第十六話
旅立って数日。いよいよスワンがそれらしいことを話し始めた。曰く、私たちが今立っている場所は国境の門がある場所よりも少し高い位置にあるそうだ。私も散々経験して来た通り、高いところに立つのは有利である。そして、戦い方について彼は語る。
「戦いが始まったら、マーガレットさんにはおそらく前線に立ってもらうことになる。そしてフォステさんは高所からの攻撃が主になるだろう」
「そうね、それが妥当よね。ただ、あくまで調査が今回の命令よ。スワンがその間に色々と調査するってことでいいのかしら?」
「そうだな、僕が調査をするのが適任だろう。その上で何かあれば、また適宜指示をする」
作戦を立て始めると、二人ともやはり兵士なのだと実感させられる。私は今まで無意識に高い場所からの攻撃を好んでいたが、それは正しかったようだ。
「特にフォステさん、君の弓の腕はかなり良い。そこいらの兵士よりもずっと命中率も高い」
「あら、そうなの、フォステちゃん。もしかして、どこかに所属していたことがあるのかしら?」
「いえ、特には……」
フォステは、コマンの町で生まれ育ったと二人に話した。そうして良いとサヴァンに言われていたからだ。軍役経験などないし、弓矢も独学で身につけたものだと説明する。何なら、初めは木の枝一本だったのだ。そう話すと二人は顔を見合わせた。
「フォステさん!それはすごいことだ!君には天賦の才があるに違いないよ!」
「そうよ!普通ループスを木の枝で仕留めるなんて離れ業、できっこないわよ!」
二人が盛り上がるのと裏腹に、私は当惑していた。確かに、言われてみれば妙な話だ。普通、狼を木の枝一本で倒そうと思うだろうか。ゲームの主人公なら、初めは木の枝で戦うこともおかしくない。だけど、私は勇者でもない、ただの人間なのだ。思い返してゾッとする。アレは多分、相当に運が良かったのだろう。
弓矢の腕が良いことに関しては、一日しか練習していないと伝えるのは憚られた。自分の実力がどうであるか測る術もない以上は、普通の旅人然としている方が良いだろう。今でこそすっかり仲良く談笑するようにもなったが、素性を探られては身元が怪しいことが明るみに出てしまいかねない。
--私が気づいていないだけで、本当はよくある転生物語の主人公のように、私にも特別な力が宿っているのだろうか。
考えたところで分からないが、悪い方向に働くわけでもない。もしもそうなのだとしたら、ありがたく受け取っておくべきだろう。
さて、もう目的地は目の前だ。丘の上から見る限り、国境の門は固く閉じられ、誰もいない。見張りの門番だったはずの者の亡骸が二体あるのみだ。
「変ね、誰もいないわ」
「そうですね。……フォステさん、あなたはここで待機していてください。魔物が現れたら迷いなく攻撃して良いです」
スワンの言葉に頷く。私は丘でかがみ込み、その時を待つ。二人は門の近くへ警戒しながら近寄っていく。だが、それでもやはり何も起こらなかった。
スワンが不意に、私にそこにいろとジェスチャーで命じる。どうやら、門を開けてみるようだ。ゴゴゴ、と重そうな音を立てて開いた門の先には、こちらと同じような草原が見える。しかし、やはり何も起こらない。そろそろ向かうべきだろうか。
そっと立ち上がり、二人の後を追う。するとこちらを振り向いている後ろから、ループスの群れが現れた。私は箙から矢を取り出すと、迷いなく射止める。
「マーガレットさん!」
私の攻撃で、二人も敵に気がついた。そこから先は、あっという間だった。何度も言うが、マーガレットさんは異様に強いのだ。私に天賦の才があるなど烏滸がましいと感じるほどに、鮮やかな剣捌きで無駄なく敵を確実に殺していく。
「うーん、やっぱり変ね。おかしいわ」
「そうだな」
三人で、首を捻る。門番の亡骸がある以上、何かがあったことは確かだ。だが、おかしなことにそれ以外の遺体が見つからないのだ。予想通り、ソリード側の門番も同じく殺されているが他に遺体はない。三人がかりでくまなく周囲を観察してもみたが、何の手がかりも得られずに終わった。
「あの、今までに派遣された調査団の人々の総数は」
「約三十名だ。みなマーガレットさんには劣るが強い者たちばかりだった。……ループス如きに負けるような面々ではなかった」
「あの、このことをソリード王国へ伝えに行った方がよいのでは」
キャルム王国の調査団が行方不明になったということは、つまり兵を派遣しているソリード王国の損失でもある。これはきっと、キャルム王国一国で解決できる問題ではなさそうだ。
私の意見には二人も同意のようだった。幸い、マーガレットさんは元々ソリード王国の出身らしいので、突然ソリードへ赴いても怪しまれることはないだろう、とのことだった。
地図を見る限りだと、ここからソリード城までは、キャルム王国から来たのと同様に四、五日あれば十分だろう。残りの食糧や水に猶予があるのを確認して、私たちは前進を決めた。
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