第6話

世間のゴールデンウィークも明け、窓の外は半袖の人が増えてきた五月後半、北川は警護係長の西と、久米と一緒に、六月の補欠選挙の会議に出席していた。今回も与党の山崎大臣は、応援演説には警護担当は久米を指名した。山崎大臣は神奈川、青森、滋賀、愛媛、島根を、演説で回るスケジュールになっていた。特に重要なのが、野党との接戦が予想されている島根だ。島根は県単位で、高速道路の全線早期開通を目指している。国土交通大臣の山崎が、応援に力を入れるのもうなずける。久米は大臣の応援演説の全日程で前日入りして演説箇所の現地の調査、不審物のチェック等をすることになった。北川は大臣に張り付いての警護だ。大臣お気に入りの久米が大臣に張り付き警護するのが常だが、大臣の動きを良く知る久米が前日入りを買って出た。 大臣の動きを予測して、不安要素がないか、を先に自分の目で見て確かめる作戦だ。

 山崎大臣の行脚が始まる前週の水曜日、訓練と警護の打ち合わせが本格化して、頭も身体も疲れが溜まって来た仕事の後で北川は久米と西係長といつもの安居酒屋に来ていた。

「北川さんと久米さんはいつもこういう所に飲みに来てたんだね。私は大衆的な居酒屋は初めてだから、何を頼んだら良いのかも迷っちゃって」

 見るからに育ちの良さそうな西は、居酒屋を楽しんでいた。常連のように来ている北川、久米とは明らかに、毛色の違う雰囲気を醸し出していた。この人には二日酔いなどないのかも知れない、と北川は思った。

「そういえば西係長と飲むのは二年ぶりですね」

「久米君が警護した山崎大臣の発煙筒事件の前の週だったね。あの時は、次の週に発煙筒事件があるなんて思ってもみなかったね」

 北川はその時は、確か九州で行われるサミットの訓練だったことを思い出した。梓と別れた後に彼女がアメリカへ行くと聞かされて、落ち込んでいる時期だったのでピンときた。北川にとっての発煙筒事件とサミットは、恋人との別れも思い出について来る事柄だった。そんな事を思いながらも今は、梓の顔より加奈の顔が直ぐに思い浮かぶ。二年の時の流れは、人を変えるものだなと思うと急に加奈に会いたくなった。

「北川君は、最近どう?」

 加奈の事を考えていた北川は、ハッとしてビールを少しこぼした。

「西係長、北川はね、恋人に振られてから浮いた噂もないし、仕事に打ち込んでる真面目な男ですよ」

 久米が酔いで頬を上気させながら、北川の肩に腕を回した。加奈の存在を久米に知られてなくて良かった、と北川は心底思った。こんなに酔ってる状態だったら、西係長の前で何を言われるかと思うと怖かった。

 今夜は私が誘ったのだから、と言って二人は西係長にご馳走になった。西係長も初めての安居酒屋を気に入ってくれたようだ。

「西係長、今夜はごちそうさまです」

「私の方こそありがとう。楽しかったよ。久米君はこんな状態だから僕が送っていくよ。方向も一緒だしね」

 こうして北川は一人、電車に揺られ帰った。帰りの道中で、山崎大臣の行動予定の神奈川、青森、滋賀、愛媛、島根を反芻した。すべての日程は移動、準備、演説で三日で一県の予定だ。全ての工程で約二週間、山崎大臣と行動を共にする。前日入りして準備、見回り等をする久米も大変だが正直、二週間も大臣と一緒なのは気が重かった。

 アパートへ帰り、少し飲み足りなかったので加奈の作ってくれた総菜をつまみに、缶ビールを飲んだ。学生時代から酒は好きだが、あまり飲めない北川は、家で一人で飲むこともあまりない。今夜は西係長が居たので、久米との二人飲みより窮屈感があった。加奈の作ってくれた甘辛く炒めた鶏肉とししとうがビールに合った。完食してビールも一本空けたところで急に、加奈が恋しくなった。時間は午後十一時、まだ寝てないだろうな、と思いスマートフォンを手に取った。

 数回の呼び出し音が鳴り

「珍しいね、北川君からこんな時間に電話なんて」

加奈の声を聞いた安堵感と、電話はしたものの、何を話せば良いのか、を考えてなかった焦りで酔いが醒めた。今夜の西係長と、久米との飲み会の話をし、西係長は安居酒屋は初めてだと話、久米を西係長が送ってくれる事を報告した。今度、その居酒屋に私も連れて行って、と加奈に頼まれた北川は、少し嬉しくなった。自分がホームグラウンドにしている店に、加奈を連れて行くのだ。いつもむさ苦しい男ばかりで賑わう店内に、加奈と一緒に行くのは誇らしい気持ちになるだろうな、と想像した。

 話題は加奈の職場の話になり、企業秘密だけど、と付け加えられ、数年前から開発しているハイブリッド車の話になった。既存のハイブリッド車の燃費の、倍の燃費を目標に掲げられたプロジェクトで、世界中の車がEVに今後シフトしていく中で、充電の煩わしさ、航続距離の短さ、不安定さを払しょくできる新しいハイブリッドだ、と簡単に説明された。このシステムの重要なバーツを、島根県の会社が作ることになっていて、打ち合わせと視察で、六月に島根県に行くと聞かされた。

「加奈、待ってくれよ、俺も警護で六月下旬に島根県に行く予定なんだ」

 手帳を広げ確認すると、六月四週目の木曜から島根県に入る予定だった。

「うそ!偶然だね。私も島根県に行くのは六月四週目の、金曜と土曜日だよ。行くのはI市。北川君は?」

「あ!俺も土曜日はI市だ。ってほんとは大臣の行動だから言っちゃいけないけど、党のホームページにも載ってるから良いよな。でも、一応はナイショで」

「わかった。2人だけの秘密ね。って党のホームページにほんとに書いてるね」

 二人は笑い、演説の時に不審な動きするなよ、と北川は冗談を言った。行けたら演説じゃなくて北川君の仕事ぶりを見に行くねとまた笑った。

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