第4話 2

「姫子のこと小さい頃から知ってるのはあんただけじゃないんだからね」


 そう言って俺の前に現れたのは恋敵――ではなく、二年D組の桐谷茜きりたにあかねだ。いつもノートパソコンを持ち歩き、本を読む時とかパソコンを弄る時にモノクルをつけていることで少しだけ有名な女子生徒だ。


「あんたさぁ……人の幼なじみの背中を押したでしょ?」


 屋上から連れ出され、放課後のドキドキな教室に連れ込まれた俺に告げられた第一声がそれだ。続いて、


「よくもまぁ……幼なじみを殺そうと思うよね、って言ってんの! 頭わいてんの?」


 名前も知らない女子生徒から突然そんなことを言われたら、驚かない奴はいないだろう。


 桐谷は気の強さを告げる堂々とした目で俺を捉えたまま放さない。染めたような安っぽさがない淡い茶髪が彩る顔立ちは、ハーフかクォーターかわからないけど外国の血が入っているように見える。


 桐谷からの突然の告白に、俺はずいぶんと間抜けな反応しか示せなかった。何て返すのが正解なのかわからないまま右往左往の俺に対して苛立ちでも感じたのか、桐谷は露骨な苛立ちを浮かべたまま続ける。


「姫子が水晶症候群なのは知ってんでしょ? 橘製薬ですらお手上げだってことも」


「知ってる」


 俺がそう告げると、桐谷は乱暴に引き戸を閉めると背中を預けて腕を組んだ。


「姫子は元々……生きるってことに否定的だったけど、水晶症候群になってから……ずいぶんと明るくなった。その辺は知らないんでしょ? ムッシュー・フィアンセ?」


「フィ……婚約者じゃない。小さい頃の台詞がプロポーズみたいだったってだけだよ」


「ふぅん? 意気地なしか。まぁいいや……姫子のことを知ってるのは十まででしょ?」


「そうだけど……えっ? 桐谷さんはヒメとどこまで?」


「二00九年にこっちに来たから八歳の時」


「桐谷さんのこと……知らないけど」


「別にあんたのことはどうでもよかったしね」


「さいですか」


「とにかく、あんたが十で引っ越してからも姫子は病気で入退院ばっかりだった。その所為で今の死生観が確立されたとは思うんだけど、ガラスの駅とかいう陳腐な都市伝説に焦がれるようになるとは思わなかった。しかも……あたしには何も言ってくれなかったしさ」


「じゃあどうして俺がヒメと関わってると?」


「あんたが昼の放送でガラスの駅のこと口にしたっしょ? いつも適当に聞き流すくせに、今日だけはあんたの方から訊いたし、姫子の所に行ったことを知ってたからね」


「ああ……それでか」


「ガラスの駅は黄泉に通じるあの世への駅……あんた、姫子の背中を押すつもり?」


「それは……」


「それがどういう意味かわかってんの? 死の――自殺の背中を押してんだよ?!」


「それは……わかってるけど……」


「わかってない……! あんたは……友達が自殺したいって呟いたら『その通り、手を貸そうか?』って言うような奴なわけ?!」


「そんなことは言ってない……! 言ってない……けど……」


 そこまで言って、俺は教室の外から遠巻きにしている女子二人に気付いた。明らかに俺たちが痴話喧嘩をしていると思い込んでいるようで、浮かんでいる笑みは意地が悪い。すると、


「バカげた噂を流さないでよね!? しょうもないんだよ!!」


 桐谷は引き戸を退けると廊下の女子二人に向かって叫んだ。その勢いが俺には「ガオー!」と聞こえたが、それは女子二人も一緒だったみたいで慌てて逃げて行った。


「ったく……高校生にもなって出歯亀してるんじゃねぇよ」


 そう吐き捨てた桐谷はもう一度廊下を見渡すと、俺の胸にメモ用紙を押し付けた。


「……死を避けられないのはわかってる。だけど、姫子を死なせるためにガラスの駅を見つけるなんて冗談じゃない。止めるには……あのバカげた駅が存在しないことを突き付けるか、突き止めてどんな危険な場所か教えてやるしかない」


「でも……ヒメは死ぬ……」


「だから? 姫子の命をあんなくだらない都市伝説に渡せって言うの?! 高校生の脳みそじゃ水晶症候群に太刀打ち出来ないなら、姫子がバカげた方法で死なないようにするのが友達の……やることでしょ!?」


「…………」


「七年間姫子と何も関係なかったくせに、今更戻って来て……死なせてあげようとするなんてふざけんな……! 協力する気があるなら、後でそこにメールして」


 そう言って桐谷は教室から出て行った。胸に押し付けられたメモ用紙にはメールアドレスが殴り書きされていた。

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