていないにしても、何故王家が私などの存在を知っているのだろう。

 王が招待したのなら、トトメス王だ。

 王は父とも旧知の仲で、いくつもの戦いを共にしてきたことから友人のような間柄だとは聞いているが、今まで一度も私が宴に呼ばれたことはない。お目にかかったことすらない。

 百歩譲って王宮に仕え、且つ父の後継になり得る兄たちが呼ばれるならば分かるのだが、田舎のムノから出されたことのない私を何故呼ぼうと考えたのか。


「まあ、王家のお考えなんて私たちが何したって分かりませんよお」


 けたけた笑う彼女は、そこまで深く考えていないようだ。


「テーベで寝る暇もないかもしれませんから、もう寝ましょ!」


 ラジヤに促されて寝所で横になったものの、疑問は絶えることがない。同時に再びテーベへ赴けるという事実に胸が高鳴って仕方が無かった。

 宴に招待されたのなら、初めて王宮の中へ行くことが出来る。

 王宮はどんな所だろうか。王宮の宴とはどれだけ華やかだろうか。

 タニイにも会いたい。会ったら話したいことが沢山ある。頂いた書物の感想も話したい。

 そうこう考えている内に日数が過ぎ、私は父とラジヤと共に多くの従者を引き連れて王の宴へ赴くことになった。


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