第3話 後夜祭本番

 いよいよ後夜祭が始まった。まずはとってつけたような俺の挨拶からだ。


「えーと、夏休み明けからの準備期間お疲れ様でした。こうやって俺たち全員が2日間を無事駆け抜けることができたのも、先生方のおかげです。この場を借りてお礼申し上げます」


 ここでも俺は模範的な良い子を演じる。演じることに関しては定評があるんだ、俺は。どうせ生徒たちは俺の挨拶なんかよりその後の出し物に期待をしているのだ。早々に俺が引っ込むと、実行委員の司会が続ける。


「それではお待ちかね! 後夜祭ライブの始まりです!」


 生徒たちがわあああと歓声を上げる。まずは生徒代表の見崎たちの演奏。それを俺は全てが終わったような顔で見つめる。見崎けんざきのギターソロに黄色い悲鳴があがる。


 俺だって、許されるなら見崎のギターをもっと聞きたい。あいつが追い求めているものの先を俺も見たい。そして出来れば、俺を見てもらいたい。


 卒業すれば俺は確実にこの街を出て行く。見崎は成績が優秀なので都会の大学に行く方針が決まっている。どのみち別れ別れになる運命なんだ。それなら最後の最後に告白するか? でも、それで俺たちの3年間を崩すような真似はしたくない。


「どうもありがとうございましたぁぁぁぁ!」


 実行委員の間抜けな声で我に返る。舞台袖に待機している俺の元に、見崎が戻ってくる。


「よう、お疲れ委員長」

「いや、それは俺の台詞だろ?」


 俺は瞬時にチャラメガネの顔になる。それは俺が見崎に何万回と見せてきた「表の顔」の俺だった。


「いやー、終わっちまったよ、俺たち」

「バカ、そういうのは卒業式に言えよ」

「でも俺なんて残すところあと受験だしさー」


 見崎は受験のために一度ギターを封印すると言っている。無事志望校に受かったら、またギターを弾くのだそうだ。そう思うと俺はこいつのギターを聞く最後の機会を失ったってことになるのか? 


 ステージ上では教員有志バンドが演奏し、場内は異様に盛り上がっている。


「あいつらオヤジバンドとか言いながら、結構上手いよな」


 俺もその意見には同意だ。見崎とは以前「上手い下手の違い」について語っていたことがあった。なんでも「上手い」と思うものは技量があるのは当然として、何よりも気持ちがこもっているという話だった。ただ技量だけの演奏は心にちっとも響かない。少なくともオヤジバンドは全身全霊で生徒を楽しませるという目的だけで演奏していた。その気持ちだけで俺たちは心を打たれる。


「なあ、見崎」

「なんだ? 真島まじま


 俺が思わせぶりに呼びかけたので、見崎は真面目に答える。


「あのな……ギター続けろよ」

「何だよ、わかってるよそのくらい」


 やっぱり言えなかった。


 言えるか、バーカ。

 一生言えるわけねえだろ。

 なに期待したんだ? 俺は?

 後夜祭だから?

 学園祭は多少おかしくても許されるから?

 そんなことないだろ。

 俺はおかしい。失いたくない親友が男として大好きなんて終わってる。

 やばい、泣きそうだ。


「おいおい、泣くのはまだ早いぞ」

「でもよお……」


 俺は感極まって泣いているように見えるんだろう。それを見て周囲の実行委員も目に涙を溜め始める。


「委員長、まだ泣かないでください」

「そうそう、委員長が泣いたら誰が閉祭宣言するんですか?」


 畜生、そう言えばそんな面倒くさい仕事が残っていた。チャラメガネの顔を被ろうとするけど、何だかうまく嵌まらない。


「あーもう、あっちで泣いてていいですよ」

「閉祭宣言までに泣き止んでくださいね」

「お前ら……すまないな……」


 なにやらスタッフに労られて、俺はステージの袖の端に座り込む。


「みんなありがとう!!!」


 ステージ上では、教員有志バンドの演奏が終わったところのようだった。


「こら軽音部!!! お前らも来いやああああ!!!」


 なんだぁ? リハではそんな進行なかったぞ!?


