第17話 残り2話です!!

 岡山行きの新幹線の中、北川は上司の西係長と面会についての打ち合わせをしていた。久米の事を知る北川だからこそ、聞きたいことが山のようにあるはずなのだが、上層部の方針で、北川は聞き役に徹しろ、との事だ。世間を騒がせた事件の容疑者が黙秘を続けているのも、面子にかかわる問題、上層部としては、十日以上も黙秘を続ける容疑者からの自供を得たいのだ。北川は同僚であり、友人だと思っていた久米と話を出来るのは楽しみだった。仕事の話、プライベートな話、他愛もない話も積み重ねてきた久米との関係は、すぐには切れないと考えている。北川に話す、と言ってくれた久米の心境も自分と同じなんだろうか、と考えた。

 新幹線は定刻通りに岡山駅に到着した。東京駅では強い雨が昨夜から降り続いていたが、岡山駅では傘が邪魔なほど晴れていた。島根県警の者が出迎えてくれ、駅のロータリーに止められていた車両に、西と乗り込んだ。

「新幹線でお疲れのところを、車の移動も二時間以上になって申し訳ないです」

島根県警の警務部長だと名乗った助手席の人物が、北川と西に詫びた。

「いえいえ、こちらこそわざわざ岡山駅まで来ていただいて申し訳ない。特急より県警さんの車で来てもらえたほうが効率的だったので、ほんとうに助かりました」

 西は感謝を述べた。二時間以上かかる車中をどう過ごそうか、と考えていた北川だが、上からのお達しなのだろうが、事件の事は一切聞かれることはなかった。代わりに岡山のお土産の吉備団子、白十字のワッフルは喜ばれる等と教えてくれた。時間があれば、加奈へのお土産に欲しいと思える熱弁だった。島根でのお土産は、最近では有名になった、あごだしが喜ばれると聞き、これも加奈へのお土産の候補になった。トビウオをあごと呼ぶのが島根県の特徴だそうだ。

 北川と西は島根県警警務部長の気遣いで、道中を飽きることなく過ごせた。食べ物の話、お土産の話は聞けて良かった。県警側も事件の事に今は触れてはいけない、と配慮しての事だと思うが、無言の車内では気疲れも出るので、心から感謝した。車は松江市に入り、あと数分で検察庁に到着する。北川の役目は、久米のから話を引き出す事。聞き役に徹する、質問は事件に関することで、簡潔に質問する事。これらを頭で反芻し、検察庁に降り立った。時刻は午後二時半。久しぶりに久米と対面することになる。

 検察庁の取調室が与えられた。検察庁の中なので、マジックミラーになった部屋はない。北川は数か所にカメラが仕掛けられているのだろうと考えた。面会は北川と久米の二人きり。部屋の外には数人の警官が居るので、逃げられる心配はない。三時ちょうどにドアを開けると、机を挟んだ奥のパイプ椅子に久米が座っていた。服装は黒のスエットの上下、両手に手錠、腰紐が巻かれ、壁から出た金具と結ばれている。十日ほど顔を合せなかっただけで、頬はこそげ落ち、目も窪んでいた。ご飯は食べているのだろうか、と心配した。無精ひげが伸びた口元が動いた。

「北川、すまなかった。俺の個人的な事で、お前に怪我を負わせたこと、ほんとうにすまない」

 腰紐で立ち上がれないのだろう。机に打ち付けるほど頭を下げた。北川の読んだ質疑応答に、久米からの謝罪があればと書かれた項目などあるはずもない。北川は久米の目をじっと見つめた。

「俺がしたことは職務だから気にしないでくれ」

 まだ言葉は出そうになった。ご飯は食べてるか?夜は眠れるか?差し入れで欲しい物はないか?こんな言葉が久米の顔を見ると出そうになった。やはり、北川の中では久米は友人なのだ。言いたい言葉を堪えて、北川も久米の正面に座り質問した。

