第15話

 スマホから流れる無機質な呼び出し音。北川は勢いで加奈へ電話をかけたが、はたしてこれで良かったのか、と迷いもある。頭の中を考えがグルグル回っていた時に

「北川君、片付け出来たの?」

「加奈、いつもありがとう。俺、俺、加奈の事が好きだ」

 北川は、明後日の横浜デートの件も言わずにいきなり想いを告げた。勢いに任せて言ったものの、不安と恥ずかしさとが、洪水のように流れ込んできた。頭では何か次の言葉を言わないと、と思えるのが分かっていても言葉が繋がらない。顔も火照って来た時に加奈からありがとう、と聞こえた。

「ありがとう、北川君。私も同じ思いだよ。北川君はまだ梓の事を引きずってるのかなって考えたら、私からも言えなかった言葉なんだ」

 北川は我に返り、加奈ありがとう、加奈ありがとう、と連呼した。爪先から頭のてっぺんまで嬉しさが込み上げてきたと同時に、もう一つ伝える事がある。明後日の横浜デートが行けなくなった事だ。

「加奈、もう一つ伝える事があるんだけど」

「なに?」

「明後日の横浜に遊びに行く事だけど……仕事が入ったんだ」

「……」

「ほんとにごめん」

「信じられない。告白と、デートに行けなくなった事を同時に言う?ほんと信じられない」

「ほんとにごめん。西係長から電話が合って、明後日の午前から……」

 北川が理由を話す途中で加奈は大声で

「も---」

 と遮った。

「わかってるよ、大事な仕事なんでしょ」

 北川は西からの電話の内容を話した。加奈は最初こそ呆れてる風を装ってたが、黙秘を続ける久米が北川にだったら話す、と言うことで食いついてきた。いつもの加奈に戻ったようで北川は少し安心した。

「面会も、内容も極秘なんだ。だから誰にも言わないでくれよ」

「私には教えてくれるの?楽しみにしてた横浜行きもキャンセルされたんだよ」

「う…ん…とは言い難いけど、出来るだけ加奈には説明するよ」

 北川は勢いって大事だなと痛感した。横浜デートがキャンセルになった事を先に話していたらどうなっていただろう。加奈の残念さは、ひしひしと伝わってきた。近くなった二人の距離が遠くなっていたかも知れない。そう思うと少しゾッとした。

 「明後日は面会の内容を必ず、か・な・ら・ず教えてね。期待してるよ」

 横浜へ行けなくなった申し訳なさで北川は、極秘でと付け加えて了承した。

「ありがと、北川君」

「俺こそ、ありがとう」

 電話を切った北川の手も顔も、汗ばんでいた。加奈は明日、職場に長期休暇のお詫びの挨拶に行く予定にしていた。北川は明日の1日を使って膨大な書類を書き上げねばならない。一週間のほとんどを、病室のベッドの上で過ごした北川にとって、西からの久米の面会要請の電話、加奈への告白、横浜デート延期を告げる事が同時だったので、体力も精神もすり減らしたが、告白の結果が満足の内容だったので、心地いい安堵感で急激な睡魔に襲われた。

 カーテンの隙間から差す朝日で目覚めた北川は、万年床の布団から上半身を起こした。一週間の入院で、仕事柄普段から鍛えているSPの体力も落ちた。普段から身体を苛め抜いて身体を鍛え上げる同僚も居たが、北川はそこまでストイックに鍛える事はなかった。 そんな北川でも、身体を動かしたい衝動に駆られた。医者も退院時に、急激な運動は傷口に影響があるので、軽い運動からはじめて下さい、と言われていた。腕立て伏せは傷口に響くので、先ずは腹筋30回、スクワット50回を衰えた筋肉の目を覚まさすかのように、時間をかけてした。昨夜は風呂にも入らず寝た北川は、ぬるいシャワーで汗を流した。時計を見ると午前十一時、どうりでお腹が減るわけだと冷凍庫を開けた。加奈の作ってくれた総菜を凍らせているのが役立った。ピーマンとちくわのきんぴら、豚肉とたまねぎのみそ炒めと、炊き立てを凍らせた白米。相変わらず加奈の作る料理は美味しいな、と感謝しながら完食した。午後から夕方までには苦手な報告書等の書類仕事をこつこつ仕上げた。

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