第十八話

 牢屋といえど、食事はきちんと出るらしい。昨日から夜、朝、昼、と三食きっかり食した。罪人用の食事とあって質素ではあるが、ないより何倍もマシだった。地下であるが故に時刻も分からないので、時間の経過を知るにも助かった。


「夕飯だ」


 さっき昼を食べたばかりと思ったら、もうそんな時間か。夕食のプレートを受け取り、兵士が立ち去るのを見送って、食事に手をつける。今日の夕飯はハンバーグのような、肉を捏ねたものだ。随分と豪勢だな、と思いながら一口齧った時だった。


「いっ……!」


 歯では噛みきれない何かが入っていた。いよいよ本格的に囚人らしくなってきたかと思いつつも肉を避けていくと、中には鍵らしきものが入っていた。もしかすると、私を哀れんだ兵士がこっそり入れてくれたのだろうか。私はそれをさっと服の中にしまい込み、残りを平らげる。

 鉄格子の向こうに食事のプレートを置き、回収の兵士の巡回が終わった後、私は脱出の準備をする。私は左右を見渡す。よし、誰もいない。腕を格子の隙間から伸ばし、手首を捻って鍵を刺す。くるり。

 キィ、と小さな音が鳴ってドアが開いた。ここを出してくれた恩人のために、鍵は閉めて持っていく。

 足音が鳴らないように歩くのは、かなりの技術が必要だった。そして見慣れぬ場内で抜け穴を探すのも。囚人服は目立つ。かといって着替えもない。そっと音を立てないように階段を登ると、もう深夜のようで、見張りの兵士も眠そうにしている。これだけ強固な守りの国なのだ、場内にいるときくらい気が抜けるのだろう。

 だが馬鹿正直に出て行っても、捕まるのが関の山だ。何か、何かないだろうか。身体中を弄りるも何もない。だがふと、薄暗い床にキラリと光る何かを見つけた。しめた、ピアスだ。

 誰かが落としたであろう見るからに高そうなピアスを、正面出口へ向かう通路とは反対に、思い切り投げる。かつん、と音がするなり眠そうにしていた兵士は「誰だ!」と大声で威嚇しながら奥へと走った。全く、頼り甲斐のあることだ。その隙を見計らって、正面玄関に通ずる大きな道へ素早く走った。

 この城は、正面の門しか出入り口がない。どのみち戦うことになる。悪いと思いながらも、壁に立てかけてあった比較的軽い剣を片手に、思いっきり走る。

 だが大きな騒ぎになっては多勢に無勢、負け確定。私は正門をそっと内側から押し開けた。


「フォステちゃん!良かった、無事に出てこられたわね」


 私を出迎えたのは、剣ではなくマーガレットさんの抱擁だった。ぎゅう、と圧死させられそうなほどに抱きしめられ、息が止まりかけたところで、解放される。


「マーガレットさん、どうして……?」

「アンタが捕まったのが小耳に入ってね、門番ちゃんをちょっと交代してもらったのよ」


 マーガレットさんが指差すところには、門番をしていたと思しき兵士が二人、ぐうすか寝こけている。もしや、睡眠薬が何かを盛ったのだろうか。


「聞いて、フォステちゃん。女王ヴェロニカは悪政を敷くような人じゃない、だけどとことん合理的で時に冷酷なの。なんだかこの国から内通者が出たとかで、今はピリピリしてるみたいだから、余計にね……。とにかく、今は逃げた方がいいわ!」


 多分鍵を仕込んでくれたのもマーガレットさんなのだろう。あそこに永久に閉じ込められることにならなくて良かったと思うと涙が出そうになるが、今はそれどころではなさそうだ。


「これ、簡単なメモだけど。ここから西に少し歩くと、シャグアン王国との国境にたどり着くわ。……あそこも今はあまり情勢が良くないと聞いているけれど、フォステちゃんみたいなが潜り込むには最適の場所よ」

「このバツ印は?」

「シャグアンは、数ヶ月前、城を魔物に攻め落とされたのよ。そこで、王は避難民を連れて国境近くに避難所を作ったの。ソリード王国からの支援も届きやすいからね。だけど、ソリードもソリードで今は緊迫した状況だから……」


 マーガレットさんの説明で少しは理解ができた気がする。つまりは、城も落とされた国に亡命すれば、女王ヴェロニカもわざわざ追ってはこないであろうということだ。マーガレットさんは、賢い。武術の腕が立つだけで大佐になったわけではないのであろう。私は感服するばかりで、感謝を述べることしかできなかった。


「何から何まですみません、結局お役に立てないままで……」

「何言ってるの!あたしは楽しかったのよ、フォステちゃんとの旅!それからこれ、あんたの服とか武器よ。急いで盛ってきたから、何か足りないものがあったら悪いけど……」

「いえ!マーガレットさんの立場が悪くなるかもしれないのに、ここまで……本当にありがとうございます。囚人服は流石にシャグアン王国の方も受け入れ難いでしょうから、助かります」

「じゃあ、そろそろ行くのよ!健闘を祈るわ!」


 マーガレットさんは、少し下手くそなウインクをして私を見送った。私はそれに(うまくできていたかは分からないが)同じくウインクを返し、地図に従って走った。途中、草陰で着替えを済ませ、道のりをまっすぐに進んだ。


 それから夜が明け朝日が昇る頃、私はシャグアンの国境へと辿り着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る