第3話

要人警護もない四月後半の平日。巷ではゴールデンウィークの連休の話題で持ち切りだ。五月一日、二日を休めば最大九連休に出来るとの事だった。警視庁に所属する北川は世間の休日も、ゴールデンも土日も関係のない、不規則の休みが常だ。特にゴールデンウイークなどの人が動き、人が集まる期間には政治家たちも講演をしたり、視察をしたり外遊をしたりすることが多い。この日は四月二十九日の昭和天皇誕生日から緑の日になり昭和の日に名前が落ち着いた、ゴールデンウイーク初日の警護の確認と訓練を行った。六月には衆議院補欠選挙が行われるため、警護課は気が抜けなかった。

 日中の真夏一歩手前の暑さでの訓練、打ち合わせを済ませた後、北川は久米と行きつけの安居酒屋に居た。夜は昼の暑さとは対照的でまだまだ涼しく快適だった。

「前回は飲み過ぎて次の日は昼間で寝て嫁さんに怒られたから今夜は飲み過ぎないぞ」

「久米の奥さんって怒ったりするのか?」

「そりゃそうだろ。亭主が休日の日でも二日酔いで昼間で寝られちゃ流石に怒るだろ。北川は良いよな、昼でも夜まで寝てても誰にも咎められないんだもんな」

 久米は加奈の存在は知らないので、起こされて掃除、洗濯をしてもらいイタリアンを一緒に食べたことは黙っていた。もちろん、あわよくば告白しようとしたことも。

「面倒を見てくれて気にかけてくれて、亭主は遅くまで酒を飲んでるんだ。それぐらい言われても仕方ないじゃないか」

 まあな、と久米は笑った。この日は六月の衆議院補欠選挙で、党の有力者の選挙応援の大変さをお互い愚痴った。選挙カーの上からの演説は狙われにくい。この時は前後左右、上下に気を配るが大臣の横で一緒に選挙カーの上からは護りやすい。やはり聴衆と顔を合わせ目を見て握手をする時だ。相手が何者でどんな感情を持って、どういった理由で大臣に近づいているのか顔を見ただけではわからない。悪意を持って好意的な顔で近づいてくるのだ。有権者の目を見て話をしたがる政治家の気持ちも判るが、警護する側の大変さも少しは理解してほしいと常々思っていた。

「一昨年の選挙の発煙筒騒ぎは久米が居たんだよな?」

「あの時は大変だったんだぜ。発煙筒て言うより煙幕だったもんな。山崎大臣の姿を見失わないように必死だったよ。聴衆の声にかき消されて大臣の声も俺の声もほとんど聞こえなかった」

 現国土交通大臣の山崎勇作の警護任務に就いていた。

「姿が見えなくて、声も聞こえないんじゃ手を握って見失わないようにするだけだな」

 この時は警察発表では、与党に反対する集団が選挙カーの下に自作の発煙筒を入れ、辺りは騒然となった。選挙カーの背面から下部に時限式の発煙筒を仕込まれていた。防犯カメラの映像から容疑者は特定できたが選挙カーでの警護の在り方を考えされられる事件だった。

「あの時は大臣の手を握って伏せて俺が大臣に被さったんだよ。今から思えばさらに防御盾もあったほうが良いと思うけど選挙カーの上だしな」

 確かに久米の言うように選挙カーから大臣を連れて早急に降りて身を隠すことは難しいと北川も思った。そう考えれば選挙カーの上も危険、下も危険で安全な場所などないのだ。SPは自分の身を盾にしてでも要人を護るが爆破などされたらひとたまりもない。

「結局、発煙筒を入れた犯人も外国人とまで特定できたけど捕まってないんだよな」

「何が目的だったんだろうな、外国人が与党に反対しても仕方ないだろ」

 久米が家に帰りやすい時間に解散して、北川は行きつけのbarに一人向かった。barに一人で来て考え事をしながらゆっくり酒を飲むのが北川のなかでの好きな時間の過ごし方だった。一昨年の発煙筒事件の顛末を考えた。山崎大臣への恨みなのか候補者への妨害なのか、選挙の邪魔をしたかったただの愉快犯だったのか?防犯カメラに犯人らしき人間は映っていたが結局、特定も検挙も出来ていない。誰一人けが人が出た訳でもなく犯行声明もないので捜査本部が立ち上げられても本格的な捜査にも至らないと北川は係長の西から聞いた。

 一昨年も現在も国土交通大臣は山崎で発煙筒の件以来、久米をえらく気に入ったようで自分の護衛は久米に選任してほしいと警視庁にも掛け合ったほどだ。大臣の護衛のSPは指名などないのだが山崎が演説、講演、応援などの際は決まって久米を指名するので同僚からは山崎大臣のお気に入りのホステスかと茶化されたものだ。

 北川は一昨年の事件での犯人のメリットを考えた。発煙筒騒ぎでテレビで取り上げられはしたものの、候補者は無事に当選したし、山崎はテロ行為には屈しませんと強気での発言が世論では賞賛を受けた。怪我人もゼロで警護課としても未然には防げなかったが大臣を護れたのが幸いだった。この事件をきっかけに発煙筒、煙幕などの言葉が少し流行したほどだった。上層部では良くある選挙妨害だと決めつけているが北川にはまだ奥深い何か陰謀のようなものが蠢いている気がしていた。

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