第2話 俺の話(暗いので読み飛ばし可)

 俺がどうも「ソッチ」ではないかとはっきり自覚したのは中学のときだった。元からアイドルが好きな俺は、学校の奴らがゲームだカードだのにうつつを抜かしている間に一生懸命テレビガイドを買って、いろんなアイドルの番組を見ていた。


 アイドルは男女問わず好きだったが、自然と目が行くのは男性アイドルだった。俺はかっこいいダンスが好きだ、演出が好きだ、曲が好きだと「それ」以外の理由を考え続けた。それも無駄な抵抗だった。やがて俺は認めざるを得なくなる。


 俺は男を性的対象にしている。


 そのことに気がついてから、俺は一時期男性アイドルそのものに嫌悪感を感じた。それまでキラキラしてすごくかっこいいと思っていたものが、一気に猥褻なものに感じてしまう。女性アイドルの水着写真よりも苛烈な男性アイドルの半裸のグラビアに俺は落ち込み、一時期は全く男性アイドルの番組を見なくなった。


 世間の風潮として俺のような者を受け入れるようなことを言う奴は大勢いるように見えるが、俺の見ている限り世間っていうのはそんなにすぐには変わらない。もし俺の考えていることがわかれば、この狭い田舎では生きていけないだろう。時折AV女優の写真一覧みたいなのを見せられて「どの子が好みか」と尋ねられることもあった。周囲の奴らは即座に何だかんだと言うのに俺はヘラヘラして頷くだけだった。


 そして俺は容姿だけは悪くなかったらしく、年に2回くらいの割合で知らない女から勝手に告白されることがあった。その度に断ることになるのだけれど、その割に俺に彼女が出来ないといろいろ文句を言う奴もいた。そのせいで俺は適当な女アイドルを「これが俺の嫁!」と言い張る時期もあった。そんなとき俺はいろんなところに嘘をついている気がして、いつも苦しかった。


 本当に俺が好きなのはやっぱり男性アイドルで、歌ったり踊ったりしているところでステージから流し目でファンを見ているところが本当に好きだった。その頃こっそり入れあげていたアイドルがいたけれど、彼は違法薬物の所持で表舞台から姿を消してしまった。何だかいろんなものに裏切られた気分だった。結局どこにも俺の居場所はないのかもしれないと、当時は軽く絶望していた。


***


 高校に入学して、俺はとにかく自分を隠すことにした。少し遊ばせた髪にデカい伊達メガネをかけて、いわゆる「チャラい奴」を演出する。演出ならお手の物だ。少し調子に乗って微妙にズレてる奴。それが俺の目指したところだった。


 その頃は、キャラを作れば中の俺は傷つかないと本気で思った。傷つくのは外側の偽物の俺で、中の俺はひとりで好きなアイドルを追いかけていればいい。そんなことを思っていた。メガネをかけた俺はチャラくて調子に乗ってるペラい奴で、メガネをかけていない俺は根暗でホモのアイドルオタク。俺は必死で俺の中身をメガネに閉じ込めたはずだった。


 そんな俺が作り上げた外側を引っぺがそうとした奴がいた。

 それが見崎悠人けんざきゆうとだった。


 きっかけは、見崎が俺の好きなラジオ番組のロゴの入ったストラップを持っていたところからだった。


『それ、どこでもらった?』

『ああ、俺リスナーだし』


 そこから俺たちは急速に仲良くなった。


 深夜ラジオの話に始まり、俺たちの興味関心はどっちも芸能界にあった。俺はアイドル、見崎はバンド。主に俺たちはオーディション番組が好きで、いろんな番組や動画を見て素人のくせにああでもないこうでもないと語り合った。それまで俺の話に真剣に相槌を打って、その上俺が好むような話をしてくる奴は初めてだった。それはお互い様だったようで、見崎も他の奴とはこんなに深い話はできないと喜んでいた。


 そして見崎はバンドを語るだけでなく、自分でギターも弾いた。批評家ぶっていろいろまくし立てるなら自分で楽器も出来ないとダメだと、見崎は努力していた。そうして作詞作曲も自分でこなして、自分でプロデュースしたバンドをたくさんデビューさせるのが見崎の夢だそうだ。夢に向かって真っ直ぐな、いい奴だった。


 何かとつるむようになった俺たちは、放課後にコーヒー1杯で今が旬のアーティストについて語り合ったり、高校生が入れる時間ギリギリまでカラオケに入り浸ったりした。時に「男2人で何やってんだろうな」「でもお前と一緒だと楽だし」という会話が挟まれた。確かに、見崎と一緒にいると俺は息をしていても許されるような気分になっていた。学校でも自然と俺たちは一緒になり、周囲からは「ギターとチャラメガネ」のコンビで通っていた。


 一度、連れだって県庁所在地にある大きなCDショップに行ったことがある。地元の申し訳程度のラインナップと違って多くのCDがある様子に俺たちは興奮し、帰りにラーメンを食べて帰るまで2人で楽しい時間を過ごした。好きなだけアイドルの話もバンドの話をしても通じ合う奴なんて、おそらくお互いにこいつしかいないと考えていたんだろう。


 そして次第に、俺の中で見崎の存在が大きくなっていった。好きになってはいけない、と思えば思うほどメガネをかけていない俺が見崎を求め始める。いつもふざけた話ばかりしているがそれ以上のことを期待してもいいのではないかとか、こんなに仲がいいんだからそれ以上仲良くなってもいいんじゃないかとか、夜になると俺はずっと考え続けた。


 確かに俺は見崎のことなら何でも知っている自信があった。でも、あいつは俺にも見せない面があることも知っている。それは男友達には決して見せない領域だっていうことくらい知っているけれど、それでも俺は見崎の全てが知りたかった。そして、そんな俺が気持ち悪くて仕方なかった。


 もちろん誰にもこんな悩みを相談できるわけもなく、俺は親友に激しく片思いをしている女子のように見崎に対してヘラヘラ接し続けた。


 そうやって高校3年生になってしまった。進路志望調査で芸能業界を目指すと言うと、俺の普段の言動を見ている担任は納得して地元のテレビ局や映像系の専門学校を勧めてきた。俺としては普通のいわゆる「カタい」職業よりも俺みたいな奴が受け入れられると思って志望したという側面もあった。それに、男が好きな奴なんてこんな田舎にいるわけにはいかない。とにかく高校を卒業したら俺はこの街を出て行かなければならないんだ。


 面談の最後で担任は俺にぎくりとする一言を投げかけた。


『なあお前、なんで伊達メガネかけてるんだ?』

『ただのオシャレですよ、悪いですか? 校則に伊達メガネ禁止はないですよ?』

『そうか? 俺はメガネなしのお前のほうがいいと思うけどな』

『あー! そうやって生徒の自由に干渉する気だな!?』


 その場は茶化して終わったが、このメガネがなくなったら俺は「なんかヘラヘラしてるチャラメガネ」というキャラを失ってしまう。そうしたら俺は、俺は一体何になってしまうんだろうな。


 それからあれよあれよと「ギョーカイ目指すなら実行委員会回してみろよ」といつの間にか学園祭実行員長の座に納まっていた。半端な仕事はしたくなかったので、俺はできる限りのことをして実行委員会を回した。見崎は高校生活での集大成にしたいとギターの練習に余念がなかった。


 そうして俺は、見崎の最後のライブに向けての準備をしている。この瞬間、俺という存在が消えてしまえばいいと思いながら。

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