第十九話

 シャグアンとの国境に到着した時、私は異変を感じた。いや、異変を目の当たりにした。

 魔物の群れが、シャグアンの民たちに襲いかかっているところであったのだ。門番をしていたであろう兵士たちも、戦っている。

 私も参戦しなければ、どのみち命はなさそうだ。魔物は、ループスではなかった。体長一メートルほどの、人型の魔物。それが人間と同じように剣を持って、兵士たちを圧倒している。


「ケケケケ、お前たち人間風情が魔王様に楯突こうなど笑わせる」

「ケケケケ、王を差し出せば他の人間は見逃してやると言っているのに、馬鹿な人間どもめ」


 どうやら魔物の狙いはシャグアンの王のようだ。兵士たちは防戦一方だが、士気は衰えることがない。そんな中、民によって抑えられた王らしき男が叫ぶ。


「やめろ!私の命だけで済むならそれで良い!戦うのをやめろ、お前たち!」

「そんなわけにはいきません!ディアン陛下!どうせ魔物の言うことなど嘘に決まっています!」

「ケケケケ、馬鹿なやつらだ」


 随分と慕われている王らしい。おそらく王とは分からぬように着替えさせられているのだろう。彼は他の人たちと似たような服装を身につけていた。

 私が参戦したところで、意味はないかもしれない。怖い、魔物が持つあの刃を受け止める剣など、私は持っていない。弓を持つ手が震える。私の矢が、この窮地を切り抜ける一手になるとはどうしても思えなかった。

 だが私の恐れとは反対に、私の右手はゆっくりと弦を持ち、静かに両手を持ち上げて、弓を引く。一番手前で今にも斬り殺されそうな兵士に襲いかかる魔物を的に、恐れる心とは裏腹に、冷静に矢を放った。矢はまっすぐに魔物に向かい、その右腹を貫く。


「誰だ!」


 魔物がこちらを向いた隙を狙って、兵士が魔物を切り捨てた。魔物は消えるその瞬間まで、こちらを睨め付けて呪詛の言葉を吐いていた。

 そんな一つの勝敗に、他の魔物も気がついてしまったようだった。まずい、同じ手は効かない。どうする。私が魔物に向かって弓を引く前に、魔物二体が私の目の前に躍り出る。だめだ、これでは私に勝ち筋がない。何人も葬ってきたであろう、血のこべりついた剣を手にした魔物を、それでも私は睨め付けた。


「ンン〜?なんでお前がここにいるんだ?」


 魔物の言葉は、私には到底理解できないものだった。は、と息を吐く間に、私は弓を奪われ、魔物に取り囲まれる。


「オイ、お前たち。王よりもこっちが優先だ。行くぞ」


 魔物は私を担ぎ上げ、兵士たちを威嚇しながら避難所からどんどん離れていく。


「やめろ!関係のない人間を連れていくな!」


 シャグアンの王のものと思われる声が、最後まで響いていた。私は魔物の走る速さに慄きながら、自分がどこへ連れて行かれるのかを考えていた。




「……オイ、起きろ」

「オイ、聞いてンのか」


 がつん、と脇腹を思い切り蹴られたような衝撃と痛みで、強制的に目を覚まされた。


「かはっ!」


 胃液が逆流するような感覚がして、一気に意識が覚醒する。痛い、痛い、痛い。生まれてこの方、暴力を振るわれることなどなかった。私は理不尽な痛みに耐えながら、私を取り囲む魔物を見つめる。

 目の前に、奴らの持つ悪趣味な柄をした剣が突き立てられた。


「オイオイ、抵抗なんかするんじゃねえぞ」


 ここは、どこなのだろうか。手足は縛られ、首を回すことで精一杯だ。汚い床に座し、辺りを観察する。かろうじて小さな丸窓から薄暗い空が見える。そして、時折感じる大きな揺れ。


「……これは、どこへ向かっているの」

「魔王様のところに決まっているだろう、お前はバカか?」


 多分、私は今船に乗せられている。魔王城へ向かっていることは何となく予想はついていた。だが、私は全く理解できない。なぜ私が魔王に会わねばならないのだ。そう問いたいところだが、この魔物と話すのはいちいち癪に触る。

 ……嫌な予感は、当たるものだと昔から相場が決まっているが、私のこの予感だけは当たって欲しくない。


--魔王が私をこの世界に呼び寄せた。


 もし、私がコマンの町の子ども達を助けたことが魔王の逆鱗に触れたのであれば、わざわざ魔王城に連れていくなんてまどろっこしいことはしないはずだ。

 私を取り囲む魔物達は、私が何者なのか、きっと知っている。そして一番よくそれを知っているのは、魔王なのだろう。会いたくない、知りたくない、……死にたくない。

 私の思いとは裏腹に、どんどん船は進んでゆく。やがて大きな衝撃が来て、船が島に着いたのだということを知る。私はもう、逃げられない。

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