第十四話
目が覚めたのはちょうど正午の少し前で、私は慌てに慌てて「ウナイさんすみません出かけます!」と鍵を投げ捨てるようにして渡した。「気をつけるんだよー!」と私を案じる声に「はい!」と大声で返し、走る走る。
私が全速力で走って中央広場に着くと、涼しい顔をしたスワンが立っていた。
「遅かったな!待っていたよ!」
「すみませんね、遅れて……」
時刻はちょうど正午だが、彼は数分前から待っていたのだろう。ぜえぜえと息急き切らしている私を前にして、ここでバカ正直に待っていたと言うのが彼らしいというか、なんというか……。
スワンは私が呼吸を整えたのを確認してから「では行こう」と前を行く。どうか王が懸命な判断を下しますように、と祈りながら後ろをついてゆく。
城の前に着くと「お疲れ様です!スワンさん!」と門番が大きな声で挨拶をした。まさかまさかと思うが、スワンはもしや意外と兵士の中での立場が高いのだろうか。「君たちもお疲れさま!」と返す様子を見ている分には、頼り甲斐があるように見えなくもないが、敵を目の前にした姿がアレでは威厳がない。
城の中は、私が思っていたより簡素な作りだった。王様のお城といえば、豪華絢爛なイメージだったが、そうでもないのだろうか。
しかしスワンが誰かとすれ違うたびに「スワンさん」と敬称をつけられているのを見るたび、私のもしやが当たっている可能性が徐々に高まっていく。まずい、彼がそれなりの立場の人間だったなら、王が進言を呑みやすくなるかもしれない。
嫌な汗をかきながら、階段を登りきると、スワンは途端に「陛下。昨日報告した通り、腕の立つものを連れて参りました」と膝をつく。つられて私も膝をつき「フォステと申します」と震えた声で発した。よくよく考えてみれば、この国で一番の権力を持った相手だ。少しの無礼で首を飛ばされたっておかしくないかもしれない--。
「おお!よくぞ参った!ワシの名はクラトス、キャルム王国国王だ」
「はっ」
「……いつまでそうしているつもりなのだ?……フォステとやら、顔を上げて良いぞ」
名前を呼ばれて咄嗟に顔を上げる。ずっと頭を下げていなくとも良かったらしい。恥ずかしさに頬が熱くなるのを感じながら、改めて王クラトスの顔を見る。
まるっとした頬に、分厚い唇。ちりちりとした髪の毛の上には見るからな王冠が乗っている。そして少し、いやかなりふくよかな体型に金の装飾が施された衣装を纏っている。彼は人当たりの良い笑みを浮かべ、とんでもないことを言い放った。
「フォステ、スワンと共に国境調査に行ってくれるそうだな?」
ぎろり、とスワンを睨め付ける。彼はびくりとしたが、私の代わりに「はい、左様です」と答えた。このままでは、向こうのペースに持っていかれる。
「失礼を承知で申し上げます。お言葉ですが……」
私はコマンの町で起きたこと、昨日私が考えたことを伝えた。このまま無策で調査に行くのでは全滅で終わるであろうこと、相手も知らずに策を練ったところで生存率は低いであろうこと。つまりは、国がいかに絶望的な状況にあるかを話した。無礼なことを言っているとは分かっている、だがこれで私の首を刎ねるような王なら、どの道この国は終わりを迎えるだろう。
「はっはっは!」
私の深刻な助言に対して帰ってきたのは、大きな笑い声であった。思わず「はぁ?」と声が出てしまいそうになる。
「心配するでない、フォステよ。ここにいるスワンはこの国随一の策士なのだ。きっと最善の手を編み出す筈だ。コマンの町でのことは耳にしていたが、まさかそんなことになっていようとはな……。礼を言わせてもらおう」
「は、はぁ……」
もう礼も無礼もあったもんじゃなかった。この腰抜けスワンが、国随一の策士だって?ならばなぜ今までの調査が無駄になっているのだ。疑念を感じ取ったであろうクラトスは、太い眉を困り眉に変えて続ける。
「フォステも知っておろうが、この国には兵力がない。そこで、隣国のソリード王国より兵士たちを借り受けているのだが……、その、血の気の多いやつばかりでな」
つまりは策も何もなく突っ走って行ったっきり戻って来なくなり、兵力ゼロの無防備な城になったということだろうか。確かにこの王は、これまたのほほんとしているから、勢いに負けてしまったと言われても頷ける。
「他に調査に出せる方はいないのですか」
「それがのう、この国では兵士を借りていたとはいえ、戦力が元々少ないのだ。城の警備も今いる人数で最小限なのだ、出せてもせいぜい一人……」
「一人でも良いですから!」
もはや懇願する他なかった。なぜ私がこんなに必死になっていて、当の王様は悠然と構えているのだろう。なんだかバカらしくなってきた。
「分かりました。行きます、その代わり新しい弓矢と身軽に動けてできるだけ頑丈な装備品をください」
「おお、それくらいなら軽いものよ」
クラトスは側近に声をかけた。少し待つと、側近がよたよたしながら大きな木箱を持って来て、どしん、と乱雑に(仮にも王の目の前でそれが許されるなんて)床に下ろした。
「この中からお好きなものをお持ちください」
「ありがとうございます」
箱の中は、木製の弓矢から鉄製のものまであった。耐久性、重さ、しなり……全て吟味し、前と同じく長さが短い木製の弓と、矢尻が鉄の矢を優先に持てる限りを貰うことにした。
「では、頼んだぞ。スワン、フォステ。明日の朝に出発で良いな?」
「はい」
「明日の朝、兵士を一人正門前に待機させておく。連れてゆくがよい」
またも勝手に予定が決められてしまったが、もうどうにでもなれだ。今の自分にできることは、明日の自分の首が繋がっていますように、と祈ることだけだった。
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