第3話 3

「それで? 結局、カーは何て答えたんだ?」


 放課後になり、俺は淳二と一緒に校舎の小さな屋上に来ていた。屋上とはいっても、校舎の高低差で出来上がったちょっとした室外機置き場みたいな場所だ。それでも景色はそれなりだから、俺たちみたいにちょくちょく顔を出している奴はいる。


「何も答えてない。わかりました、死のお手伝いをさせてもらいますね、なんて言えないよ」


「そうだな。再会した幼なじみが死を求める人になっていたら誰でも驚く」


「草結放送部として、ヒメの依頼は……」


「断る。高瀬舟みたいなことはごめんだからな」


「そういえば……高瀬舟って飯島先生も口にしてたな。水晶症候群と関係あるのか?」


「関係……カーと灰原さんの関係に近いかもしれないな」


「へぇ? 端折っていいから教えてよ」


「その細かい作業をしながら聴く話ではないと思うぞ」


 そんな細かい作業というのは、唯一の趣味と言ってもいいプラモデル製作だ。某機動戦士だったり某宇宙戦艦だったりとシリーズにこだわりはない。製作しているのは某機動戦士のプラモデルで、最後の仕上げであるウェザリングに取りかかっている状況だ。


 ちなみにウェザリングとは、模型とかの塗装技法の一つのことだ。某機動戦士が現実に存在していたら雨風に晒されて汚れるだろう、戦闘の経過で壊れてしまうだろう、そんな光景を想像して汚すことを言う。難しく感じるけど、慣れてしまえば面白いし、このウェザリングがめちゃくちゃ巧い人もいるんだから、奥が深い世界ではあると思う。

 

 そんなこんなでロボットの装甲とか関節部とか、スラスターの部分とかに色々と拘りを持って筆を操り、割り箸の先端に刺したスポンジを押し当て、お化粧を施していく。


「ふ〜む、なかなか良いじゃないか。素人の感想だが、戦場に出ている感じが出ている」


「そう言ってもらえると嬉しいよ」


「手先が器用なのは羨ましいな。俺はその手の才能に恵まれてない」


「そんなの人それぞれじゃん? 俺は淳二みたいに小説なんて書けないしさ」


 淳二の趣味の一つは小説を書くことだ。相部屋に置かれた天体観測用の双眼鏡とかキャンプ用具以外にもノートパソコンも持っている。その中にどれだけの小説が書かれているのかはわからないが、去年は大手の新人賞で三次選考まで届いたそうだ。


「そう言ってもらえると嬉しいな。物書き冥利に尽きる」


 淳二は笑みを浮かべたまま両腕をあげると、そのまま屋上で横になってしまった。


「そういえば、今年の文化祭はどうするんよ? 部員、お前一人だろ?」


「大丈夫だ。カーが協力して文化祭での放送を盛り上げてくれれば来年の希望にもなる」


「俺頼みかよ?! 淳二がしゃべればいいだろ?」


「俺にしゃべりは無理だよ。去年だってしゃべっていたのは大貫おおぬき先輩で、俺は最初から調整係として入部したんだから」


 キャンプ部も天体観測部も鐘早にはない。そもそも草結放送部というのも三校のどこかにある草結部という部活の真似をして誕生したらしい。別に歴史があるわけでも熱心なリスナーたちがいたわけでもなかったのだ。淳二の入部理由は草結放送部の活動に感銘を受けたからとのこと。


「草結び……人と人を結ぶための部活なのに、まずは部員と部員を結ばないといけないな」


 仰向けの淳二を横目に作業は進み、


「よし……一段落かな」


 四肢のウェザリングが終わり、全体の仕上げ塗装を残すのみとなった。最後はスプレーをガチャガチャ言わせれば完成だ。


「ほう? 完成の手前か。凄いじゃないか」


 プラモデルのことは詳しくわからんが、と続けた淳二は某機動戦士を写真に収めた。


「活動日誌に載せても?」


「これが活動日誌?」


「草を結ぶなら何事も発信していかないとな」


「勘違いされて面倒事が起きるか、自惚れてるって批判されるかの二択だと思うけどな」


 カシャ、カシャ、とスマートフォンと踊る淳二を尻目に、ヒメがコレクションや趣味に対して突き付けた嫌な現実を頭から追い払う。コレクションとか趣味に対して虚無感を抱いたら終わりだと思う。水晶症候群であってもなくても、それは一緒じゃないだろうか。


「悪縁もまた縁と言うだろう。どんなことにも意味はあるはずだ」


「理不尽な悪縁でも?」


「嫌でも悪縁は必ず来る。逃げられないなら立ち向かい方を変えるか考え方を変えるしかないだろう。ポジティブに行こう。口角をニコニコさせていれば良い気も良い縁も来る。怒ったり泣いたりしてたら悪い気しか来ないんだからな」


 淳二語録の一つが出ました。その通りなんだけど、人間というのものは厄介なものだし、世間とか社会ってのはそんな風に生きるのを妨害するもんだ。


 他の語録を繰り出す淳二を横目に、俺はトイレに行こうと立ち上がった。迫る六月の翳りを一瞥して振り返ると――屋上へ通じるガラス戸の引き戸枠に寄り掛かったまま腕を組んでいる女子生徒と出会した。


「暇でしょ? ちょっと付き合ってよ、プロポーズのカー君」


 気の強さを告げるハッキリとした声が吐き出したのは、俺とヒメしか知らないはずのこと、プロポーズのカー君だった。それが顔に出ていたのか、彼女はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべ、こう言った。


「姫子のことを小さい頃から知ってるのはあんただけじゃないんだからね」

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