短編ライトホラー

とみき ウィズ

ストーカー・キラー

「ストーカー・キラー」


               とみき ウィズ




深夜の曲がりくねった山道をチェロキーが猛スピードで走っていた。

ヘッドライトに浮かび上がる風景がビュンビュン後ろに流れ去る。


時折白いガードレールが身の毛もよだつ程車体に近づき、その度に俺は助手席のシートを掴んで身を縮めた。


「なあ美樹、運転代わるよ」

「うるさい!ほっといてよ!」


ハンドルを慌ただしく廻してアクセルを踏み込みながら美樹は涙で歪んだ金切り声を上げた。

やれやれ、こうなった時の美樹には逆らわない方が良い。

チラリと運転席を見ると、美樹はその美しい顔をひきつらせ、鼻をすすり上げながら、赤く腫らした目で前を睨んでいた。


「なぁ、一体…」

「あいつよぉ!

 また、あいつが出たのよぉ!」


美樹はガードレールをスレスレでかわしながら、またアクセルを踏み込んだ。

はぁ…俺はまた心の中でため息をついた。


ストーカー。


美樹にしつこく付きまとう、ストーカー。


今日も、そのストーカーのおかげさまで俺は深夜に呼び出され、山奥に有る美樹の別荘への危険極まりないドライブに付き合わされているのだ。


彼女の頭の中にだけ存在するストーカーのおかげさまで。

俺は美樹にしつこく付きまとう、問題のストーカーを見た事が無かった。

毎日美樹の携帯に入るメッセージも、美樹は決して俺に見せなかったのだ。

初めはストーカーから美樹を守ってやろうと意気込んでいた俺も、ついに悟った。

実際に美樹に付きまとうストーカーなど此の世に存在しない。

美樹のその美しすぎる顔の裏にある心の中の暗い澱んだ世界に妄想のストーカーがしつこく居座っているのだ。


しかし、美樹にそれを告げる事を、俺はしない。


数年前に忌まわしい事故で家族を全て失った、孤独な美樹に現実を突き付けたくなかった。

莫大な財産を相続しても美樹は孤独な哀しい女だった

俺はこの美しく、孤独な女を深く愛している。


美樹の為ならば、この馬鹿馬鹿しいストーカー騒ぎにも喜んで付き合う積もりだ。


それほど頻繁でなければ…。


「アンタのそのシャツとチノパンの組み合わせ、大嫌い!」


美樹の八つ当たりが始まった。

美樹は猛スピードでチェロキーを走らせながら、俺のお気に入りの服に文句を付けた。

今日はことのほか機嫌が悪い様だ。


「美樹、今日は一体どうしたんだよ?」


「始末しちゃったのよぉ!

 私!もう!我慢出来なくて!

 始末したのよぉ!」


美樹の台詞に、俺は言葉が出なかった。


チェロキーはますますスピードを上げながら別荘へ走った。


「…なぁ、始末したって…ここここ殺しちゃったのか?」


美樹は目から新たに涙を流しながら頷いた。


「そそそれで、別荘に? 」

「助けてよぉ!

 私!もうどうすれば良いか判んない!だって!あいつしつこくてしつこくて!」


俺は目の前が真っ暗になった。

俺の大事な大事な女が妄想に駆られて誰か罪の無い人を殺してしまったのだ。


「それで…そいつは…まさか…まさか!車の中にぃ!」

「違う!

 車の中にはないよ!」

「じゃ!別荘か!?」


美樹が激しく頷き、ハンドルがぶれてまたチェロキーがガードレールに張り付きそうになった。


「死体を何とかするの手伝ってよ!

 私!刑務所なんか行きたくない!

 あんな奴の為に捕まるのなんか嫌よぉ!」

「判った!判った!判ったから落ち着けよ!ともかく落ち着いて運転して、別荘に行こう!」

「判ったわよ!判ってるわよぉ!」


美樹は相変わらずの猛スピードでチェロキーを走らせながらわめいた。

チェロキーは奇跡と言いたい位に、何処にもぶつからず、谷底に墜ちることも無く無事に別荘に到着した。


人里離れた山の中にひっそりと踞る、豪勢な洋館がチェロキーのヘッドライトに浮かび上がった。

美樹がリモコンで門扉を開け、チェロキーが別荘の玄関前に止まった。

美樹は車を降りて玄関の鍵を開けた。


「それで…奴の死体はどこにあるんだ?」

「ついてきて。」


俺は美樹の後ろを付いていった。

明治時代に建てられた豪華でいてしかし暗い雰囲気の広い別荘。

美樹は足早に屋敷の中を進んで行き、地下室に続く扉を開けた。


「お願い、私を助けて。

 助けると思って力を貸して。」


美樹が俺に振り返って言うと地下室への階段を降りて行った。

地下室の隅には石造りの井戸があり、鋼鉄の板が蓋をしていた。

美樹が井戸を指差した。


「井戸は今は枯れているの…あの中よ!」


美樹が俺を見つめ、無言で蓋を開けるように促していた。

やれやれと思いながら俺は井戸に近寄り、重い蓋を力を込めて横にずらした。

蓋がずれるに連れて、ムッとする異臭が鼻をついた。

薄暗い地下室の照明にぼんやりと井戸の中が照らされた。


「………う…うああああ!何だこりゃああああ!何だこりゃぁあああああああああああ!」


俺は井戸の中を見て叫んだ。

全く想像の範囲を超えたあまりの光景に俺は悲鳴を上げ続けた。


井戸の中には、赤い格子柄のシャツとチノパンを着た俺の死体が俺の死体が俺の死体が俺の死体が俺の死体が俺の死体が何体も何体も何体も何体も詰まっていた。


俺は後頭部に衝撃を受けて井戸の中の俺の死体の上に落ちて行った。

落ちながら回転した俺の目に、大ハンマーを手にした美樹が俺に向かって吠えているのが写った。


「何度も何度も殺してるのに!

 何度も何度も出てこないでよぉ!

 しつこい!キィイイイイイイ!」


脳漿を振りまきながら俺の分身、いや、俺自身の死骸の上に落ちてゆきながら、俺は薄れてゆく意識の中で悟った。


そうか…ストーカーは俺自身…


今度はいつ蘇るんだろう…?


馬鹿な女だなぁ。


あんなごついもので頭ぶん殴って脳を破壊するからまた記憶が欠けて蘇るんだよきっと。


まぁいいや。


今度はいつ、また、美樹に会えるんだろう…





終わり

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