親友に後夜祭で告白した話

秋犬

第1話 後夜祭の準備

「私、前から、委員長のことが好きでした!」


 いきなり委員会室に呼び出されたと思ったら、これだ。


「……悪いけど、他に好きな人がいるんだ」


 学園祭ジャンパーを着た、実行委員の後輩が涙ぐむ。ぱっつん前髪の目がぱっちりとした、一般的に可愛い娘だ。


 なんだよ、俺のせいなのかよ。いや、間違いなく俺のせいだ。でも、俺が悪いわけでもこいつが悪いわけでもない。悪いのは、そう、時期とか巡り合わせとか、そういう奴のせいだ。


「わたしぃ、前から、委員長のこと……好きだから、学園祭実行委員会に入ったんです……」


 そっか。そんなに前から俺のこと気にしてくれていたのか。嬉しいな。嬉しいんだけど……俺には重い、そういうの。


「それじゃ、後は後夜祭だけだから頼んだよ」


 俺は静かに泣いている後輩を置いて、雑然とした委員会室を出た。


 2日に渡った学園祭本番もいよいよ最後の時が近づいてきている。一般開放の時間が終わり、外部からの客はみんな帰ったはずだ。男はゴツい奴ほど面白がってメイド服を着てやがるし、女はここぞとばかりに揃って髪をスプレーで変な色に染めてやがる。教室は段ボールの張りぼてでコーティングされて、普段よりも変な色に染まっている。


 変であること。それが許されるのが学園祭だ。


 この非日常においても、俺は相変わらずの伊達メガネに学園祭ジャンパーを着てポケットに実行委員の要項を丸めて入れている。これから始まる後夜祭のステージに向かうところで、委員会の元気1年スタッフが一生懸命走ってくる。


「委員長、後夜祭のリハに演者が集まりません!」

「あいつら、時間厳守って言ったのに……」


 後夜祭での目玉、軽音部によるライブと教員有志による出しもの。律儀な教員どもは集まっているが、アホな軽音部たちはまだ教室で遊んでいる奴らのほうが多いんだろう。


「もう一般もはけてるから、放送かけていいぞ。俺はステージに先に行く」

「わっかりましたあ!」


 スタッフは漫画のように放送室にすっ飛んでいった。いいなあ、まだ元気がある。若いっていいことだ。俺がステージに着く頃、スタッフの焦った放送が全校に鳴り響いた。ところどころ噛んでいて、それを聞いた生徒たちはクスクス笑う。


 ステージでは先に教員たちによるバンド演奏のリハが終了したところだった。


「先生たち、お疲れ様です」

「お、来たな今日の主役!」


 教員バンドの中で、生徒指導が一番ベースでイキってる。昔女にモテるためにギターを買ったけれど、間違えてベースを買ってしまったので仕方なく学生時代はベーシストをやっていたというのが彼の鉄板のネタだ。そのがっかりベースの腕を披露するのが教師になってからの楽しみらしい。


「それでは本番よろしくお願いします」

「任せとけよ、真島まじま!」


 生徒指導に背中をバンバン叩かれる。それで俺はもうじきこの時間が終わるのだとなんだかせつなくなった。教員バンドが降壇すると、軽音部の奴らがすぐにスタンバイを始める。


「なんだ、いたのか」

「いるに決まってるだろ」


 ギターを持ってやってきたのは、軽音部のエース見崎悠人けんざきゆうとだった。


「でも演者が来ないって聞いたから」

「俺は時間を守る奴なの。他の奴らは知らないけどな」


 まだ関係者以外封鎖している後夜祭のステージ脇に、見崎目当てのおっかけがちらほらやってきている。


「こら! 関係者以外まだ入ってくんな!」

「わ! チャラメガネだ!」


 おっかけたちは俺を見て、慌てて逃げていく。そんなのに構わず、見崎は遅れて駆けつけた他のメンツと最終打ち合わせに入っている。そうだ、お前は周りのことはどうでもよくて、ギターと音楽が友達なんだよな。俺はお前のことはよく知ってる。


 呆れるくらい、俺はずっとお前のことを見てきたからな。

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