第5話 2
『うん……えっと、僕がしてほしいことは……』
「してほしいことは?」
桐谷からの促しに恵君は一旦沈黙すると、内緒話をするかのように声を落として言った。
『僕らの……文化祭……手伝ってほしい』
「えっ? 文化祭?」
肩越しの視線に俺は肩をすくめた。訊きたいことはあるけど、男の子に情報提供を求めるならお姉さんの方が良いことはわかってるから、桐谷に任せる。
「恵君、文化祭って……君の学校の?」
『学校……うん。僕らの……学校で……文化祭するの』
「でも……学校の文化祭に余所者は手伝えないんじゃないかな?」
『えっと……僕らの学校……水晶症候群の人たちだけの文化祭……なんだ』
「ああ……そういうことか」
「そんなのがあるんだ?」
「橘製薬の城下町は知ってるでしょ?
「へぇ? それは……良い事だよな」
「未だに水晶症候群に悪いイメージを持ってる人はいるから……保護してるようなものだよ。あの町での文化祭なら安全じゃないかな」
『僕らの……許可があれば……他所の人でも参加……出来るの』
そう言うと、恵君はまた後ろを振り返った。その先にあるのはドアだけだ。
「でも参加って……遊びに行けばいいの?」
『ううん……僕ら……お芝居とか歌とか……色々やる』
「それに参加すれば……情報を提供してくれるんだ?」
『うん……誰も……知らない秘密……』
「恵君、悪いんだけど……その情報は本当に誰も知らないこと? このお姉さんは相当にガラスの駅を調べているんだけど」
『お姉さんも……知らない……僕しか……知らない……』
「そうか。それじゃあ……参加させてもらうよ。どうすればいい?」
『参加……違う。そうじゃなくて――』
俺たちが続きを求めた瞬間、恵君が気にしていたドアが勢いよく開いた。廊下かリビングか分からない照明を背負った人影は、恵君とパソコンに気付くと、
『恵! 何をしてるんだ!!』
『あっ……』
その怒声に直立させられた恵君は振り返りながらパソコンの前から退いてしまった。
「ちょっと……! 彼と話してるんだけど!」
『あんたらも水晶症候群の人を嗤うのか! 不幸を嘲笑って何が楽しい!』
浮かび上がったのは憤怒が籠った男の顔だ。その顔立ちは鋭くて端整だが、中学生みたいな幼さがある。
「恵君の態度でわかるでしょ?! こっちは――」
『うるさい!!』
「うるさいって何?! あんた恵君を虐待してるんじゃ――」
パソコンに噛み付いた桐谷だが、彼は乱暴な手付きで恵君をパソコンから突き放すとその画面を消してしまった。もう一度コールしてみたけど、もう返事はなかった。
「ぐぬぬ……あの分からず屋め……」
「でも垂仁市にいる恵君ってことはわかったんだし、行けば接触出来るんじゃない?」
「ノン! 垂仁市はリストタグっていう身分証明証が無いと入ることも出来ないし、問い合わせたって患者の情報を教えてはくれないよ。あまり詮索するとTSSに目をつけられるしね」
「何それ、怖い」
「くそ……あたしも知らない情報だと……? あの自信はどこから……」
「というか……恵君は殴られたのかな」
「そうじゃない? 水晶化した部位を出して歩いていたら……頭の悪い輩から因縁をつけられるだろうしね」
「あんな子供を殴ろうと思うんだ……」
「そんな輩なんて腐るほどいるよ。後進国に相応しい民度だね」
面白くない、と桐谷は社長椅子に背中を押し付けた。
「嫌だけど……姫子に頼むしかないか」
「というと?」
「……水晶症候群の人なら無条件で垂仁市へ入れる。患者の情報も手に入るとは思うけど……姫子をあそこに行かせるのは……」
それを横耳に、垂仁市の文化祭とやらをスマートフォンで検索してみた。出て来たのは、水晶症候群の患者を入院させている巨大な白の病院だ。その案内の中で、文化祭の件はあった。どうやら学生とか大人とか関係なしに、患者全員が関わるお祭りみたいだ。加えて水晶症候群の家族を持つ人とか、水晶症候群に関わっている有名人とかも参加するらしく、その出し物は展示や演劇など多岐に渡り、水晶症候群の子供たちを励ますことにも積極的なようだ。
「ガラスの駅を否定するために姫子の力を借りないといけないなんて……とんだジレンマね。どうするかな……」
「それは仕方ないんじゃない? 他に水晶症候群の知り合いなんていない――」
俺はそこまで言って、ある意味での知り合いがいることを思い出した。
「ヒメの担当医とこの前……接触したよ」
「本当?! 名前は?」
「えっと……葛城先生だったかな。優しそうな人だったよ」
「その人にまた接触出来る? もしかしたら恵君のことを知ってるかもしれないし、データベースに問い合わせして、運が良ければ会わせてくれる……かもしれない」
「それにもヒメの協力が必要な感じがするけど……」
「ガラスの駅の話題を避けたうえで! 姫子のためにガラスの駅を調べてはいるけど、あたしは認めてないんだから頼めないよ。ああ見えて勘が鋭いんだから」
「じゃあ……水晶症候群について知りたいから、葛城さんが診察してくれる日にちを教えてほしいって?」
「それでいこう。会話の中であんたがガラスの駅に関わってることは口にしていいけど、あたしの存在は口にしないでよ? 姫子には、あたしがあんたと接触してるなんて口にしてないんだから」
「そうなの?」
「あんたの存在を知らされはしたけど、あたしは無関心なんだから」
「さいですか。それじゃあ……さっそくヒメに確認してみますか」
約束をドタキャンした所為で少し気まずいけど、俺はその場でメールを送った。そのやり取りがこうだ。
『葛城先生? どうしてカー君が先生のことを知ってるの?』
『お見舞いの帰りに病院内で出会して、少しだけ話したんだよ。水晶症候群のこと……橘製薬の人からもう少し詳しく知りたいんだ。診察に来る日ってわかる?』
『じゃあ……教える代わりに、今度デートしよ?』
『デート……? 付き合ってるわけじゃないけど……』
『それでもデートはデートだよ。病院に引きこもってばかりじゃつまらないもの』
『わかった――というより、出歩いていいの?』
『大丈夫。進行は緩やかだし、葛城先生からも許可はもらってるからね』
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