第十三話
質屋を出たあと、スワンは「あっ、まずい!今日の報告に行かなければ!すまない!また明日の正午に中央の広場で!」と一方的に別れを告げ、去ってしまった。まったく、強引な人だ。
今度こそスられまいとカバンは体の前に抱え込んで、街を観てまわる。コマンの町と同様のレンガ調の街並み。そして同じくレンガ建築の城。日本ではまず見ることのない光景だ。パシャリと写真を撮りたいところだが、あいにくスマホもカメラもないのでこの眼に焼き付けるしかない。
窓際にある緑や花々を眺めつつ歩いてると、どこからともなく「キャー!」「助けて!」と悲鳴が聞こえてくる。いやはや、今日は厄日なのかもしれない。本日何度目かのため息をつく。聞いてしまったからには無視できないのは日本人の美徳か否か……。まったくどうしてこんなにお人好しになってしまったものか。
聞こえてきたのは城下街の入り口の方向、だと思われる。まだまだ見慣れぬ街並みの中、なんとかレンガのアーチに向かえば、一頭のループスがぐるぐると唸りながら城下町の中に入り込んでいるではないか。また、ループス。それを城下街入り口に立つ兵士たちが槍で囲んでいる。が、一進一退で一向に退治される気配がない。
スワンしかり、この兵士たちしかり、よくこれで仕事が務まるなと思いながら弓を引く。流石に民間人が怯えている前で皮剥ぎをするわけにはいかないので、手早く仕留め、すぐにその場を離れる。もう今日は厄介事に巻き込まれたくはない。ワァ!と人々が兵士たちを褒め称える様子を尻目に、宿屋へ走った。
「アンタ、随分疲れた顔だねえ。どうしたんだい」
「いえ、色々ありまして……」
ウナイの怪訝な顔は、私の持ってきた銀貨数枚を見て、すぐさま同情に変わった。
「アンタ、まさか臓器でも売ったんじゃないだろうね」
「流石にそんなことしませんよ……、ただちょっと、巻き込まれた末の産物と言いますか」
「まあいいさ、今日はゆっくり休んでおいで」
本当に、初日から大騒動だった。そしておそらく明日以降も。ハァーア、と大きく息を吐いて、部屋に篭る。風呂に入る前に銀貨の入った袋をカバンの底の方へ詰めて、ベッドの下に荷物を詰める。部屋の鍵も窓の鍵もかかっている、よし。
シャワーを浴びると思考が捗って、今日の出来事を反芻する。今日は散々な一日だった。
それにしても、あまりにも魔物が多すぎやしないだろうか。それも、ループスに限って。コマンの町からここに至るまで、ループス以外の魔物もいた。だが、圧倒的にループスが多いのだ。私としては懐があたたまるため有難いといえば有難いが、おかしなことに思える。勿論それが常だった可能性もあるが、先ほどの住民の反応を見るに敷地内にまで入り込んでくることなど、今までになかったのではないだろうか。
孤島で戦ったループスとその親玉、あいつが言っていた言葉が引っかかる。あいつは、子どもを連れてくるよう命令されていると言っていた。それは単純に考えて、命令した者がいるということだ。
ループスは、この地域にいる他の魔物に比べて獰猛で強い。それをあえて、それも城のある方に多く放たれているとしたら?子どもを拐うなら、兵士が多く存在している城下街から拐うより、小さな町から拐うほうが優に容易い。だから、兵士たちが町へ来ないよう国境付近で更に大きな事件をあえて起こしていたとしたら。
考えすぎかもしれないが、サヴァンが言っていた言葉が過ぎる、『知能の高い魔物ほど、狡猾』。他国へ兵力を提供できるような国出身の兵士をもってしても対処できない存在が、待ち構えているとしたら。それはスワンと私が行ってどうにかできる問題なのだろうか。
--安請け合いをするのではなかった。
やはり私では力不足だ。行けば分かる、では済まないのだ。無策で行けば、きっと今までの調査隊と同じ末路を辿ることになるだろう。
--死にたくない。
ループス数頭を相手取れるようになったからとて、自惚れるつもりはない。ループスを簡単に倒せるようになったのは、数をこなした経験則からだ。だが、孤島で出会ったような親玉に、私はきっと勝てない。あそこで勝てたのは、地の利があったことと、一か八かの大勝負にたまたま勝てたからだ。あの親玉の足が私の矢を折るような硬さであったなら、私は今頃生きてはいない。
それより更に格上の存在に挑むなど、私の力では無理だ。だが私がこの件を拒めば、スワンが死ぬ。そしてこの国の兵が尽きたとき、どの道この国は終わりだ。
取れる選択肢なんて、最初からひとつしかない。生きるためには、戦いを乗り越えなければならない。ああ、どうして私はこんな場所へ来ることになったのだろう。神のような存在が私をここへ連れてきたのならば、私の力の買い被り過ぎだ。
嘆けど嘆けど意味はない。ただ、明日中央広場へ向かうこと。そこへ向かう足が、ずしりと重くなっただけだ。
くそ、私をこの世界へ連れて来た者のことは一生恨んでやる。そして、酔っ払った後のことを忘れた、自分自身のことも。
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