3.エリアーナの「ずるい」




 私の一日は毎日同じことを繰り返している。

 午前は母様から食事をいただき、午後はお昼寝と読み聞かせ。

 今日も何一つ変わらない日だと思っていた。

 ドアの開閉音がして、私は誰かが部屋にやって来たのだと知る。


―――サーシャではないわね。


 サーシャは先程読み聞かせを終えて部屋を出たところだ。

 私が寝たのを確認すると、サーシャは静かに部屋から出ていく。

 1ヶ月くらい実験していたので私の予想は当たっているはずだ。

 私の部屋に入れる人は限られている。

 次女とは言えど、一応公爵家の血を引いているため、狙われることもあるらしい。

 警備は厳重だ。

 今のところ父と母とサーシャしか入ったことはない。

 現在午後二時。

 両親は当然仕事があるため来るわけもなく、サーシャが来るには早過ぎる。

 となると今来たのは―――


「ユリィ……」

―――エリアーナ……。


 姉のエリアーナしかいない。

 エリアーナは私の方へ来る。

 エリアーナが私を寝かすために来たとは思えないので、私は寝ているふりをするのをやめる。


「ユリィ……」


 何の用かと私はただ待つ。

 そして―――


「ユリィは、ずるい……っ」

―――はい?


 私はずるいと言い出した。


「ずるい……ユリィずるい! ユリィはずるい!」


 ずるいを連呼するエリアーナ。

 だが正直に言おう。

 私はエリアーナにずるいと言われるようなことをした覚えはない。

 まったくないのだ。

 そもそも私がエリアーナと接触したのはユリアーナがだ。

 それ以来は会っていない。

 なのに何故エリアーナは私に対してずるいと思っているのだろうか。


―――私はエリアーナの妹、ユリアーナとして生まれて、ほっぺを触られたことぐらいなんだけどなぁ。


 身体が赤子のこともあり、今の私にできるのはただエリアーナの話を聞くのと、手をにぎにぎ動かすくらいだ。

 それ以外は何もできない。

 静かに黙って聞いていた(正確には静かに黙って聞くことしかできたかった)私の態度がしゃくに触ったのか、エリィは声を荒げて言った。


「……っユリィはエリィの妹! でもエリィの全部とっていいなんて言ってない!」

―――エリィの全部……?


 エリィの全部とは一体なんだろうか。


「ユリィのお父さまはエリィのお父さまなの! ユリィのお母さまはエリィのお母さまなの! だから……だからエリィのお父さまとお母さまをとらないで!」

―――あぁ、そういうことか。


 そこで私はようやくわかった。

 エリアーナの「ずるい」は私がフェーリお母さんディールお父さんを独り占めしていたことによる「寂しい」から生まれた「羨ましい」であると。


―――やっとわかったよ、エリアーナ。


 相談できる相手なんて、いなかったのだろう。

 フェーリお母さんディールお父さんに言って受け止めてもらえるのかと思ったのだろう。

 そうしてつらい気持ちをずっと一人で抱えていたに違いない。

 孤独なのではないか、エリアーナ自分の居場所はどこにもないんじゃないか、と不安に襲われ、苦しみを味わう。

 まるで出口のない暗闇の中にひとりでいるようで、そしてそれは永遠に続くように感じる。

 そんな苦しみを誰にも話せない。

 それが「孤独」だ。


―――わかるよエリアーナ。私も、あなたの気持ちがわかる。理解できる。


 綺麗ごとなんかじゃない。

 実際にも「孤独」を知っているから。

 自分は愛されていないのではないか、と思った時の絶望感は忘れられるものではない。

 心にぽっかりと大きな穴が空いてしまったかのように、空虚な感情が全身を覆っていく。

 の感情の起伏が小さいのは、私が前世で「孤独」のまま死んだからだ。


―――ねぇエリアーナ。


 エリアーナが「孤独」を感じたのはだ。

 新たな生命の誕生はめでたいこととされている。

 エリアーナもそれはわかっているし、ユリアーナが生まれた時も喜んでいた。


―――両親もユリアーナ初めての妹も大好きだから、愛しているから苦しいんだよね。


 その気持ちはよくわかる。


―――エリアーナ。やっぱり貴女あなたは私に似てる。


 「愛」を欲し、「孤独」だった私に。



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