4.伝わるといいな




『どうしてお姉ちゃんは生きるの?』


 私には一つ年下の妹がいた。

 明るくて、愛嬌があって、優しい。

 それが私の妹だった。

 だからこそ、何を言ったのか理解できなかった。

 当時、そこは私と妹しかいない、寒い冬の簡素な病室だった。


『……どういう意味?』

『そのままの意味だよ。どうしてお姉ちゃんは生きるのかなぁって思ったから聞いてみただけ』

『どうして?』

『? うーん……だってお姉ちゃん、必要?』


 何に対して必要なのか、だなんて訊けるはずもなかった。

 両親とはここ数年、ほとんど会っていなかった。

 昔は「大好き」だとか「愛してる」と言ってくれたのに、今は何も話さない。

 きっと二人は普通の幸せな家族を作りたかったのだろう。

 理想の家族に年中病室ごもりの娘は必要ない。

 そう判断したのだろう。

 いつしか妹ばかりを見るようになり、私はまるでいないかのように振る舞った。

 病院に来るのは世間体を気にしているからだろう。

 数冊の本を置いてすぐに帰っていく。

 本は何度読んでも飽きなかった。

 だから私も何も言わなかった。


『お姉ちゃんはいつも本を読んでばかり! たまにはお外に出て遊んだらいいのに! ひなたぼっこしたりおにごっこしたりする方が楽しいよ!』


 それができる体で生まれたら、私も読書以外の楽しみを知ることができたかもしれない。

 妹はまだ幼い。

 そのことを私も理解していた。

 だからこそ、曇りのない眩しい笑顔と無邪気な発言が悪意を帯びたものに聞こえた。


―――私はおそらく、妹のことが好きだった。


 断言できないのは、その時の感情が「好き」や「愛」と言ったものなのかわからないからだ。

 けれど、少なくとも―――


「ふぅ……っ、うっ……うぅ……っ」


 エリアーナの涙が私の額に落ちる。

 声を抑えているのは周りへの配慮だろう。

 幼いとは言えど、エリアーナは公爵令嬢。

 抱え込んでいるもの、背負っているものは多い。

 だがそれと同時に、「苦しい」「悲しい」といった感情もある。

 このままだとエリアーナは破滅の道を辿ることになる。

 それは私の望む未来じゃない。

 本が読めればそれでいい。

 その考えは変わらない。

 だがそのために誰かが不幸になることはあってはいけない。

 相手が私に似たエリアーナなら、尚更なおさらだ。


―――私はエリアーナあなたを幸せにしたい。


 前世の私と似たエリアーナには、幸せな未来で笑っていてほしい。

 それが前世の私を救う唯一の方法のような気がするのだ。

 それにエリアーナは両親に見放されていない……むしろ愛されている。

 たくさんの愛情を、羨ましいほどに。

 それにまだエリアーナは、救える。

 私は精一杯エリアーナに手を伸ばす。

 私の動きに気づいたエリアーナも手を伸ばす。


「っ」


 指先が少し触れる。

 その瞬間を私は逃さなかった。

 小さな手でエリアーナの指をぎゅっと握る。

 エリアーナの指は大きくて温かかった。


「〜〜っ」


 エリアーナが幸せな未来を歩むかどうかは今にかかっていると私は考える。

 どうすれば幸せな未来に行けるのか。

 簡単なことだ。

 エリアーナが「愛されている」と知ればいいのだ。

 そのために私がとった行動はエリアーナの指を握ることだった。

 命の温かさを知れるのは、人に優しくしてもらったり触れたりすることだ。

 些細なきっかけで、人は変わる。


―――伝わるといいな。


 今の私には話すことができない。

 つまり行動で表すことしかできないのだ。


―――私は敵じゃないって、エリアーナの味方だって、伝わるといいな。


 この行動によってエリアーナが幸せな未来を歩めるようになることを、私は切に祈った。



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