第4話
今年のゴールデンウィークも前半は大臣の警護で、一度も家に帰れなかった。大臣の講演で北陸の地方都市へ出向いたときは観光地の人の多さに辟易した。普段から休日が決まっていない北川は、土日が休みのサラリーマンのように、家族サービスで人がごった返しているところに来るのは信じられないと思った。北川の父も警護課ではないが警察官だったので、幼いころの北川には、土日で家族で出かけた思い出が殆どない。幼いころは皆を守る警察官になる、と強く言っていたそうだ。それが警察学校へ入り、北川の卓越した身体能力を買われ、警護課に配属された。父は凄く喜んでくれた。生活安全課で市民の生活を守る役割の父は、要人を警護出来る北川を誇りに思った。一方の母はと言うと、真逆の意見で反対された。警察官とは危険が付きまとう職業だと言うことは、父を見て十分承知している。だが要人警護となれば話は別だ。自分の命を顧みず。身を挺して、それこそ自分の命より、要警護者の命を重んじる現場だ。最近は実家に帰っても母とは仕事の話は一切しなくなった。父からはこっそり聞いているみたいだが。
ゴールデンウィーク最終日の前日、しとしと降った雨もすっかり上がった火曜日、北川は非番だった。ゴールデンウィーク前半の大臣の警護で泊りが殆どだった北川は溜まりこんだ洗濯に追われていた。前夜に洗濯機を回し、部屋干してから昼前まで寝ていたので、四日分の洗濯物を全てたたむころには午後一時を過ぎていた。
「ピンポーン、ピンポーン」
北川のアパートのドアを開けると加奈が居た。手には大きなビニール袋が下げられている。
「北川君、どうせお昼まで寝てたんでしょ。冷凍保存出来るおかず」
と言って小さなタッパーに色々な総菜を入れて、持ってきてくれたのだった。
「いつもありがとう。ほんっと助かった。昨日までずっと泊りで仕事だったから洗濯物をたたんでこの時間さ。カップラーメンでも食べて、部屋の掃除する予定だったんだ」
心から感謝を言って、でも喜びは全面に出せないでいる北川を見て、部屋に上がった。北川の気持ちを知ってか知らずか、加奈はいつものように掃除を始めた。北川はこんなテキパキと動いてくれる加奈に、感謝と好意が溢れてきた。元妻の友人として知り合い、こんな気持ちになるとは思ってもみなかっただけに、どうして良いのか分からなくなっていた。好きだと言えば加奈は受け入れてくれるだろうか?もし断られたらこの関係もなくなってしまう。
「そういえばさ」
加奈に急に話しかけられて北川はビクッとした。仕事中でもこんな事ないのに、と思いながらも平静を装って返答した。
「前に北川君が言ってた一昨年の煙幕事件だっけ、あの発煙筒なんだけど職場の開発の人に聞いてみたんだ」
加奈は国内二番手の自動車メーカーの開発部なので、周りに理系の同僚が多いのと開発者目線での煙幕弾に対する見識を聞きたかった。警視庁にも理系の者はいるが、やはり自動車メーカーで、ゼロから何かを開発する理系のスペシャリストとは目線も違う。
「で、どうだった?ニュースでも当時良く流れていたし、あんなに煙幕を出す装置は簡単に作れそうなのか?」
「煙幕自体は硝酸カリウムとかで作れるんだけど、それよりウチの開発チームはどうやって車の下に入れたかって方法が気になったみたい。煙幕弾を大きくすれば煙幕も大きくなるじゃない。それよりそんなに大きい物をどうやって車の下に入れたのかな?」
「それは捜査本部からの話だと、犯人が外国人バックパッカーを装って、リュック全体が煙幕弾になってたそうだと聞いた。背負ってたのを放り込んだんだろうな。たしか逃げるときの映像ではリュックは映ってなかったそうだ」
「危険なことを冒す犯人ね。不審物を車の下に投げ入れたら警察に気づかれそうなのにね。私たち開発チームだったら、時限装置か遠隔で煙幕を出る状態にして逃げるとかにするよね」
理系集団の開発チームらしい意見だった。この意見を聞いた北川はもしかして犯人には、時限装置か遠隔装置を作れなかったのでは、との仮説が立った。リュック自体が大きい煙幕弾だったのも気になる。大きければ運ぶリスクも伴う。小さくて見えないほうが良いに決まっている。職質で大きいリュックを見られればアウトだ。小さく煙幕弾を作れたなら運びやすい、見つかりにくい等のメリットも多々ある。こんな考えを巡らせていた北川は閃いた。犯人はリュックを投げ入れる以外に方法はなかったのだ。遠隔装置や時限装置を手配できないのか、作れない等の理由があったのだ。
「加奈、ありがとう」
突然、北川に言われ加奈はキョトンとした。
「掃除は良いから少し出かけようぜ」
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