第5話
あまりの人の多さに後悔しながらも、北川は東京メトロに乗り、加奈と揺られていた。仕事の時はいつもスーツなので、北川はラフな服装が落ち着かない。ポリエステル素材のジャストサイズのベージュパンツに、量販店のTシャツにパーカーを羽織った。足元は革靴を履きなれているので海外スポーツメーカーのスニーカーがぎこちなく感じていた。
「こんなところに来るんだったら、もっとお洒落したかったのに。北川君は突然出かけるね」
加奈はデニムパンツに、ストライプのシャツを羽織っているだけだった。北川の部屋の掃除をするのにシャツを脱げば動きやすいので毎回こんな格好だ。さすがにひっつめた髪はほどいていた。
「加奈はスカイツリーを近くで見たことがないって言ってたよな。だから夕飯はソラマチか浅草で食べよう。鰻でも寿司でも天ぷらでも何でも良いぞ。インド料理も良いな」
北川は煙幕弾で、時限装置か遠隔装置を作れないんじゃないかと思った時に、大きな声で加奈に何度も礼を言った。山崎大臣煙幕事件の真相ではないが手掛かりにはなった。加奈に夕飯をご馳走させてくれと頼んだ。加奈はいつもの服装だしと拒んだが、北川は浅草方面だったらお洒落しなくてもカジュアルな観光客にも見えるので良いじゃないか、と誘った。スカイツリーが近づくにつれて東京メトロの車窓からは上まで見えなくなっていた。
「上りたい訳じゃないからね」
と、高所恐怖症の加奈は何度も言った。下から、六三四メートルを見上げたいだけだった。北川も真下から、六三四メートルを見上げたことはないが、圧巻の景色だろうと思う。二人で東京メトロの混雑に辟易しながら、浅草で下車した。奈良県出身の北川は幼いころから、寺社仏閣を身近に感じながら育ったので浅草寺にも行ったことがなかった。加奈に伝えると、ここからでもスカイツリーの大きさが分かったから、浅草寺に行くことになった。
「仲見世通りの人手も凄いな、俺の地元の奈良と変わんないだろって思ってたけどレベルが違うな。東大寺の大きさと大仏の大きさを見たら東京の人も腰を抜かすぜって考えた自分が恥ずかしく感じる。雷門もでかいけど本堂は凄いな。本堂の提灯のほうがでかいなんて知らなかったな」
北川は心底浅草に感動していた。そして改めて日本は広くて、色んな良いところがあるんだなと思ったが、加奈と来てるからだと気がついた。加奈と居るから、加奈と見るから感動が大きいんだと。
「初めての浅草寺はどうだった?奈良と大して変わんないでしょ?」
東京出身の加奈は、浅草寺には感動も、驚きもなく、何度も見ている光景なので、スカイツリーの高さに驚いたが、それ以上に北川の浅草寺への感動っぷりが印象的で可愛らしく思えた。
「全然違うよ。来る前は奈良と変わんなくて、奈良だったら鹿もいっぱい居るんで奈良の勝ちだなって思ってたけど、これは完敗だ。東京って凄いな」
「北川君、修学旅行に来た学生みたいに喜んでたね。スゲー、スゲーばっかり何回も言って」
二人は弁天堂へ行き、二天門を通り、加奈に国の重要文化財に指定されているのよ、と教えられた。参拝後は宝蔵門から雷門の間の、日本で最も古い商店街のひとつ(仲見世通り)を楽しんだ。北川は鳩、加奈は提灯の人形焼きを食べ、土産物屋でお揃いの提灯のキーホルダーを買った。吉備団子も食べたかったが、夕飯が入らなくなる、と加奈に言われ北川は残念がった。
夕飯はさらに観光気分を味わおうとなり、浅草で天ぷらを食べることにした。大黒家が有名だが、加奈が【もちづき】を選んでくれた。おしゃれな店内で和食の王道の天ぷらを食べられる店っぽくないモダンな雰囲気だ。 天ぷら御膳を頼み、デザートの甘味まで食事を楽しんだ。店内から見えるスカイツリーが圧巻で北川は、高所恐怖症の加奈を何とか口説いて、一緒に上りたいと思った。浅草寺から奥に進めば、日本最古の遊園地とされる浅草花やしきもあるのよ、と加奈に教えられた。花やしきには、日本現存最古のジェットコースターもあって、昭和二十八年から動いてるのよ。狭い中を走るスリルが凄いらしいわね。私は怖くて乗ったことがないけど、と付け加えた。
「北川君、今日は楽しかった、ありがとう。帰りに実家に寄って、久しぶりにお父さんとお母さんの顔見てくるね」
神田に加奈の実家がある事を、北川は知った。どうりでチャキチャキの江戸娘なんだな、と納得できた。食事中にも神田明神の祭りや三社祭の話を楽しそうにしてくれた。今夜はムードのある夜景を加奈と眺めながら告白しよう、と考えた北川の目論見は簡単に崩れた。
浅草駅で二人は別れ、北川は東京メトロに揺られ家路に向かった。
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