第十七話
国境からちょうど四日で、ソリード王国に到着した。ソリード王国は、一言で言うと荘厳だった。石造だろうか、城を囲うように高い塀が張り巡らされ、入り口は正面の正門のみ。敵は絶対に寄せ付けぬという確固たる意志を感じる城であった。
「ねえあんたたち、ソリードから連絡隊を送って何日ほどになるの?」
マーガレットさんが門番に尋ねたのは、ソリード王国からキャルム王国への連絡隊についてだった。キャルムからの連絡が来ないので、連絡をこちらからも送っているはずと踏んでのことだった。
すると門番は「それが、ちょうど一週間前なのです」と答えた。私たちは顔を見合わせる。それらしき人は見かけていない。
国境からそれぞれの国へは、一本の道が敷かれている。そこをわざわざ外れて歩く者はいないそうだ。つまり彼の言うことが正しければ、どこかで必ずすれ違っている筈なのだ。それがなかったということは、恐らくその連絡隊も何らかの被害にあったと考えて良いだろう。
「王に直接報告すべき事案よ、通して頂戴」
「ハッ!」
マーガレットさんは、こちらでも顔がきくらしい。王にもう一人と粘った甲斐があった。兵士の案内に従って、玉座まで歩く。キャルムとは違い、場内各所に兵士がおり、ところどころでは鍛錬する姿も見られた。
そして王の姿を見て、驚く。玉座には、目鼻立ちがはっきりしており、男性と見まごうほど中性的な美貌の女性が座っていた。彼女は女王というよりも軍隊長のような装いをして、玉座に堂々と座っていた。彼女は、自身の名をヴェロニカと名乗った。
「一体何があったというのだ、マーガレット大佐」
そしてその女性から放たれた言葉に再び驚く。大佐だって?軍の階級制度など詳しくは知らないが、大佐といえば上から数えたほうが早い階級ではないだろうか。そんな大物をキャルム王国に派遣させることのできる、このソリード王国の兵力に恐れ入る。
マーガレットさんがキャルム王国での出来事を簡潔に話す。スワンと私はただ会話が終わるまで、跪くのみである。
「ほう、それはおかしな話だな。そしてそこの、フォステとやら」
「はい」
ひとしきり話を終えると、私に声がかかった。彼女は私を上から下までまじまじとみると、鼻で笑った。
「ループスの群れを相手どって戦えるようにはとても見えんな。すまないが、実力を試させてもらおう」
「そんな、陛下!」
「口答えする気か、マーガレット」
「いえ、そんなつもりは……」
「連れてゆけ」
ザッ、と私の周りを側で控えていた兵士たちが私を囲む。マーガレットとスワンは、別室へと連れて行かれてしまった。二人の眼が、私を最後まで心配そうに見つめていた。
「悪いが素性の知れない者を容易く信じるほどこの国は甘くない。コマンの町の出身というのも作り話であろう、あそこの町に戦える者はいないはずだ。今時、魔族に寝返る人間も少なくはない。お前がそうでないということを、証明できるか?」
私に、多数の剣が向けられている。私の強さを試すためではない。私を、必要とあらば殺すために、だ。どうしたらいい、私は身分を証明するものなど、一つも持っていない。
「私自身が証明することはできません。ですがコマンの町のサヴァンという方に尋ねてください。私が町の子どもたちを助けて戻ってきたことを話してくれる筈です」
「それが証明になると?ハッ、笑わせるなよ、小娘。お前が魔物に指示を出して子どもを攫わせ、お前自身が助けたふりをしているかもしれない。そうすれば周囲の信頼が得られるからな」
「違います!」
「口で説明したところで変わらん。よい、その者を牢へ連れてゆけ」
私の言葉など、全く耳に入れる気がないらしい。疑わしきは罰する。そうすることで絶対的な安寧を保っているのが、きっとこの国なのだ。
「こちらへどうぞ」
剣を構えたままの兵士たち五名に囲まれて、牢へと誘われる。投げ入れたり粗雑なことはしないのだな、と思いながら見ていると、兵士の一人が耳打ちする。
「最近、このソリード王国を裏切った兵士がおりました。それゆえ陛下は怪しい者は全て牢に入れよと命ずるのです。あなたが善人であったならば申し訳ない」
その言葉を聞き終わるのと同時に、牢の鍵がかけられた。つまりは、とばっちりを食らったわけだ。冷たい鉄格子から手を離し、簡素な椅子に座る。娯楽も何もないこの空間でできることといえば、考えることだけである。
ソリード王国を裏切った兵士。新たな情報だった。だが、何かを決めつけるには不十分な情報だ。国境の問題と関連するかどうかも怪しい。
これから私はどうなるのだろう。ここから解放される日は来るのだろうか。それとも、ここで朽ち果てるまで、元の世界を恋しがって死にゆくのだろうか。
どちらも、絶対に嫌だ。私はこんなところで死にたくない。なぜ私がこんな目に遭わなければならない。
『正しい行いをした者が、正しく評価されるとは限らない』
それは、どこの世界だって、きっと同じなのだ。だが、こんな仕打ちはないだろう。命からがら知らない世界で生き延びて、罪悪感と良心と恐怖の間で葛藤しながら戦って、果てにたどり着くのが牢屋とは。項垂れた視界の先には、灰色の地面が広がっていた。
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