第十二話

 兵士スワンの言葉を簡潔にまとめると「隣国ソリードとの連絡部隊が消息を経ったことについて調査するのを手伝ってほしい」だ。

 曰く、このキャルム王国の東に位置するソリード王国とは、長年懇意にしているらしい。というのも、このキャルム王国が魔族に対抗できるだけの武力を有していないため、ソリード王国から兵士を恒常的に借りているとのことだった。引き換えとして少しキャルム王国にとっては不利であるが、特産の『キャルム牛乳』やら野菜や果物やらを格安で大量に輸出しているらしい。

 そんな関係性で長年上手くやっていたそうなのだが、数ヶ月前から連絡部隊が帰ってこないというのだ。それに対して何度か調査隊も派遣しているが、それも帰って来ていないと……。


「いやいやいやいや、絶対嫌です!」

「頼むこの通りだ!」


 初対面の女に土下座をするプライドもへったくれもない男に唖然とする。こっちにも、土下座ってあるんだ……、じゃない。調査隊を送っても戻って来ていないなんて、それはかなりの大事と見える。しかも、きっとまた生き死にに関わることだ。

 だがコマンの町の件について納得がいった。おそらくこの事案に手を焼いて、コマンの事件に関与できなかったのだろう。


「私はただの人間です!戦うことが専門の方々が無事でいられなかったような事件に関わるには力不足です!」

「頼むよ、僕だって、本当はこんなことに関わりたくなんてないんだ。だけど、このままじゃ、この国の存続だって危うくなる」


 彼の言っていることはめちゃくちゃだが、この国の存続が危うい、というのは聞き逃せなかった。


「キャルム王国が魔物の脅威に晒されずに生き残ってこられたのは、ひとえにソリード王国のおかげなんだ。だから……」

「連絡がつかないまま放っておけば、キャルム王国を守るものがいなくなるどころか、今後の王国同士の関係性も危うくなる、ってこと?」

「そうだ。だから、だから……」


 頼む!再度頭を地に擦り付けたスワンに、ため息をつく。まったく、やっぱり思っていた通りの能天気な国のようだ、この国は。スワンの言ったことは、私に対する懇願のようで、脅しだ。この提案を呑まねば、国の安全は保障しないと。もっとも、当人にそんなつもりはなさそうだが。


「分かりました。ですがきちんと筋を通してください。私は一介の旅人です。あなたが王の勅命で任を任されたなら、素性も知れない者を同行させるのは国に対して無責任だと思います」

「もちろんだ。きっと陛下なら許してくださるだろう。可能なら今すぐにでも、と言いたいところなんだが、今日は別の案件もあって、それでだな……」

「ハァ、また手伝えと仰るつもりですか」

「分かってくれるか!なに、城の周りを彷徨くループスを数頭退治するだけでいいんだ」


 何が「数頭退治するだけ」だ。さっきまで腰が抜けていたくせに。じとり、と視線を向ければ「もちろん、ループスの皮は君に譲る」と譲歩にもならない提案をしてくる。だがまあいいだろう、どの道金稼ぎのためにループスの皮は必要なのだ。私はそれしか金を稼ぐ術を持っていない。


「分かりました。でも見てるだけなんて御免ですからね。きちんとスワンさんも戦ってくださいよ」

「もちろんだ!任せてくれ!僕は一人じゃなければ敵に怯むことなんて……ひぃっ」


 全く言葉に信憑性のない人だ。早速お出ましになったループスの群れを片付けて、皮を剥ぐ。


「随分と手慣れているんだな」

「ループスの皮剥ぎ専門家なので」

「ほう、そんな通り名があるのか」

「いいえ、自称しているだけです」


 結局見ているだけだったスワンの言葉にぽつりぽつりと返事をしながら、今日だけで何頭分の皮が手に入って、いくらになるだろうと数える。頭の中ではチャリンチャリンと銀貨が飛び跳ねる。今日はなかなか頑張ったから、宿屋のウナイさんに心付けをするくらいはできるだろうか。


「そうだ、城下街の質屋を案内してくれませんか?私は今日この街に来たばかりで何もわからないんです」

「もちろんだとも!任せてくれ!」


 一体その自信はどこから来るんだと呆れてしまうが、流石に街の中のことくらいは分かるだろう。ちょうど日も傾いて来たので今日は終いにして、案内をしてもらうことにした。


「あらスワンさん、ごきげんよう」

「どうもどうも、こんにちは!」

「スワンさん、見て!僕も武器作ったの!」

「おお、すごいじゃないか!」


 意外にも、彼は街の人々に大層好かれているらしかった。確かにポンコツではあるが心根は真っ直ぐそうだし、何となく憎めない人、という印象だ。住民からは愛されているのだな、と思うのと同時に、そんな彼が危険な地に送られるほど切迫詰まった状況にあるという事実が、少し苦しい。私のいた世では、少なくとも日本では、こんなに常態的に死と隣り合わせの生活を送ることはなかったのだ。

 考え事をしながら歩いていたせいで、前を歩いていたスワンが立ち止まったのに気が付かず、どん、と額をぶつけてしまった。痛い。


「ここが質屋だ。武器も防具も、君が今身につけているものよりも上等なものもあるだろう。見ていくといい!」

「武器と防具に関しては、経費で落としてもらいますからね」


 戦いに行けと言うならそれくらいしてもらって当然だ。と憤慨していると、質屋のおじさんが大笑いする。


「嬢ちゃんは気が強くていいなぁ!」

「そうならざるを得なくなったのです」


 ループスの皮を銀貨と銅貨に変えてもらい、そしてついでに財布用の袋を二つ買い、質屋を後にした。

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