第3話 錯綜伝説

「鐘早高校の皆さん、四時間の学業お疲れ様です。今日は金曜日、草結放送部の放送が始まりますので、御用とお急ぎでない方はぜひとも耳を傾けてみてくださいね」


 流れる愉快なBGM。


「この草結放送部はリスナーの皆さんが感じた疑問や結んで欲しい事柄などを部員が責任持って調査、草結びすることを活動目的としています。残念ながら今週届いたお便りは零でしたが、今日は素敵なゲスト様が来てくれています。紹介しましょう! 都市伝説愛好会の桜田愛斗さくらだあいと部長です!」


 今日のBGMは都市伝説に相応しい摩訶不思議なものだ。淳二の判断で歓声は流れない代わりに派手な効果音が加わった。どうやら嫌いな都市伝説絡みでも仕事はきちんとしてくれるタイプみたいだ。


「桜田部長、何でも今日はとっておきの都市伝説を持って来てくれたそうですね」


 そう言いつつ、俺はガラスの駅に関して訊きたかった。だけど、彼らは愛好家であって調査活動はしていない。それを知ったのは今週の月曜日だ。


「ええ、最近――というわけじゃないんですけど、インパクトとしては大きいものを持って来たんですよ。私の個人的な都市伝説ランキングでも上位に位置するとっておきです」


 二年生ながらも部長(三年生が一人もいないらしい)である桜田は、このテの類いにありがちである内向的な人ではなく、トークも対応もしっかりしている人だ。俺と面識はないが、一見しただけで社交的な人なんだと察することは出来た。この上なく有り難いゲスト様だ。


「それは楽しみですねぇ! 一体どんな都市伝説が語られるのか……リスナーの皆さんも待ちきれないんじゃないでしょうか。それでは桜田部長……お願いします!」


「わかりました! コホン、その都市伝説はですねぇ……〝乳母車の老婆〟です!」


「乳母車の老婆……確かに! インパクトは凄いですねぇ!」


 俺はヘッドフォンを押さえたまま淳二を見た。案の定、乳母車の老婆に対して固まっている。二回、三回と俺はヘッドフォンを叩いて効果音の挿入を訴えた。


「桜田部長、その老婆は一体何者なんですか?!」


「よくぞ訊いてくれました! この老婆なんですが……何でも人々の魂を古めかしい乳母車に乗せて黄泉の世界へ誘う死神のような老婆なんですよ!」


「黄泉へ誘う……? 桜田部長、リスナーの皆さんも詳しく教えてほしいと思っています。一つ一つ説明していただけませんか?」


「わかりました。そうですね……まずはいつから囁かれているのかですが、基本的にはパソコンの掲示板が普及してきてからなんですよ。この都市伝説は口裂け女やトイレの花子さんが流行っていた時代の口伝えではなく、電子の海で漂っていた出所不明の都市伝説なんです」


「出所不明ですか……それだと誰の体験談かわかりませんね」


「電子の海にはそんな体験型都市伝説が山ほど漂っていますよ。誰もが小説家ですからね……量も質も極端ですが、稀にその中に秀逸なものもあるんです。その一つが乳母車の老婆なんですよ。口裂け女しかり、クネクネしかり、このテの都市伝説は人に害をなす話ばかりですけど、この老婆は誰も傷付けないんですよ。ただ、人間の魂を回収しているだけなんです」


「なるほど、次はお前の魂だぁー! という状況にならないんですね?」


「そうなんです。目撃情報もほとんどないので回収作業がどういったものなのかはわからないんですが、何でも回収した魂を集積する場所が日本のどこかにあるらしいんですよ。詳しく調べれば色々とわかるのかもしれませんが、さすがにそこまではねぇ?」


 そこまではしないんかい、とは言わず、俺は打ち合わせ通りに次の質問を繰り出そうとし――。


「そうだ、桜田部長はガラスの駅という都市伝説を知っていますか?」


 その発言に対し、防音ガラス越しの淳二は沈んでいた上半身を飛び起こした。


『おい! 打ち合わせの意味がないだろ!』


 その咎めを無視し、俺は桜田を見た。彼も困惑を浮かべたが、


「えっ……ええ、知っていますよ。二00五年に初めてインターネットの掲示板に実況という形で姿を見せたものです。美世主さん、なかなかに通ですねぇ?」


 あんたも好きねぇ、と桜田は口笛を吹いた。


「でも……あれに関しては二00四年に〝きさらぎ駅〟という都市伝説があったでしょう? あの当時はきさらぎ駅の成功で類似した話が山ほど出て来たんですよ。二匹目のどじょうというやつです。少しでもネットユーザーたちの関心を引くためにあれやこれやとタケノコが生えてきたわけです」


「では……ガラスの駅もその有象無象のタケノコに過ぎないと?」


「そうですねぇ〜いえ、そこの線引きは少し注意した方がいいですよ? 全てが有象無象かどうかは確証を得られてからです。実は……本当の出来事が隠れていたってこともあるらしいので、一概に嘘だと決めつけるのは危険ですよ」


「そう……なんですね」


「どうしましたぁ? 美世主さんも入部しちゃいますかぁ〜?」


 入部はしないが、ガラスの駅についてはもう少し粘りたい。そう思ったが、淳二から無言の指示が飛んで来たため、打ち合わせ通りの無難な質問と反応に戻し、今日の放送を終えた。


 思う存分おしゃべり出来たのか、ご機嫌な桜田の背中を見送った俺と淳二は、遅い昼食を放送室で取ることにした。その際に、淳二から打ち合わせを無視したことのお咎めがあったが、そのことに関しては全てを話した。


「ふぅん、灰原さんがガラスの駅を、ね」


 灰原姫子は俺が知っている神谷姫子だった。そのことは翌日に淳二へ話したが、ガラスの駅に関しては今日が初めてだ。昼食の弁当を露骨にクチャクチャ言わせる態度からして嫌悪感は半端じゃないが、それでも俺は続ける。


「ガラスの駅と草結び……か」


「水晶症候群の彼女が求めるということは……ガラスの駅とやらに万物の治癒効果でもあるのか」


「いや……あそこにあるのは……希望と自由……かな」


 その言葉に淳二は明確に怪訝を浮かべた。


「まるで行ったことがあるみたいな物言いだな」


「いや、行ったことはないよ。全部……不確かなことばかりさ」


 その不確かなことを、ヒメは俺に告げた。


 あの日曜日に再会してから、次の水曜日に俺は約束通りに会いに行った。

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