「あなたは六月二十八日、土曜日に職務警護対象者の山崎大臣を撃とうとしましたね」

 北川は教えられた質疑応答に則って質問を始めた。

「はい。ここからは北川が上から言われた質問になるのは分かってる。だから俺から全て話をさせてくれ。北川にだけ話すと言ったのは、北川を撃った俺の償いだ。ほんとうに申し訳ない。生きててくれて良かった」

 久米の発言で北川の胸は熱くなった。もと同僚だけに、北川の置かれている立場も理解している久米は、たんたんと語りだした。

「当時、俺は青山 勝。父親は島根で青山土木を経営していた。経営していたと言っても、常駐の従業員が五人と日雇い労働者で回る小さな会社だった。十五歳の俺は、父親の後を継ぐ気でいた。高校は工業高校を受験して、父親の仕事も手伝うつもりだった。そんな話を父親にすると、お前は頭が良いのだから、普通科の高校へ行って、大学へ行け、父さんの仕事は辛いぞ、と言われ、辛くても頑張るよ、と話している時が幸せだった。そんな父親が、大きい仕事が入りそうだと忙しそうにしていたあの時も、今と同じ梅雨だった。高速道路の受注をもらえる、と浮かれていた。大きな会社でないので、日雇いを大量に雇って良い仕事をする、と息巻いていた。それから当時の山崎大臣の息子、山崎勇作が家に数日おきに尋ねて来た。今でこそ、国土交通大臣なれたが、当時は秘書見習い扱いだ。修行の意味もあったのだろうが、本人としては早く、第一秘書に上り詰めたかったのだろう。これはあとで分かったことだが、地元の金庫番も任されていて、資金を増やし、自分は有能だとアピールして、大金を持って東京で第一秘書になろう、と目論んでいた。金庫の金で先ずは、不動産投資、株式投資、先物取引にまで手を伸ばし、気がつけば金庫の金はすっからかんになっていた。彼には投資の才能は、なかったんだな。金をどうしようか悩んだ山崎は当時、岡山から島根に向けての高速道路計画に目を付けた。入札情報を流し、仕事を取れるようにしてやるかわりに、裏金を要求した。工事業者も大きな仕事が貰えるなら、と山崎に金を渡した。大きな会社はこれでも順調に出来たのだが、下請け、孫請けにまで金を要求してきた。青山土木もその中の一社で、年齢は違うが、同郷で、卒業した中学校が一緒だった山崎は、人の良い親父に目を付け、要求はエスカレートしていき、会社の運転資金にまで手をつける羽目になった。来月には従業員の給料も払えなくなる状況に追い込まれ、親父は目が覚めた。騙されたと気がつき、山崎に金を返してくれ、と直談判した。山崎は鼻で笑って、領収書もない金をどう返すんだ、出るところに出ても良いが、青山土木は贈収賄で、この業界では生きていけなくなるぞ。家族も爪はじきにされて、島根で暮らせなくなるぞ、と脅された。真面目で気の弱い親父は、考え抜いて答えも出ないまま、自分の生命保険で払う事にした。高速道路の橋梁工事中だったので、新聞発表にもあるように、転落しての事故死と扱われた」

「その事を当時から知ってたのか?」

「いいや、知るわけもない。親父は事故死して、従業員の給料と工事する為に発注した新しい機械の支払いで、保険金は全て使った。それから母の実家で暮らし、性も母方の久米にした。頑張って俺を高校、大学と進学させてくれて、警視庁で働くことが決まった矢先に母は亡くなったよ。俺の事で張り詰めてた物が切れたんだろうな。それからは北川も知っての通りだ」

