第16話 ラスト3話です!!!

世間のニュースでは、各地に大雨が降り、土砂災害になる前の避難を、と梅雨末期の大雨への対策が多くなる六月末日。昨日の雨も止み、湿気も幾分か抑えられ、アパートの窓を全開にした北川は、事務仕事を片付けていた。幼いころから、余程の暑さでないとエアコンは入れずに夏を過ごしていた。奈良の山では、それが当たり前だったのだが、近年の異常な暑さなのか、東京が暑いのか北川の考えも変わった。軽い昼食を食べ、一心不乱に書類を仕上げていった。西日が差し込む時間に、書類の仕上げスピードを上げる為、エアコンのリモコンを手にした。

 書類全てを埋めたのは、午後七時過ぎ。エアコンを点けてから、北川の作業はスピードを上げ、休憩も取らずに締め切りに追われる作家のごとく書類を書き上げた。事務仕事が得意でない北川の、この日の達成感は、神奈川県と静岡県の県境の金時山を登り切った感覚に似ていた。付き合い始めて一年と少し過ぎた頃に、梓と一緒に上った山だ。二人で軽い気持ちで登れるだろう、と挑んだのだが往復で五時間を超える時間を要した。ただ、あの時の金時山から目前に望むことができる富士山は、掛け値なしに素晴らしかった。疲れが吹っ飛んだほどの景色だった。梓との結婚も金時山を下山しながら決め、プロポーズした。結婚は叶わなかったのだが。そんな梓は、加奈と付き合うことを了承するのだろうか?北川からすれば、反対される理由もない。加奈と梓の友人関係が壊れないかを心配した。長期間連絡はないと加奈が言っていたのでそれはまた後日話し合おうと決め、夕飯の準備に取り掛かった。

 冷凍庫に豚バラの細切れが入っていたのを思い出し、簡単調理で出来る生姜焼き丼の目玉焼き乗せ、を手早く作った。加奈の作ってくれた総菜のお世話になることが多いが、たまに作りたくもなる。北川は自分好みの味付けの、少し甘めの生姜焼き丼に舌鼓を打った。夕飯を食べ、シャワーを浴びると、スマホの着信を知らすランプが光っていた。加奈からの電話だった。勢いで告白をして受け入れられたが、正直そこからの進め方が分からない。ある程度の年齢と、恋愛を重ねることで人間は奥手になってしまうのか、と不安にもかられていた。

「加奈、ごめん、夕飯食べて、シャワー浴びてたんだ」

「そうかなって思ってたよ。書類は全部仕上がった?」

「なんとかね。俺はやっぱり書類仕事が苦手なんだと実感した。やっぱり現場で動いてるのが良いや」

「なんか北川君らしいね。夕飯は食べた?」

「うん、今夜は自分で作りたくなって、前に買って冷凍してた豚バラ肉で生姜炒めにして目玉焼きを乗せて食べたよ」

「なにそれ。すっごく美味しそうなんだけど。今度作ってよ」

「いつでも作るよ」

「約束ね。それと明日の事だけど、北川君を撃った犯人と面会するのって、気持ち的に大丈夫?」

「それか。撃ったのは久米だったけど、仕事柄、撃たれることも想定内だろ。だから誰が撃ったとかは関係なく、俺は久米の話を聞きたい」

「そっか、北川君らしいね。私も、久しぶりの職場で、質問攻めだったんだよ。私が看病してるのが、島根で撃たれたSPだって話が広まっちゃって」

「それで、加奈はなんて言った?」

「みんな分かってるんだけどさ、私の好きな人って答えた」

 北川はこの言葉で急激に不安が吹っ飛んだ。ストレートに加奈は接してくれているのだ。自分も正直な気持ちで、ストレートに加奈に接すれば良いのだ、と気がついた。加奈は明日の面会の事もあるから、北川君の事はそんなに詳しく言ってないから心配しないで、と付け加えた。

「明日の事もあるから今夜は早く寝てね。横浜の事は気にしなくて良いから、明日は午前七時に行くんでしょ」

「ありがとう、七時に本庁、八時の新幹線で岡山まで行く。乗り換えて、県警の車両で島根だ。事件が片付いたら横浜に行こうな」

 二人はまだ早い時間だが、おやすみと言い合って電話を切った。北川には明日の面会で久米が何を自分に話したいのか、何故弁護士ではなく、自分になのかが分からない。一命を取り留めて、後遺症もなく十日ほどで職務に戻れるから良かったものの、命を落としていたらと思うと、ぞっとする。事件の時の加奈と、自分との関係は中途半端だったが、告白して受け入れられた今では、自分自身の感情が違ってきた。職務の為に命をかけて警護対象者を護るのと、命を落としてでも職務を全うする事。今までは職務だからと、深く考えずにしてきたことが、今回の事件と加奈との関係で、急速に揺らいできた。久米はどうだったのだろう?山崎大臣から指名を受けるほどの仕事ぶり、自分を盾にして山崎大臣を護った事もある久米が何故、山崎大臣に銃口を向けなければならなかったのか?その答えが明日判明して欲しい、と願いながら眠りについた。

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