旅立ち

第十一話

 それから私は二週間ほどコマンの町に滞在して、町を経った。また知らない魔物が出てくるかと思うと迂闊に遠くには行けず、徐々に行動範囲を広げた結果である。そしてやっと、キャルム城が見えるところまで探索できたので、この度旅立つことにしたのだ。

 しばらく無銭で滞在させてもらった宿に深く礼を言うと「もう行くのか」とぶっきらぼうに宿の親父が言う。意外と人情深い人なのだろう。再度礼をして、次はこの世界で生きていくための命の恩人であるサヴァン、そしてエトワレに挨拶をした。


「正直、もう行ってしまうのかと寂しい気持ちもあるが、君のおかげで孫も無事に帰ってきたのだ。私は孫と楽しく暮らしていくよ」

「世間知らずの私に色々教えてくださって、本当にありがとうございました」

「またいつでも立ち寄るといい。コマンの町は、いつでもフォステを待っているよ」


 旅立ちの時には、孤島で助けた子どもや、この二週間ですっかり顔馴染みになった八百屋の店主に宿屋の親父……、実に多くの人が私を見送ってくれた。

 良い町だった。あわやのたれ死んでいたかもしれないところで、命を拾ってもらったのだ。町が遠くなってから、もう一度振り返る。きっとまたいつか、ここへ戻って来よう。例えこの旅で何も得られなかったとしても、コマンの人たちのもとで生きるのも、きっと悪くない。




 サヴァンの言っていた通り、キャルム城は近くで見るとかなり大きい。日本で例えるなら、大阪城とか?あいにく私は城、それも西洋風の城に詳しくないのでうまい例えができないが、そんな感じだろうか。

 城下街に入ると、その活気に圧倒される。人の多いことだ。元の世界と違って、この世界には魔物がいる。だから魔物の被害に遭わないよう、そして襲われた時に対処できるよう、こうして城や町を構えているのだそうだ。つまり、人口密度が高い。実際、ここへ辿り着くまでに、行商人すら見かけなかった。

 きょろきょろと首を回して宿を探す。まずは拠点を作らねば、どうにもならない。幸い、二週間の間にループスの皮を剥ぐ技術も格段に上がったお陰で、お金にはしばらく困ることはなさそうだ……ったのだが。


「あれ?」

「ちょっと困るよお客さん、お金もないのに来られちゃあ」


 カバンに入れたはずの布袋がない。呆れ果てた宿屋のおばさんの目の前で、カバンをひっくり返して探すがやはりない。嘘だ、だってきちんと確認してきたはず……!


「アンタ、スられたんじゃないのかい?見るに、カバンも横から簡単に手が入りそうじゃないか。それじゃ取ってくれと言ってるのと同じだよ」

「嘘ぉ……」


 私の銀貨合計ウン十枚が、今の一瞬にして無くなってしまった。ちゃりん、と虚しい音がして、銀貨が一枚だけ落ちてくる。


「……ハァ、仕方ないねぇ。三日くらいならそれで泊めてやるから、何とかして稼いでおいで」

「いいんですか?」

「こんなに悲壮感漂う顔をされて放っておけるわけないだろ。アタシはウナイだ、よろしく」

「ウナイさん……!」


 宿屋の人は、皆心根が優しいのではなかろうか。銀貨一枚を両手で差し出し(「そこまでするんじゃないよ!アタシが悪いことをしてるみたいじゃないか!」と怒られた)、私はそそくさと部屋に入った。

 旅立ち初日から、なんて不運なのだ。日本ではカバンに財布を入れていれば、スられることなどまずない。カルチャーショックに打ちひしがれて暫く放心する。

 ああ、また矢を射て剥いでを繰り返す日々が待っている……。


 金もないのに城下街を呑気に探索するわけにも行かず、また街の外に出戻りだ。ループスを見つけては剥ぎ、また剥ぎ……。ループスの狩りの、いや皮剥ぎ専門家になれそうだと思いながら無心で小刀を動かしていると、近くから「ぎゃああ」と大きな悲鳴が聞こえてきた。

 びっくりしてループスの皮が半端なところで破れてしまったじゃないか。これではせいぜい銀貨一枚……ではなくて。

 何事かと声の方向に走ってゆけば、キャルム城の兵士だろうか。見るからに私より丈夫そうな鎧を身に纏った男が、ループスの群れに囲まれている。やっぱり狩りの専門家を名乗ろうか、なんて思いながらループスを仕留め(そしてついでに皮を剥いだ)、男に声をかける。


「大丈夫ですか?」

「ああ!ああ!ありがとう!助かったよ!いやあ、君は何て強い人だ!ありがとう!」


 いやに声の大きい人だと思いながらその男をまじまじと見る。明らかに戦闘とは程遠そうなのほほんとした顔つきに、不恰好な鎧。左手には剣。右手に盾。……どうしてそんな重装備をしていて、しかも城の兵士だろうにループスに怯えているのだろう。いや、逃げ腰だった私に言えたことではないかもしれないが。


「僕の名はスワン。……見ての通り、この城の兵士なんだけど」

「まだ実践経験がない、とか?」

「いや、あるにはあるんだけど……。とにかく!これも何かの縁だ!君に手伝ってほしいことがある!」

「えっ」


 実践経験があるにはある、というのは、兵士で言う窓際族だったということだろうか。いやちょっと待て。この人、私に礼を言った直後に「手伝ってほしい」と言わなかっただろうか。なんて厚かましい、と思いながら続きを促す。


「その、手伝ってほしいとは、何を……」

「ありがとう!隣国ソリードとの連絡部隊が帰って来なくなってしまってね、その調査に赴くよう王から勅命が出ているんだ」


 ああ、今日はなんて日だ。ついてない。ついてないったらついてない。

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