第10話 クリスタル・パレス

『次は垂仁市駅〜垂仁市駅〜』


 そのアナウンスを聞き、俺は二時間以上見つめて来た車窓から見えるコンクリートの帝国からようやく目を逸らした。


 思えば波邇夜市から遥か遠くまで来たものだ。


『皆様、医薬の力で人々の未来を照らす門となる橘製薬のお膝元、垂仁市へようこそ。清潔、庇護、健康を掲げた市内に入るには専用のリストタグが必要になります。着用拒否や未着者が市内にいた場合は逮捕されますので、初めての方々はゲイト前の係員に必ずお問い合わせください』


 この車内アナウンスの内容はなかなかにショッキングだが、二日前に恵君を経由した淳二に詳細を知らされていたため、戦慄することはなかった。だけど、人から聞くのと自分の耳で聞くのでは感じる情報がまったく違う。恐怖で支配というのはあながち間違いではないみたいだ。


「橘製薬の城下町か……清潔を通り越して潔癖にしか見えないけどね」


 唯一の同行者である桐谷は、俺の横で腕を組んだまま外を眺めている。どちらかというと桐谷も潔癖性な感じに見えるが、その言いぶりからして普通なんだろう。

「というか……あんたみたいなのが本当に入れるの?」


「大丈夫だよ。向こうの参加者一覧に登録されてるし、べつに邪気眼でもレーザーが出るわけでもないんだからさ」


 垂仁へ迫る車窓に映る景色の中に、ぼんやりと俺の顔が映る。その顔には、あんたみたいなの、と言われた理由である眼帯が寄り添っている。その周りにはまだ完治していない青あざの波紋が微かにはみ出している。


『どうしたんだよ! 喧嘩か?!』


『大人しい奴だと思ってたけど……意外と喧嘩するんだな?』


『榊原君が喧嘩で〜す』


 青あざを連れて落窪に帰り、登校した初日の反応が懐かしい。その初日に比べたらマシになったが、外見的な社会復帰はまだ時間がかかりそうだ。


「でもその青あざの原因には納得してんでしょ。当たり前の反応だと思うしね」


「……だから騒ぎにしてないんだよ。向こうはどうかわからないけど……」


 その向こうとの一件は、遡ること二週間前の十月中旬……。

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