 教員有志バンドの呼びかけに軽音部が喜んで飛び出していく。見崎もギターを抱えていそいそとステージに戻ると、一番調子に乗ってる生徒指導が叫ぶ。


「それじゃあお世話になった実行委員たちに向けて! 俺たちからのサプライズだ!!」


 何だってえ!?


 ステージでは既に演奏が始まって、教員と軽音部が仲良く演奏している。


「今ここにいる実行委員は全員ステージに上がれ! 上がらない奴は指導カードだぞ!」


 生徒指導の恫喝に生徒は大いに盛り上がる。学園祭ジャンパーを着たスタッフが次々とステージに集まってくる。


「委員長、これ聞いてました!?」

「俺は知らないよ」

「え、じゃあ言っていいんですか!?」

「指導カードになるから、行けよ」


 そうしてステージ袖にいるのは俺だけになった。まだ涙が止まらない俺はステージに上がりたくなかった。


「あと来てないのは真島かぁ!?」

「委員長はもう泣いてます!」


 実行委員のひとことで会場が大爆笑に包まれる。うう、余計出て行けない。


「真島来いよォ! お前の祭りだろぉが!?」

「真島! 真島! 真島!」


 ヤバイ。真島コールが始まった。ところどころメガネコールになってる。もう恥ずかしくて消えたさが半端ないところで、ステージから見崎がこっちにどんどん歩いてくる。


「何やってんだよ、来いよ」

「だって、だってさ……」

「うるせえ、今日はお前の日なんだろ?」


 見崎は俺の腕を掴んでステージ上に引き立てる。途端に会場から割れんばかりの拍手が起こる。


「真島ぁ、メガネどうしたんだ?」


 ヤバい、メガネを袖に置いてきた。どうすりゃいいんだ、俺?


「とりあえず、メガネなしメガネも来たところで最後の一曲行くぞお!」


 会場の盛り上がりと共に、バンドたちは演奏を始める。俺たち高校生なら誰でも知ってる、定番の1曲。みんなで歌って、みんなで騒いで、みんなが笑ってる。


 俺が求めてるものがそこにあった。

 俺は勝手にそんなところにいてはいけないんじゃないかと思ってた。

 でも、みんなが俺を呼んだ。

 俺はステージでも泣いた。そんな俺を見て見崎が笑う。


 気がつくと俺にマイクが回ってきていた。


「ありがとう! ありがとう! お前らみんな大好きだあああ!!」


 俺は泣きながら叫ぶ。俺が泣いてるからこそ、みんなが盛り上がるんだろう。そこで俺はいいことを思いついた。


「実行委員のみんな! 今日まで本当にありがとう!」


 そう言って俺は実行委員の名前をひとりずつ呼んでいく。実行委員は涙ぐんだり顔を覆ったりする。俺がフった子も、ステージに何とか立っていた。よかった。


「それから軽音部! マジでお疲れさん!」


 その流れで俺は軽音部の名前も呼んでいく。ドラム、ベース、ボーカル、キーボード、と奴らは反応していく。そして俺は最後に見崎の方を向く。


「そしてギター見崎ィ、愛してるぜええええ!!」


 俺は渾身の想いを込めて叫んだ。

 見崎はノリなのかマジなのか、ステージ上で俺にしっかり抱きついてきた。


 それからのことは、ステージを降りるまでよく覚えていない。


 今日は学園祭だ。

 学園祭では、変であることも許される。

 だから、俺が俺であることもこのときだけは許してほしかった。


 堪えられるはずがなかった。

 だって今日は特別な日だったから。


 見崎、俺はお前のこと本当に愛してるんだぜ。

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