 話を聞いた北川は、大臣への恨みで、今回の犯行に及んだことは理解した。だが何故、山崎が父親を自殺に追い込んだことを知ったのかを訪ねた。

「ここまで来たら話さないといけないよな。一昨年に俺が再婚したのは知ってるよな。発煙筒事件があっただろ。その時に今の妻の貴子と出会ったんだ。実をいうと、貴子が外国人を雇って発煙筒を仕掛けてた。俺は何も知らないから山崎を護った。その姿を遠くで見ていた貴子が後日、俺を調べて近づいてきた。数か月前まで警視庁に努めてたんだ。青山 勝君ですよね?ってさ。青山の名前で俺の事を知ってる人間が東京にいるなんてびっくりしたよ。そこで貴子に、山崎と親父の事を聞いたんだ。自分が盾になって護ろうとしている山崎が、親父を殺したも同然だと知った時の怒りと虚しさはなかったぜ。最初は信じられなかったが、貴子の親父さんは、山崎の父親の選挙区の、島根一区を動き、地元の有権者の声を聞き、次の選挙の票獲得を画策する地元秘書だったんだ。だから貴子の言うことを信じた。中学2年まで貴子と俺は同じ学校で同級生だったんだ。貴子の親父さんは、山崎の高速道路裏金問題の罪を全て被せられ自殺した。貴子は母親と東京に居る親戚を頼り上京して、山崎に復讐する方法を考えていた。同じ目的を持つ者同士で恋に落ち、結婚。貴子が仕掛けた発煙筒事件のおかげで、俺は山崎に気に入られ、行動を共にすることが増えた。タイミングを見計らって復讐を実行したって訳さ。都合の良い事に俺は山崎勇作のお気に入りSPだったし。結局はお前に阻まられたけどな」

 北川は鳥肌が立っていた。久米の告白を受けて、自分のした事が正しかったのか、あのまま久米に復讐を実行させてやれば良かったのかもしれない、とさえ思える。それほどに山崎大臣の悪行は許せない。そんな思いもあるが、職務を続行した。

「足首から出した22口径の小型銃の入手先は?」

「横浜港に出入りしている外国船から買った。中東からのルートだろうな。口ひげを伸ばしていたアラブ系の外国人だった。ネットで悪そうな雰囲気のある外国人に銃はあるか?と日本語で訊ねろ。売りたい外国人は日本語を知っているから買える。知らない外国人はそもそも日本語で銃はあるか?と聞いても理解出来ない。だから安全に銃を買える、と書いてあった。本当に簡単に買えたよ。弾も十発付いて五万円だった」

「発煙筒の煙幕に関して聞きたいのだが」

「一昨年の、貴子が作った煙幕を俺が時間をかけて改良した。硝酸カリウムと砂糖をベースに塩素酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、粉末有機染料を配合した。足場のパイプ内に仕込んだのは知っているだろう。最小の量で最大の効果を発揮するためにな。煙幕弾の仕込みに気づかれない為に俺は、前入りして不審物のチェックをしてたのさ。チェックする人間が仕込むのは容易かった。それまでの仕込みが全て完了して、これで山崎に報いを受けさせられると思うとぞくぞくしたよ。破裂はポケットに入れたリモコンで------」

 北川は久米の自供を遮った。

「いや、違う。煙幕弾を破裂させる時に不具合があったんだ。リモコンのな。だから煙幕弾を破裂させたのはお前じゃない。妻の貴子さんだ」

「そ、そこまで……気がついていたんだな。あの時、ポケットに入れた煙幕弾のリモコンボタンが動かなかったんだ。本当は壇上に上がる前に押して山崎を撃ち殺してやりたかった。会場には貴子も来ていて、山崎が死ぬところを見たがった。保険の為に煙幕弾のリモコンを持たしていて、壇上に上がる前に煙幕弾が破裂しない場合はトラブルだと思え。壇上に上がって直ぐにもう一つのスイッチを押してくれ、と伝えていた。俺のタイミングで押せていたら、山崎に復讐が出来、お前を誤って撃つこともなかった」

「貴子さんの事を守ろうとして黙秘を続けてたんだな。ありがとう久米」

 北川は深く久米に頭を下げた。

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